第8話「壁穴での出会い」
汗のにじむ暑い時期が過ぎ、涼しくなり出した頃。
いつも以上に外へ出る気を満々に、壁穴へ向かう。
(そろそろ穴、小さくなってきたな)
思い返せば穴を見つけたばかりの頃は、まだ十歳と小さな子どもだった。
この年齢にもなれば月のものもはじまり、身体も膨らみが出てくるようになった。
(お尻ばっかり引っかかる……!)
お尻だけ大きな姫君はごめんだ、と私は意地で穴を抜けようと奮闘する。
(もう少し……)
「あれ? なんか出てきた」
あとひと踏ん張りで抜け出せるところまできて、目の前が影で覆われる。
突然の人目に驚き固まっていると、私を見下ろす影の人は前にしゃがみ、つむじを指で突いてきた。
「なぁなぁ。出てこないの? その体勢のままは辛くない?」
「ひぇ……あ、あの……」
「あ! もしかしてあんたか!? アイツがコソコソ会ってるのって!」
アイツ?
その言葉に私はカッと目を開き、壁穴にお尻を詰まらせたまま、目の前の男の足首に掴みかかる。
「アイツって誰ですか~?」
「お、おお?」
「知り合いなんですかぁ?」
「ちょちょ! とりあえず出ようぜ? めちゃくちゃ残念なことになってっから!」
壁穴から身体を半分出した状態で長い髪を前にだらりと流している。
さしずめ、壁穴に男を引きずり込もうと手を伸ばす女の悪霊といったところだろう。
“壁穴女の怨念”とウワサされてはたまったものではない。
急いで壁穴から身体を抜いて立ち上がると、砂利を払って深く息を吐き出した。
「あなたは誰? 私のこと知っているの?」
「いや、知らないよ?」
「アイツって誰のこと? その人から何か聞いているの?」
緋月の名は出さない方がいいだろう。
余計なことを言って緋月に迷惑をかけるのは一番避けたいところだ。
とはいえ、相手の立ち位置をあいまいにして見逃すわけにもいかないと、目を鋭くさせた。
「あーっと。オレの知り合いがコソコソと女と会ってるみたいでさ。もしかして君のことかなーって」
「どうして私だと思うの?」
「え~、そこまで聞いちゃう~?」
気になることはどこまでも追及する。
度が過ぎてしまうのはわかっていたが、腑に落ちないままでいるのは後で悶々としてしまうので、今は我慢しないことにした。
私の頑固さに男はにんまりとして、不躾にも八重桜色の瞳に指を差してくる。
「目かな~」
「目?」
「最近アイツ、柄にもねぇ木彫りの兎なんか作っててさ。急になんだと思ってたんだよ」
やはり緋月のことだ。
確信を得た途端、私の知らないところで緋月が試行錯誤する姿を想像し、にやけてしまう頬を包んで隠す。
目の前の男は恥じらう私を見てニヤニヤと八重歯を見せて笑いだした。
「やっぱアイツの女か」
「べ、別にそういうのでは……。あっ、あなたこそ、コソコソと探っているの!?」
「コソコソしてるのはそっちだと思うけどなぁ」
遠慮なく私のテリトリーに入ってくるので、足蹴にしてやりたくなった。
だが私も人にはこれくらい聞いてしまうので、責める資格はない。
ここは一歩引いて大人になろうと咳払いをした。
(クルミみたいな髪色ね。見た目は悪くないわ)
クルミ色の髪をハーフアップに結んでいるが、長さが短いので外はねが目立つ。
目は大きく、八重歯が目立つので木の実をかじっていそうだとついつい笑ってしまった。
緋月とはまた違った端正な顔立ちだ。
人懐っこい雰囲気ではあるが、口調はおちょくりが多く、口で勝てそうにない。
当然、面白くはないので唇を尖らせてしまった。
「ふ~ん」
男は首を傾げると、にんまり顔をして私の手首を掴んでくる。
「きゃっ!?」
「こんなところから抜けだしてさ、どこに行くつもりだったの?」
「えっ! そ、それは……」
答えてしまったら御所に連れ戻されるかもしれない。
目的があって外に出ようとしていた私は危機感を募らせ、男の手を振り払おうとする。
しかし見かけによらず男の力は強い。
今まで緋月しかまともに交流したことがなかったので、男性は力が強い生き物とはじめて実感した。
震えたいわけではないのに身体は正直だ。
怯えだす私に、男はハッとしてすぐに手の力を抜くと、腰をかがめて目線を合わせてきた。
「ごめんな。普通の女の子には痛かったよな」
「平気……です」
「あー……っと。急にしおらしくなった……」
これまで大して人と関わりがなかったこともあり、亡き母から受けていた注意を思い出す。
女性の美徳は淑やかであること。
年頃になったのだから、姫らしい気品を意識しなければならなかったと、途端に気持ちが重くなった。
ちゃんと丁寧に話そう。
身を守るにはそれも一つの武器だと、恐怖を飲み込んで男と向きあった。
「町に出ようとしたんです。欲しいものがあったので……」
「それは町じゃないと手に入らないの?」
「そうです。だからここでのことは忘れてください」
いち早くここから退散しようと男から離れようとするが……。
「待って。オレも一緒に行く」
「えっ!?」
「女の子一人で出歩くのはあぶねーからさ!」
男はより一層機嫌を良くし、時羽に並んで歩きだした。
つくづくこの男性は遠慮のない人だと、呆気にとられて反応に悩んでしまう。
もし嫌なことをしてきたら思いきり叫んでやると、確固たる意志を持って足早に前へと出た。
「オレ、浅葱っていうんだ。君は? 名前を聞いてもいい?」
「……時羽です」
「時羽ちゃん。おっけ、じゃあさっそく町へ行こう!」
「わっ!?」
浅葱の足取りは軽く、楽しそうに鼻歌を歌いだしていた。
仮に緋月の顔見知りだとして、あまりにタイプが異なり意外性に目を見張ってしまう。
陽気さを見ているうちに、こちらが考え過ぎのような気がして、徐々に口角が緩んでいった。
もし、緋月に友人がいるならばこれくらい掴みどころのない人の方が相性の良さがあるのかもしれないと、複雑に考えないことにした。
町に着くと、目的の物を探すため、人の波を避けながら大通りを行ったり来たりする。
相当ソワソワして見えたのか、浅葱が私の顔をじっと首を傾げて覗き込んできた。
「時羽ちゃんの欲しいものって何?」




