刺繍入りハンカチ
リーリエ視点です。
ドレスが決まり、小物も決まったところでわたしたちは休憩のためにお茶にしていた。
部屋に漂っていた緊張感も和らいでいた。
とりあえず今日の目的が無事に終わったからだろう。
小物の合わせも確認してもらえてほっとした。
耳飾りの変更のみで後は変更なしでよかった。
耳飾りを選ぶために宝飾品を見せたけれど、そこからノークス様にいただいたものはあらかじめ抜いておいた。
そうすると随分と少なくなってしまったけれど、子爵令嬢としては一般的な量だ。
サージェス様は「少ないですね」とは言わなかった。
ノークス様から贈られたものがないのには気づかれていたと思う。
だけどそれを指摘することはなかった。
あとはドレスにどう手を加えるかの相談をしたい。
サージェス様からいただいたリボンもうまく使いたい。
たくさんのリボンの贈り物は嬉しかった。
ふと気づく。
渡すなら今だ。
「あの、サージェス様、」
「はい、どうしましたか?」
わたしは渡す機会を窺っていたハンカチを取り出してサージェス様に差し出した。
「こちらを。先日の花束のお礼です」
「ありがとうございます」
躊躇うことなくサージェス様は笑顔で受け取ってくれる。
「見てみても?」
「はい、もちろん。大した腕ではないのですけれど……」
「いえ、嬉しいです。失礼します」
サージェス様がハンカチを広げる。
今日に間に合わせるためにあまり手の込んだ刺繍はできなかった。
一つの角にサージェス様のイニシャルを飾り文字で入れて、四辺を蔓で覆っただけだ。
あまり可愛らしいと男性であるサージェス様には使いにくいだろうと思って一般的によく使われる紋様にしたのだ。
……好みもよくわからなかったし。
婚約者だからトワイト家の紋章を入れても問題はないのだけれど、さすがに練習してからでなければ無理だ。
家の紋章というのはとても大切なものだから下手なものは刺せない。
下手なものを刺して渡せば侮辱にもなりかねないものなのだ。
それほど重視されるものでもある。
「とてもお上手ですね」
サージェス様が刺繍を撫でながら言う。
「ありがとうございます」
微笑みながら礼を告げる。
きっとお世辞だろう。
わたしの腕は人並みだ。
サージェス様はグレイス様を初め、いろいろなご令嬢から刺繍入りのハンカチを贈られていることだろう。
婚約者のいる相手に刺繍入りハンカチを贈るのはマナー違反だ。
だけどサージェス様には婚約者がいらっしゃらなかった。
だからきっと何人ものご令嬢がサージェス様にハンカチを贈っただろう。
刺繍入りのハンカチを贈ることは気持ちを伝える手段であり、自分にはこれだけの刺繍の腕があるのだとアピールする手段でもあるのだ。
サージェス様はいわゆる優良物件だ。
侯爵家の嫡男であり、有能でいて穏やか、それに見た目にも優れているのだ。
彼に憧れを抱くご令嬢は多いことだろう。
トワイト侯爵家と縁を結びたい家も。
そこにぽっと出のわたしが婚約者に収まった。
しかもそれまでわたしは同じ侯爵家嫡男のノークス様の婚約者だった。
相当風当たりが強くなることは覚悟している。
フワル侯爵令息との婚約が決まった時もそれなりに強かった。
それをうまくいなせるかも恐らく見られていたのだと思う。
フワル家からの助力はなかった。
ノークス様が一緒にいる時に言われた時だけノークス様が庇ってくれた。
それも、家のためだというのは今ならわかる。
あの時のわたしは愚かにも胸を高鳴らせてしまったけれど。
一応及第点はもらえたのだと思う。
苦言を呈されることもなく、婚約も続行されたのだから。
フワル侯爵夫人からはいろいろないなし方を教わった。
それも活かすことができるだろう。
そう。全ては無駄にはならない。
庇ってくれたノークス様にときめいてしまったのだって、同じ轍は二度と踏まない戒めとなる。
大丈夫だ。
それくらいでサージェス様に頼らない。
いずれ侯爵夫人として立つのなら、それくらい一人で捌けなくてはならない。
大丈夫。
わたしならできる。
自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
今までの経験もあるから大丈夫だ。
でも、とふと思う。
でも、サージェス様が庇ってくれたとしたらそれは優しさだ。
それだけは間違いない。
サージェス様は見知らぬわたしにも寄り添ってくれた優しい人だ。
その優しさを勘違いしないようにしないと。
お互いにいいパートナー、くらいを目指すべきだ。
サージェス様が微笑む。
「心のこもった刺繍入りのハンカチを持つのは婚約者のいる者の特権ですね」
「グレイス様からもいただいているのでしょう?」
「兄というのは妹にとっては練習台ですから。まあまあうまくできたものをせっかくだからと贈られるくらいですね」
グレイス様に限ってそれはないだろう。
つまりこれは冗談なのだ。
恐らく、わたしを和ませようとしてくれたのだろう。
「まあ」
わたしは微笑んだ。
「冗談ではありませんよ? 事実です」
「グレイス様はもしかしたら照れ臭くてそのようにおっしゃったのかもしれませんね」
「リーリエは優しいですね」
何故そういうことになるのだろう?
それとも照れ隠しだろうか?
何だかそちらのほうが可能性が高い気がする。
年頃の兄妹関係ならそういうこともあるかもしれない。
わたしの弟はまだ小さいからそのようなことはないけれど、いずれ姉とのやりとりを照れ臭く感じる日が来るのかもしれない。
それはそれでちょっと寂しいけれど、姉としては受け入れなければならないだろう。
サージェス様ももしかしたらそのような心境なのかもしれない。
「そんなことはありません」
サージェス様が曖昧に微笑む。
どうしたのだろう?
だけれど聞けるような雰囲気ではない。
曖昧に微笑うということはそれ以上は踏み込まないでほしいということだ。
だから聞かない。
サージェス様も話してもいいと思ったらいずれ話してくださるだろう。
読んでいただき、ありがとうございました。




