第7話「うら恥ずかしき恋」
太陽がほとんど沈み、空には月の輪郭が浮かび始めている。
「今日は満月かしら? まん丸に見えるわ」
「また月見団子でも食べますか?」
「それもいいわね。どうせなら秋の月を緋月と見たいわ」
「すみません……」
謝罪を聞き、血の引ける焦燥感に襲われて緋月の腕に掴みかかる。
「ごめんなさい! 忙しいとはわかっているの!」
その時期は御所に多くの人が集まるため、全員が慌ただしく動く。
緋月も例外ではなく、毎年その時期は顔も出すのも難しいそうだ。
芹も下女としての仕事があり、私にとって“中秋の名月”は眩しすぎる明かりだった。
「姫はなぜ……」
「緋月? どうしたの?」
「いえ。……何でもありません」
中途半端に口に出しておいて、緋月は笑顔で誤魔化そうと取り繕うことが多い。
私が気にするのをわかっていて言葉を引っ込める。
そのたびに私は距離を感じ、振り回されてばかりだとモヤモヤした。
「何でもなくないでしょ? 私がなに? なんでも聞いていいのよ?」
いつも私は緋月に優しく出来ない。
緋月が聞いてほしくないことだったとしても、私が気持ちを知れずにいるのが嫌だから。
「また口に出してしまいましたね……」
うら恥ずかしいと口元を隠す。
この人はとことん計算高い。
「わざとなの? 私もなんでも聞いているから、緋月も遠慮しなくていいのに」
「口に出して後悔するだけです。俺は口に出さなくて済むのなら黙っていたいんです」
「それだと私が気になってしまうわ。緋月が何を気にしているのかって、いつも知りたくて……」
誰とどこまでなら会話にしていいのか。
その距離感が時羽には難しい。
芹との距離、緋月との距離。
大切な二人であっても、会話の仕方はまったく異なるので、なんとか上手く話せるようになりたいと必死だった。
「姫はなぜ、そこまで月がお好きなのかなと思ったんです」
「それだけ?」
「はい、それだけです」
たったそれだけの質問をなぜ、躊躇ったのだろう?
緋月は時々、拍子抜けする質問をする。
それだけ溜め込んでのことだから、私もしっかり聞こうと身構えてしまい、その反動で脱力感が強かった。
コホン、とわざと咳をして兎の頭を指でなぞる。
「月はお母様との思い出が深いの。夜、さみしくなったら月を眺めればいいって。みんな夜はさみしいから。だから月は綺麗に光るんだって教えてもらったのよ」
さみしさに泣くのではなく、美しさに泣いてと。
みんながやさしさを求めるから、月はそれに答えて一等美しくなろうとしていると。
母と二人で見る月は明るかったけれど、今はほんの少しだけ肩が冷える。
お月見の時期はそれが余計に身に染みるから嫌だ。
……私にとって、月とはそれくらい思入れが深かった。
「時羽様? いらっしゃいますかー?」
戸口から芹のほがらかな声がして、私は熱くなった頬を仰ぎながら顔を上げる。
「こっちよ、芹」
「遅くなりました。すみませ……って、あら。緋月さん」
「こんばんは、芹さん」
相変わらず芹は警戒心が強く、大股に寄ってくると緋月の前では眉を潜めがちだ。
「もう日は落ちました。あまり殿方が夜にいらっしゃるのは不躾かと」
「ははっ、そうですね。では俺はこれで」
芹の挑発にすっかり慣れた緋月は爽やかに微笑むと、さっと戸口へ向かってしまう。
「緋月! 兎、ありがとう! 大事にする!」
その背に私は大きな声で呼びかけ、振り返った姿に木彫りの兎を抱きしめる。
目を細めて穏やかに微笑む緋月に手を振って、後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
宝物となった木彫りの兎と目をあわせ、くすぐったさに笑ってしまう。
「時羽様。あまり口うるさく言いたくはありませんが、もうお互い年頃で……」
そこに芹が悩ましげに注意をうながす。
「わかってる……。ちゃんと、わかっているよ」
私と緋月は四歳差。
お互いに既婚者であってもおかしくない。
きっと私が“忘れられた姫”でなければ、今頃はどこかの貴族に嫁いでいたかもしれない。
それをわかっていて、こうして木彫りの兎を抱きしめる。
唇に人差し指をあてて、胸の痛みから目を逸らす。
それ以上は言わないで、と緋月の真似事のように言葉を止めて。
芹もよくわかっているため、困りながらも「外は冷えるから」と息を吐き、私の背に手を添えた。
まだ先の秋の月。
しばらくさみしさを感じることを許してほしいと目を閉じた。




