第5話「ささやかな戯れ」
「んぐっ!?」
「どう? おいしいでしょ?」
それを緋月は狼狽えながら一口だけかじると、残りを自分で口に含んで飲み込んだ。
「……おいしいです」
「よかったぁ!」
好きなものは分かち合いたい。
緋月の反応に満足し、私も口に放り込む。
仄かな甘さがおいしくて、頬が零れ落ちそうだ。
「幼いから許されるようなものですよ……」
「あーっ! そこまで子どもじゃないよ! そりゃあ、緋月とは少し差があるかもしれないけど……」
私はもう一つお団子を口に含み、気づかれないように緋月の横顔を観察する。
「緋月は綺麗ね」
「は……えっ?」
ちょっとした呟きに緋月は顔を赤くし、視線を彷徨わせる。
「今日は小奇麗な恰好をしているのね。そうだ、傷はもう痛まない? ちゃんと手当した?」
発言に繋がりがなく、気になることはつらつらと早口に飛び出していく。
前のめりに質問攻めにしていると、緋月は背中を反らして距離を取ろうとしていた。
またもや距離感を間違えてしまったかもしれない……。
さすがに私も気まずくなって頬を染め、指をもじもじさせた。
「ごめんなさい。気になったら聞かずにはいられなくて」
「いえ。好奇心旺盛なのは良いことです」
「本当? 本当にそう思ってる?」
緋月は瞬きを繰り返し、やがて口元を隠してから「もちろん」と目尻の涙を拭った。
今まで微笑むことはあっても、目立って大きく笑うことはなかった。
それが思いがけないほど私の心を浮つかせ、ずっと空白だった部分を満たしていく。
「私、緋月の笑った顔が好きだわ」
自然と出た言葉に、緋月は動きをとめて目を丸くする。
「笑った顔?」
「ずっと見ていられるくらい、素敵だと思うわ。それにね、笑っていた方が人にも自分のためにもいいんだって。お母さまが言っていたの」
私は口角を指で引き上げ、えくぼを浮かせてみる。
いつも笑っていた母を思い出す。
一緒に桜の花を眺め、月を見上げて歌をうたった。
行動範囲はとても狭いものだったが、母といる時間は何よりもの幸せだった。
満たされる、満たされない。
そんな破片さえ考えないほどやさしい時間だった。
「緋月のお母さまはどんな方? お父様はいつも御所の中にいらっしゃるの?」
何気ない質問のつもりだった。
しかし緋月にとっては悩ましいものだったようで、困った微笑みを浮かべて目を逸らしてしまう。
また空気を読めない問いを投げてしまったと、瞬時に察した私は謝ろうとして腰を浮かしたものの、喉が塞がり言葉が出てこなかった。
「母も御所に仕えていますよ。二人とも忙しくしているのであまり関わりがないんです」
気落ちする時羽に、緋月はどこまでも優しかった。
「大丈夫よ」だと言葉を選んでちゃんと話してくれる。
その心づかいに目頭が熱くなり、私は唇を丸め込んだ。
緋月は私よりもずっとずっと大人だ。
私はこの場所に一人で暮らしているが、芹が世話を焼いてくれるからさみしさは減った。
芹がいなければ奇妙なくらい、誰にも気づかれなかっただろう。
父に気づいてもらえないのは悲しいが、義母兄弟もたくさんいる中で私だけ特別扱いをするわけにはいかないと頭では理解していた。
「また……ここに来て」
たくさん会って話をすれば、私のさみしさも、緋月の空白も埋められるかもしれない。
緋月の微笑みを素敵だと思ったからこそ、憂いより喜びに笑ってほしかった。
(ちょっと……大胆すぎたかな?)
芹が聞いていれば頭を抱え、ひっくり返るだろう。
騒がしい心臓と、ムズムズする頬に口の形が定まらなかった。
「内緒にします」
あえて唇に指をあてる仕草をして微笑む緋月に、瞬きを忘れてしまう。
「父や母には言いません。だから姫も俺のことは言わないでください」
「いっ、言う相手なんていないわ。芹には言うだろうけど」
「芹さん以外には。見つかったら二人とも怒られてしまいますから」
確かにそうだと納得し、私は首がもげそうなほど首を縦に振った。
一度遠ざかった距離を詰めて、口元を隠す緋月の袖を引く。
「言わない。だから絶対に来て」
私の懇願に緋月は「はい」とくすぐったそうに笑い、月見団子に手を伸ばして爽やかな空に目を向けた。
緋月の視線を追い、同じ景色を眺め、おだやかに時間を過ごす。
夕暮れになると芹が着て、予想通り頭を抱えたのを緋月と目を合わせて笑った。
お説教に入る前に芹を上手く丸め込み、腑に落ちないながらも緋月との交流に許しを得る。
緋月のささやかな戯れの時間に、母が亡くなってから煩わせていた心寂しさが少しだけ薄れていく感覚を味わった。




