元婚約者から贈られたものの処分の相談
「お父様、今よろしいですか?」
父が執務室にいると聞いて訪ねた。
「リーリエかい? 入っていいよ」
許可をもらって扉を開ける。
「失礼します」
父が書類から顔を上げる。
「リーリエ、何かあったのかい?」
「少しご相談が。お時間はありますか?」
「大丈夫だよ。そちらに。この書類だけやってしまうから少し待っていておくれ」
「はい」
父にソファを示されたので座って父の区切りがつくのを待つ。
少しして父がペンを置き、立ち上がった。
そのままソファまで歩いてきて向かいに座る。
「お待たせ。それでどうしたんだい? 何か困ったことがあったのかい?」
父も忙しいのですぐに切り出す。
「フワル侯爵令息にいただいたもののことなのですが」
「それはリーリエがもらっていいことになっているよ」
それは婚約した時の契約でそうなっていた。
贈られたものはその時点でわたしのものになっている。
ごく一般的なことだ。
大抵の婚約ではそのように契約書を交わしている。
明記しておけば後々揉めなくて済む。
万が一破損させた場合の保険でもあった。
贈られた時点で贈られた相手のものになっていれば賠償責任が発生しないのだ。
うっかりやら嫌がらせやらと社交界はいろいろある。
それが賠償になったら……と思うと血の気が引く思いをすることもあるだろう。
実際に昔あったそうだ。
婚約者に贈られたドレスにワインがかかってそのドレスの賠償を婚約者に求められた令嬢がいたのだという。
わざとではなく、たまたま人がぶつかってその人が持っていたワインがかかってしまっただけだった。
結局その件が元でその婚約は解消されることになった。
婚約者は贈ったもの全ての返却とドレスの賠償金を請求したとか。
まあ令嬢が贈った物も同様に返却はされたようだが。
それを売ったとしても足りないくらいの賠償金を請求されて困ったようだ。
どうやらドレスの値段の倍以上の賠償金だったらしい。
さすがにそこまで詳しくは伝わっていない。
話を聞きつけたワインをかけてしまった相手が代わりに賠償金を払い、何とか事なきを得たらしい。
だけどそれではっきりと明暗は分かれてしまった。
自分がぶつかったからだ、と賠償金を肩代わりした相手の評価は上がり、婚約者のほうの評価は下がった。
婚約者について社交界では散々な言われようだったらしい。
贈ったものの所有権を主張するなど卑しい。
だの。
ワインがかかった婚約者に優しく声をかけることなく罵倒するなど器が小さい。
だの。
ワインのかかったドレスの賠償を求めるなど人間性を疑う。
だの。
散々に叩かれた。
最初から賠償金目的の婚約だったのではないかとまで言われたようだ。
そんな噂が流れては嫁いでくれる令嬢が現れることはなかったのだとか。
評判が悪い男でも厄介払いしたい娘を嫁がせようとする家はあるものだが、さすがに家にも影響が出るかもしれないとなると嫁に出そうという家はなかったそうだ。
当然のことだ。
同じ方法で搾取されるのは御免だとどの家も判断したのだ。
そんな家と縁を繋ぐ利点もない。
結局は爵位は親戚筋に譲られることになった。
譲られた親戚はとんだ貧乏くじだと嘆いたらしい。
今でもその家は浮上できずに苦労している。
それを教訓にして予め婚約の書類に贈った物はその時点で贈った相手のものであるとはっきりと明記されるようになった。
わざわざ明記せずとも贈った物は贈った相手のものだというのがほとんどの者にとっての当然の認識だったのだが。
契約に書かれていないからと平然と所有権を主張する輩が現れた以上は自衛しなければならないのだ。
第二第三の人物が現れないとも限らない。
どこにでも過去から学べない残念な人はいる。
「はい。ですが、新しく婚約を結んだのですから、前の婚約者にいただいたものを持っているのもよくないと思いまして」
恐らくサージェス様は気になさらないと思う。
だけど、周りはきっとうるさい。
それに、わたし自身も嫌だった。
「それは確かにそうか」
本当にいいのか? と父の目がわたしに問いかけている。
だからわたしは父の目を見てしっかりと頷いた。
「わかった。選別する時はカリナと一緒にやるように」
「わかりました」
そのほうが安心だろう。
何か間違いがあっても困る。
「私のほうから言っておくよ」
「ありがとうございます」
それなら母の都合のいい時に付き合ってもらおう。
「あ、売った代金は迷惑をかけた領民へと渡してください」
父が軽く目を見開く。
「いいのかい? リーリエの小遣いや持参金に回しても構わないよ?」
「いえ。是非彼らに」
迷惑をかけたから、とは口に出さない。
出さなくとも父には伝わっているだろう。
じっとわたしを見ていた父が小さく頷いた。
「わかった。そうすることにするよ。……リーリエ、ありがとう」
わたしはただ微笑んだ。
なるべく早くしたほうがいいだろう。
母の予定と合い次第やることにしよう。
後でノークス様からいただいたものはまとめておこう。
でもまずはサージェス様へ手紙を書かないと。
それからいただいたものの確認とそれをまとめる作業をする。
今後の予定の算段をつけた。
ついでに報告してしまおうと思い立つ。
「今度サージェス様とお茶会に行くことになったわ」
「そういえば先程サージェス様がいらしていたね。挨拶しそこねてしまったな」
フワル侯爵令息が来た時に屋敷にいれば父は一応挨拶に来ていたことを思い出す。
「サージェス様が挨拶不要とおっしゃったので知らせなかったの」
「そうか。気を遣わせてしまったようだな」
「きっとお忙しいのよ」
「そうか」
たぶん、煩わせたくないと思ったのだろうと思う。
だけどそれを告げるのはサージェス様の気遣いを無にする行為だ。
だけどたぶん父は気づいていると思う。
それを悟らせずに父は告げる。
「次はご挨拶したいから知らせてくれるかい?」
礼儀としてだろうか?
それとも何か話があったのだろうか?
「わかったわ。お茶会のドレスのことでまた訪問していただく予定なの」
「そうか。それなら日程が決まったら教えておくれ」
「わかったわ」
あまり仕事の邪魔はしてはいけない。
わたしは立ち上がった。
「お時間をいただき、ありがとうございました」
「また何かあったら遠慮なく相談しなさい」
「はい。ありがとうございます。失礼します」
わたしは一礼して父の執務室を出た。
サージェス様への手紙を書くために自室へと向かった。
読んでいただき、ありがとうございました。




