最も深き穴 その6
抱きしめられるわたしは、どうしても最後に聞いておきたいことがあった。
「お婆ちゃん…」
「なんだい? 命乞いは聞かぬぞ?」
「ううん。あのね…昔、一緒に暮らしていたとき、お婆ちゃんは楽しかった? わたし、村長に反抗していて、我儘で言うことも聞かなかったでしょ? わたしの体だけが目当てって言っていたから、本当は全然楽しくなかったのかなって…」
「お前は本当に馬鹿だよ。楽しかったに決まっているじゃないか。あんな思い出がなければ、もっと早くに殺していたさ」
お互いがまた強く抱きしめあった。
「お前は、本来、支配者になるため、女神の元に向かうことを知っているはずだ。それを無視して、人間の体にしがみついているのも限界がある。私もお前もボロボロだ。この薬をやろう…。この薬を飲めば、魔神が復活するまで体が持つだろう。まぁ…効果には個人差があるから、保証は出来ぬが」
イーノーベはわたしから離れると、この空間から抜け出す術式を発動し始める。
「イーノーべお婆ちゃん、今までありがとう。そして…さようなら…」
大粒の涙が、乾いた地面に落ちる。その涙は、心の支配者の力が含まれており、大地に祝福を与えるのだが、この最も深き穴の乾きを潤すことなどありえないのだ。
イーノーべは何も言わずに、この空間から姿を消した。
「女神様…。後は、お願いします」ベネツィオは何もない空間を見上げながら呟いたのだ。
***** ***** ***** ***** *****
イーノーべは最も深き穴から抜け出し、カーネルを保護しなければならなかった。
だが…。
イーノーべは既に封印の空間に閉じ込められていた。それは否定の空間。脱出することも否定、考えることも否定、生きることも否定される空間。ならば、その逆の、脱出しないことは? 考えないことは? それらは更に上位の女神の意志に逆らうことを否定されていた。ならば…その逆の女神に逆らわないことは? それらを突き詰めていくと、結局…女神に都合が良いだけの封印であった。
イーノーべは支配者であり不老不死だ。だが、この空間は不老不死さえも否定する。徐々に、数千年の時をかけて、イーノーベは存在自体を消されてしまうのだ。だがイーノーベは…それすらも認識することができないのだ。
***** ***** ***** ***** *****
「さて、みなさん、魔神復活までどのぐらいの猶予があるかわかりませんが、魔神復活を阻止しましょう!!」
元気よく、魔物たちが返事をする。
外の世界で始まった愚かな戦争を止めることも、大切な人たちを守ることもできないが、わたしには、わたしにしか、できないことをやるだけだ。
この子が生まれ、一人前になるまで、どうにか…この体を持たせなければならない。イーノーベからもらった薬をゴクリと飲んで、わたしは、最も深き穴の最下層を目指して、久しぶりのダンジョン攻略に挑戦するのだった。




