第4話「再会の約束」
しかし返ってきたのは思わぬもので、芹は泣きそうな顔をしてその場に膝をつき、深い息を吐き出して私の両手を包み込んできた。
「ご無事でよかったです。どうか、もう外に出るなんて言わないでください」
心配をかけている。
その事実が胸に突き刺さり、しゅんと肩を落としてしまう。
「ごめんなさい……」
それでも外への好奇心が抑えられない。
芹に迷惑をかけてしまうとわかっていても、出ずにはいられないんだ。
そうしていれば私に気づいてもらえるかもしれないから――。
それに今は気づかって緋月が残ってくれているが、次はいつ会えるかもわからない。
せっかく友達になれるかもしれない人と離れたくない寂しさが、私をワガママにした。
日は暮れて、就寝時間と言ってもいい頃だ。
これ以上は粘っても許されないだろうと、あきらめの気持ちに緋月を見送りに出た。
「ここまででいいの?」
「うん。父のところに戻るだけだから」
父親が御所仕えのため、緋月は比較的自由に動けるのだろう。
壁穴から侵入したのに、出る時は堂々と門の方角へ向かっていた。
「ありがとう、緋月。会えてうれしかった」
本当はまた会いたい。
だけどその言葉を口にするのが怖くて。
だけど気持ちは隠しきれなくて子どもっぽく緋月の袖を掴んでしまっていた。
「……また」
私よりもずっとずっと大人な男の子。
袖を掴む手をそっと両手で包み込み、腰をかがめると私と目線を合わせて微笑みかけてくれた。
「また来る。いいかな?」
暗く落ち込んでいた心にやわらかな月の光が差し込む。
「……うん!」
一瞬で温かくなる胸に口角が緩んでしまう。
また緋月に会える。
それが私の希望となり、何よりもの幸福となった。
翌日の昼下がり、緋月は約束通りまた顔を出してくれた。
「緋月! 来てくれたのね!」
太陽が真上に昇る時間帯は、芹が後宮で下女としてお仕事があるためいないことが多い。
そうなると一人になって心細い時間が続くので、余計に外へ出てしまうのだが……。
改めて緋月の身なりを確認すると、昨日より清潔感のある着物を纏っていた。
爽やかな青空の下で見る緋月は、おそらく御所でも稀な美貌の持ち主だろう。
きらめく黒髪は細く、光に当たると透きとおるような紫色は目を見張るものがある。
顔の輪郭がはっきりしており、目元は端正なアーモンドアイで、青年と少年の間に垣間見える麗しさにうっとり見惚れてしまった。
「時羽姫? どうかしましたか?」
名前を呼ばれたものの、私の満足する呼び方ではなくプクッと膨らんでしまう。
「どうしてそんな呼び方をするの?」
「えっ?」
「昨日は時羽って呼んでくれたわ! どうして?」
加えて今はやたらと丁寧な喋り方だ。
これでは距離を感じてしまい、私からすればまったく面白くない状況だった。
わかりやすく拗ねていると、やはり緋月は目を逸らして口元を隠してしまう。
「あの……前は時羽姫が姫と知らなかったので……」
「別に気にしなくていいのに。むしろ名前を呼んでっ――」
「そうはいきません。本当は姫の前に顔を出せるような身分でもありませんので」
公では女性は顔を見られないよう、御簾越しにしか男性と会話をしない。
どうしても見られてしまう場合は扇で顔を隠す。
それが美徳とされるなかで、私にはその価値観に馴染みがなかった。
そもそも会話をするのに、相手の顔をろくに見ることが出来ないなんてつまらない。
相手の目を見て、顔色をみて、ちゃんと自分の言葉で想いを交わしたい。
そうは思いつつ、あまり駄々をこねて緋月が顔を出してくれなくなる方が嫌だと、言葉を飲みこんだ。
「そうだ。今日はちょっと贅沢なものがあるの」
「贅沢なもの?」
緋月の手を引いて家屋に招こうとするが、緋月はあわてて手を引っ込める。
「き、気軽に中に招いてはダメです……」
「それは恥じらうべきこと?」
「そうです。本当は俺がここに来るのもダメなことで」
「それは絶対にダメ!」
緋月との縁がこれで切れてしまうのは絶対に嫌だ。
「入るのがダメなら縁側でもいい。もっと緋月とお話がしたい」
何がなんでも緋月にはとどまってほしい。
責任は自分が持つと、覚悟の上だった。
こんなにも誰かを手放したくない欲求ははじめてで、私自身も不思議に感じていた。
この人は絶対に引き留めないといけないのだと、切羽詰まる思いで緋月を失わないことだけを考えていた。
「わかりました。では少しだけ……」
パァ、と了承の返事をもらえば表情が明るくなった気がした。
なんとも単純思考ではあるが、心が温かくなるので抗えない充足感だ。
私が感じていること。聞いてほしいこと。
見てほしいもの。
私にとっての幸せを共有したい。
緋月が縁側に腰かけるのを見届けると、私はさっそく部屋の奥から見てほしい一心で“贅沢なもの”を抱え、緋月の隣に座り込んだ。
「お月見のお団子! 芹がくれたのよ!」
「お月見……。今は真っ昼間ですが」
小鳥がチュンチュンと鳴いて草を突いている。
空を見上げると、太陽の光が木漏れ日となり、世界が煌めいていく。
それを眺めてから私はニヤリと口角を上げ、月見団子を一つ手に取ると緋月の唇を押しつけた。




