第9話「浅葱とお買い物」
「えっと……紐なんですけど」
「紐?」
紐といっても多種多様だ。
どう説明したら良いかわからず、表現に悩んでいるうちに身体ごと横に傾けてしまっていた。
「髪をくくる紐です。えっと、手作り……? 紐を使って自分で作りたくて」
「組紐のこと?」
「そうです! それです!」
「おおぅ……」
ようやく答えが出て、自然と笑みがあふれ出す。
出会ってから警戒心むき出しだったにも関わらず、浅葱が汲み取ってくれたことが嬉しくてたまらない。
浮き沈みが激しいとは自覚しているものの、私の反応に慣れていない浅葱は目を丸くして、息を吹き出すように笑った。
「たしかこの先に反物屋があったんだよなぁ。そこなら売ってるかも」
浅葱が顎に指先をあて、独り言を呟いて適切な店を導きだそうとする。
そして御所に近い商店が並ぶ道を指した。
御所から離れるほど、野菜売りや農具に武器といったものを扱う店が多くあり、近くになれば反物屋と上品な店が目につくようになる。
万が一を恐れ、御所にはあまり近づかないようにしていたが、目的の物がそこにしかないのならば致し方ない。
「そこに行きたいです。浅葱さん、案内していただけますか?」
「もちろん」
人混みに流されないよう浅葱は私の袖を引いて歩いていく。
並んでみると身長が高く異性らしさが目立つ。
すれ違う人たちより頭一つ分出ており、緋月と同じくらいだと、くすぐったさに胸がポカポカした。
「わぁ、素敵」
反物屋に着くと、店の前には手に取りやすい帯紐や半襟が並べられていた。
店内は上等な着物から庶民向けの小袖と、幅広く置いてある。
私は店前にある組紐の箱の前にしゃがみこむと、一つ一つ手にとって吟味していった。
「さっき髪をくくるって言ってたけど、髪飾りでも作るのか?」
「そうです。何色にするか、悩んじゃいますね」
浅葱の疑問に時羽は振り返ることなく、組紐を真剣に見比べていく。
赤から青、黄色に紫と華やかなものから地味な色合いまで様々だ。
緋月にはどんな色が似合うだろうかと、頭に思い浮かべながら色を重ねてイメージを固めていった。
「アイツならそうだなぁ。この色――」
「わっ! ダメです! 言わないでください!」
とっさに組紐を手放して両手を突きだすと、浅葱の口を塞ぐ。
「私が選びたいんです! 緋月には、私が!」
そこまで言って、なんと大胆なことを口にしてしまったんだと、恥ずかしくなり縮こまる。
上品さの欠片もない行動に落ち込んでいると、浅葱がやれやれと空を仰いだ。
「わーったよ。じっくり選んでくれや。まったく……」
「あっ、ありがとうございます!」
第一印象は正直良くなかったが、この短い時間で浅葱の人となりはわかってきた。
緋月とはまた違った世話焼きかもしれない。
選んだ組紐を胸に抱き寄せて、私は浅葱に微笑みかけた。
「ありがとうございました。望みのものは買えたので戻ります」
「そっか。じゃあまた“あの穴”まで送ろっか」
絶対にバカにしている、と恨みがましく浅葱を睨む。
最悪な出会いだったと腹を立てたくなる気持ちは残りつつも、今は嫌いではないと素直になりきれずにいた。
日が暮れて影が伸びる頃、壁穴の前に着いて私は浅葱から距離をとる。
「浅葱さん、ありがとうございます。私一人だったらたどり着けなかったかも」
深々と頭をさげると、浅葱は二カッと歯を見せて笑った。
「そりゃ~よかったよかった! オレも面白いもの見れたからよかったよ! なんてったってお姫さんが壁から――」
「時羽!!」
焦りの強い声が浅葱の声を遮り、紫がかった黒髪の煌めきが視界に入る。
塀の上から飛び降りた緋月が着地すると、浅葱を睨みつけながら私の肩を引く。
今まで以上に至近距離となり、私の心臓が破裂しそうなくらい早く鼓動を打った。
「お前、彼女に何をした?」
「やっほ。思ったより気づくの遅かったな」
「変なことしてないだろうな? 場合によってはころ――」
「緋月、ダメ! 浅葱さんは私を気にかけてくれたの!」
険悪な態度に危機を感じ、時羽は緋月の肩を揺さぶる。
背伸びをしなくてはまともに緋月の顔が見えないので、身体を捻じって止めにかかった。
「姫。外に出る時は俺に声をかけてください。心配する身にもなってくださいよ」
緋月は深く息を吐き、思い詰めた様子で震える手で私を引き寄せた。
緋月に大切に想われるのはこの上ない幸せであるが、その分負担をかけていることに胸が痛くなった。
(対等でありたい。そんな風に思うのはきっとワガママね)
「ごめんなさい。いつもありがとう」
緋月の腕にそっと触れるくらいしか、私に返せるものはない。
越えられない距離。
それを察して緋月はスッと身体を離す。
頭では冷静なのに、時々緋月は我を忘れたみたいに強く出ることがある。
それを拒めないどころか嬉しく思ってしまう私も私だと、贅沢な悩みに目を閉じた。
「ふ~ん。緋月、ねぇ。へぇ、そうなんだ」
「浅葱。これ以上、時羽姫に近づかないでくれ」
「え、イヤだけど」
砂利が風に吹かれ、枯れ葉が乾いた音をたてた。




