第2話「運命の出会い」
死ぬ、直感で悟った。
ほんの一瞬で、走馬灯に似たものが過ぎる。
ただ、父親に存在を気づいてもらいたかった。
こんな無謀なことばかりするのも全部、愛情に飢えているんだって、知って欲しかっただけ――。
「大丈夫か?」
とっさに目を閉じ、一瞬音が聞こえなくなったが、優しく穏やかな声が頭上から降ってきた。
不思議に思い、うすらと目を開いた先に日を浴びて煌めく黒色が見えた。
(わぁ、綺麗……)
私よりも上の、成長期くらいの少年が振り返る。
同時に少年の頭部から血が流れていることに気づいた。
「血が……!」
「えっ? あぁ、本当だ」
少年は額に触れ、付着した血を眺めて呟いた。
(なに平然と言ってるの!? 痛いでしょ、こんなの!)
気に留めていないことが信じられないと、あたりを見渡してから少年の手を掴む。
「こっち! 来て!」
「えっ!?」
居ても立っても居られず、少年の手を引いて路地裏に逃げ込んだ。
身長差のある少年の額に触れようと背伸びをし、袖をあてる。
唐突な行動に少年はギョッとし、私から離れようと後ずさった。
「待って、汚れるって……!」
「洗えばいいのよ! それより傷、なんとかしないと」
帯紐を解くと少年に手渡し、反対の手を掴んでズンズンと大股に歩きだす。
「えっ!? どこに行こうと……」
「私の家! すぐに手当するから!」
本当はお礼を言って、何かしらを渡すべきだったかもしれない。
私を庇って怪我をした人を前に、冷静な思考はなくなり、ただただ必死になっていた。
痛いはずなのに弱音を吐かない少年に、私が泣きそうになっていた。
困り果てる少年を無理やり押して壁穴を抜け、家屋に連れ込んだ。
「せっ……芹? いないの!?」
あたりを見回しても誰もいない。
芹にも下女としての仕事がある。
私に構ってばかりはいられないと、泣きたい気持ちを堪え、綺麗な水と布を用意した。
少年に縁側へ腰かけてもらうと、せっせと傷口を拭いはじめる。
「あんた、下女か? ここって……」
少年の問いに私は虚勢を張り、口角を上げて笑う。
「私、こう見えて姫なんだぁ。でも気にしないで! 誰に咎められるわけでもないから」
御所の敷地内ではあるが、私の住む家屋はボロボロのあばら家だ。
姫らしさの欠片もないのだから、下女にしか見えなくても無理はないと笑うしかなかった。
「あのね、さっきは助けてくれてありがとう。死んじゃうかと思っ……た……」
口にしてはじめて気づく。
「あれ……。ご、ごめんなさい。平気だったんだけど……」
今になって涙が溢れだす。
時間が経過して緊張が解けたようだ。
焦って袖で涙を拭い、これ以上少年に迷惑をかけてはいけないと、口角を指で押し上げた。
その姿に少年は悩ましそうに視線をさ迷わせ、躊躇いがちに私の背中に手を回す。
ポンポンと、私の鼓動に合わせてやさしく撫でてくれた。
「誰だって怖いさ。こっちこそありがとう」
「うっ……うぅ……ううぅ!!」
「ありがとう」と言われると、琴線が震えてしまい、喉が焼けてしまう。
泣きじゃくってしまった私が落ちつくまで、少年は寄り添ってくれた。
温かくて、落ちつくほどに心地よくなってウトウトしてしまう。
「別に、寝てもいいよ。起きるまで俺、ここにいるから」
その言葉にひどく安心して、生まれたての赤ん坊のような気持ちになる。
目を閉じて、久しぶりに人の温もりを感じて眠った。
空が茜色と群青が混ざり合う頃、ふわふわしながら瞼を開くと……。
「あ、起きた」
「きゃっ!?」
青色に寝起きの間抜けた顔が移っており、驚いて短い悲鳴をあげてしまう。
ずいぶんと長い間、少年に寄りかかって眠っていたようだ。
御所から遠い地にあるという海はこんな色だろうか。
「ごめんなさい! あの、そのっ!」
(どうしよう、どうしよう! 言葉が思いつかない!)
むずがゆさに足をパタパタさせて両頬を隠す。
慌てふためく私に、少年は口元に手をあてて「大丈夫」と言いつつ、やんわりと目を細めて微笑んでいた。
ぽかぽかと、うっとりする心地よさ。
見た目は月の精霊のように色白なのに、笑った顔は微睡みさえ感じてしまう。
こんな場所に連れてこられて困っているはずなのに、少年は文句一つ言わなかった。
申し訳なさと、それよりも大きい浮つきに頬が緩んだ。
「ありがとう。私、助けられてばかりね」
「いや、俺こそ……。えっと……」
身を硬くする少年にハッとし、前のめりになって手に掴みかかる。
「私、時羽よ! 一応姫だけど気にしなくていいわ! あなたは何ていう名前なの!?」
「えっ!? あ、俺は……ひ、緋月……」
「緋月ね。どういう字を書くのかしら? お月様といっしょかな?」
「……うん。緋色の月」
「緋月。素敵な名前ね。私、お月様が好きなの」
茜色よりも濃い赤。
秋の紅葉が染まる時期がよく似合うと想像し、胸が高鳴った。
緋月はまた顔を逸らし、口を手で隠しながら視線だけをチラリと向けてくる。
「時羽は……その。ここの姫なのか?」
やさしい音色に脳が痺れる。
久しぶりにありのまま名前を呼ばれ、綻んでいく笑窪がくすぐったかった。




