勿論大切にするつもりだが
サージェス視点です。
馬車の振動に身を委ねながらそっとリーリエからもらったハンカチを取り出した。
広げて改めて刺繍を眺める。
一針一針丁寧に刺したのがわかる。
優しいリーリエそのものの刺繍だ。
見ているだけでも心が温かくなる。
本人は謙遜していたが、なかなかの出来だ。
相当練習したのだろう。
ノークスのため、だろうか……?
ふとそんな考えが浮かぶ。
それにわすがに心が沈む。
そこへ。
「よかったですね、サージェス様」
にこにこと微笑うアルノーに言われる。
「そういえばいたな」
うっかりとアルノーの存在を忘れていた。
アルノーは苦笑いだ。
文句を言ってくることはない。
「それで何がよかったんだ?」
「ご婚約者様から心のこもった刺繍入りのハンカチをいただけて」
アルノーから見てもこのハンカチの刺繍には心がこもっているようだ。
それならば婚約者の義務感からではないだろう。
いやそう考えることすらリーリエに失礼だ。
本当に丁寧に刺繍がされている。
「そうだな」
本当に素敵な贈り物をもらった。
自然と顔が綻んでいた。
アルノーの表情も緩む。
だから気が緩んだのだろう。
無意識に言葉がこぼれ落ちていた。
「初めてもらったな」
母やグレイスからもらったのは除外だ。
リーリエに言った通り、グレイスからもらったものは練習台に過ぎなかった。
母親が子供に簡単な刺繍を入れたものを持たせるのはごく一般的な行為に過ぎない。
だから正真正銘、これが初めての刺繍入りのハンカチだ。
「サージェス様はおモテになられるのに誰からもハンカチを受け取りませんでしたからね」
「変に期待を持たせるわけにはいかないからな」
本当にそれだけの理由で断っていた。
だが当然のことだと思う。
今でもあれで正解だと思っている。
「それはそうですけど。ああ、でも確かによかったですね」
「どういうことだ?」
アルノーは何が言いたいのだろうか?
全く見当がつかない。
アルノーは嬉しさを滲ませた微笑みを浮かべて言う。
「身内を除いて初めてもらう相手がリーリエ様になりましたから」
言われてみれば確かにそうだ。
「そう、だな」
そのことが、意外と嬉しい。
先程沈んだ心がふと軽くなった。
きっとノークスのためだけではない。
何より自分のためにもリーリエは努力したのだ。
それをノークスやフワル家に認められるためと断じるのはリーリエに失礼だった。
その努力は全てリーリエのものだ。
その努力した分をしっかりと自分の力に変えたのもリーリエの素晴らしさだ。
挫折しそうになったこともあったと思う。
それほどフワル侯爵夫人は厳しいと有名だった。
それでもリーリエは折れなかったのだ。
いくつかの事柄はフワル侯爵夫人の求める水準に達していたとも聞く。
あの厳しいと評判のフワル侯爵夫人の指導についていけていたリーリエは本人が思っている以上に優秀なのだ。
ノークスとの婚約解消後は本当に引く手あまただっただろう。
その中で私を選んでくれたことは本当に幸運だったのだと思う。
大切にしなければ。
改めて誓う。
リーリエは本当に得難い令嬢だ。
だからこそ気になっていることがあった。
控えめなところはリーリエの美点だが、謙虚過ぎるところがある。
これは恐らくノークスとフワル侯爵夫人のせいもあるだろう。
もう少し自分に自信を持ってほしい。
その辺りも少しずつ改善していきたい。
まずは自分に厳しいところを少し緩めたい。
努力するのは素晴らしいことだ。
向上心があるのもいい。
ただ、あまりにも自分に厳しいのは問題だ。
それを少し緩めたい。
リーリエは甘やかされることを良しとはしないだろう。
私もそんなつもりはない。
ただ甘やかすだけというのは相手へ何の期待もしていないということだ。
相手のことを何も考えていない。
それは愛玩と同じだ。
そんなことをするのはリーリエに失礼だ。
ただ折々で自信はつけさせてやりたい。
リーリエはもっと自分を誇っていい。
とても素晴らしい女性なのだから。
それをリーリエにどう伝えていくか。
いろいろ思考を巡らせる。
すっかりとアルノーのことは意識の外に置いて考え事に没頭していた。
アルノーが嬉しそうに私を見守っていたことには、屋敷に帰り着くまで気づかなかった。
読んでいただき、ありがとうございました。




