第3話「おてんばなお姫様」
「うん。でも気にしなくていいの。身分はそんなに高くないのよ」
「身分……とか、女性のことはよくわからなくて。ごめん」
「緋月は京に住んでいるの? 私、はじめて街に出たからビックリしちゃったの」
唐突な質問に緋月は目を丸くし、頬を赤くする。
「俺は……父が御所に仕えていて……」
「そうなの!? 普段どこにいるの? 私、結構ウロチョロしているけれど、緋月を見たことがないわ!」
こんなにも綺麗な男の子がいたら気づかないはずがないのに! と、私は目を輝かせ、緋月に期待を寄せる。
だが返ってきたのは想像していたものと異なっていた。
「えぇっと……それは、ちょっと……。言えない……」
踏み込みすぎた、と私は悪癖を出してしまったことにサーッと血が引いていく感覚を味わった。
めそめそしながら緋月への罪悪感に項垂れる。
「ごめんなさいぃ……。私、気になったことはつい聞いてしまう癖があって」
こういうことに気を回すのが下手だから、芹を困らせる。
御所で生きることは、目を瞑ることでいっぱいだ。
見てもいけない。
言ってもいけない。
聞いたことがあっても知らぬふり。
それが美徳であり、賢い生き方だ。
母にも芹にも重々言われてきたことなのに、私は好奇心を抑えるのが下手くそだった。
「いいと思うよ」
落ち込む私に、緋月は穏やかに微笑みかける。
見た目は繊細で月の精霊を連想させるのに、私の手を包み込むのはやたらと分厚い皮の荒れた手だった。
「俺に答えられることだったらなんでも聞いて。あんまり役立たないだろうけど」
「いいの?」
その問いに緋月は目尻を柔らかくして頷いた。
舞いあがるほどのうれしさに、私はさっそく調子にのって緋月に質問攻めをする。
緋月は戸惑いながらも答えてくれたので、ついつい時間を忘れて会話に夢中になった。
「時羽様。遅くなってすみません。おにぎりですがお持ち……」
太陽が沈んで月が顔を出した頃、芹がおにぎりを持ってきてくれた。
しかし芹が緋月を認識した途端、ギョッとしておにぎりを落としてしまう。
「あっ」と慌てて芹の持つロウソクの灯りを頼りにおにぎりを拾い上げる。
竹皮に包まれていたので汚れることがなく、ホッとしながら顔を上げると芹が険しい顔をして硬直していた。
「芹? どうしたの? あっ、緋月にビックリしているのね! あのね、緋月は――」
「な、な、何故男が!? 時羽様、何もされていませんか!?」
「え……えぇ? 何もないわ。どうしてそんなに驚くの?」
芹がピリピリする理由がわからずに首を傾げていると、芹は目尻を尖らせて私に説教をし出す。
「姫なんだから気軽に男と接触してはいけない」だとか、「恥じらいを持ちなさい」だとか……。
あまりの形相に“鬼婆”を思い浮かべてしまったのは黙っておくことにした。
怒髪天を衝く芹に申し訳なくなったのか、緋月が静かにこの場を去ろうとする。
スッと身を引くのが視界に入り、私は芹の説教そっちのけで緋月を追いかけた。
まだ一緒にいたい。
そう言いたいだけなのに上手く言葉が出てこない。
喉の詰まる感覚に焦っていると、緋月は困ったように肩を落として私の手を離し、縁側に腰かけた。
待ってくれるんだと、頬が安堵に緩む。
私がそんな調子なものだから、芹もこれ以上は言っても無駄だと額を抱え、ため息を吐いていた。
「あなた、どこの方? 町民……では」
芹の問いに緋月は膝の上で拳を握り、礼儀正しく頭を垂れた。
「父が御所でお仕えしています。すみません。姫様には手傷を負った俺を気づかっていただいただけですので……」
「何を言っているの! 助けられたのは私よ! あのね、芹。街で暴動が起きていたの! それで緋月が……」
「……暴動?」
私の発言に芹の眉がクイッと持ちあがる。
すぐに目を細め、眉間にシワを寄せる姿は説教目前と予告しているようなものだ。
これはマズイことを言ってしまったと、私は両手で口元を隠し、うろたえて芹の顔色を窺った。




