↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/28

第7話「うら恥ずかしき恋」

太陽がほとんど沈み、空には月の輪郭が浮かび始めている。


「今日は満月かしら? まん丸に見えるわ」


「また月見団子でも食べますか?」


「それもいいわね。どうせなら秋の月を緋月と見たいわ」


「すみません……」


謝罪を聞き、血の引ける焦燥感に襲われて緋月の腕に掴みかかる。


「ごめんなさい! 忙しいとはわかっているの!」


その時期は御所に多くの人が集まるため、全員が慌ただしく動く。


緋月も例外ではなく、毎年その時期は顔も出すのも難しいそうだ。


芹も下女としての仕事があり、私にとって“中秋の名月”は眩しすぎる明かりだった。


「姫はなぜ……」


「緋月? どうしたの?」


「いえ。……何でもありません」


中途半端に口に出しておいて、緋月は笑顔で誤魔化そうと取り繕うことが多い。


私が気にするのをわかっていて言葉を引っ込める。


そのたびに私は距離を感じ、振り回されてばかりだとモヤモヤした。


「何でもなくないでしょ? 私がなに? なんでも聞いていいのよ?」


いつも私は緋月に優しく出来ない。


緋月が聞いてほしくないことだったとしても、私が気持ちを知れずにいるのが嫌だから。


「また口に出してしまいましたね……」


うら恥ずかしいと口元を隠す。

この人はとことん計算高い。


「わざとなの? 私もなんでも聞いているから、緋月も遠慮しなくていいのに」


「口に出して後悔するだけです。俺は口に出さなくて済むのなら黙っていたいんです」


「それだと私が気になってしまうわ。緋月が何を気にしているのかって、いつも知りたくて……」


誰とどこまでなら会話にしていいのか。

その距離感が時羽には難しい。


芹との距離、緋月との距離。


大切な二人であっても、会話の仕方はまったく異なるので、なんとか上手く話せるようになりたいと必死だった。


「姫はなぜ、そこまで月がお好きなのかなと思ったんです」


「それだけ?」


「はい、それだけです」


たったそれだけの質問をなぜ、躊躇ったのだろう?


緋月は時々、拍子抜けする質問をする。


それだけ溜め込んでのことだから、私もしっかり聞こうと身構えてしまい、その反動で脱力感が強かった。


コホン、とわざと咳をして兎の頭を指でなぞる。


「月はお母様との思い出が深いの。夜、さみしくなったら月を眺めればいいって。みんな夜はさみしいから。だから月は綺麗に光るんだって教えてもらったのよ」


さみしさに泣くのではなく、美しさに泣いてと。


みんながやさしさを求めるから、月はそれに答えて一等美しくなろうとしていると。


母と二人で見る月は明るかったけれど、今はほんの少しだけ肩が冷える。


お月見の時期はそれが余計に身に染みるから嫌だ。


……私にとって、月とはそれくらい思入れが深かった。



「時羽様? いらっしゃいますかー?」


戸口から芹のほがらかな声がして、私は熱くなった頬を仰ぎながら顔を上げる。


「こっちよ、芹」


「遅くなりました。すみませ……って、あら。緋月さん」


「こんばんは、芹さん」


相変わらず芹は警戒心が強く、大股に寄ってくると緋月の前では眉を潜めがちだ。


「もう日は落ちました。あまり殿方が夜にいらっしゃるのは不躾かと」


「ははっ、そうですね。では俺はこれで」


芹の挑発にすっかり慣れた緋月は爽やかに微笑むと、さっと戸口へ向かってしまう。


「緋月! 兎、ありがとう! 大事にする!」


その背に私は大きな声で呼びかけ、振り返った姿に木彫りの兎を抱きしめる。


目を細めて穏やかに微笑む緋月に手を振って、後ろ姿が見えなくなるまで見送った。


宝物となった木彫りの兎と目をあわせ、くすぐったさに笑ってしまう。


「時羽様。あまり口うるさく言いたくはありませんが、もうお互い年頃で……」


そこに芹が悩ましげに注意をうながす。


「わかってる……。ちゃんと、わかっているよ」


私と緋月は四歳差。

お互いに既婚者であってもおかしくない。


きっと私が“忘れられた姫”でなければ、今頃はどこかの貴族に嫁いでいたかもしれない。


それをわかっていて、こうして木彫りの兎を抱きしめる。


唇に人差し指をあてて、胸の痛みから目を逸らす。


それ以上は言わないで、と緋月の真似事のように言葉を止めて。


芹もよくわかっているため、困りながらも「外は冷えるから」と息を吐き、私の背に手を添えた。



まだ先の秋の月。


しばらくさみしさを感じることを許してほしいと目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。