第28話「藍色の恋しさ」
だから優しくされると理由を探ってしまう。
誰一人下心はないと知りながら、何度も何度も愛情を試してしまっていた。
特に緋月に対しては春に負けてしまう――。
(あぁ、どうしてかなぁ。さっきまであんなに幸せだったのに)
今は異様に胸にぽっかりと穴が空いた感じで、緋月を直視できない。
「見返りが欲しいと認めてしまったら、俺はとっくに化け物になっていました」
「緋月?」
板が軋む音と、畳に擦れる衣の音。
心臓がうるさくて音を拾うほどに、過敏さは増していく。
徐々に緋月との距離が縮まっていると気づきながら、突き放すこともできずに視線を落とした。
たくさんみんなと喋って、いっぱい笑った今日。
湯あみをして髪が乾いた頃に緋月は現れて、今の私は恥じらうべき恰好で背を向けている。
(恥ずかしい……)
ようやく緋月が大人の男性で、私も大人の女性だとはっきり自覚した。
年齢は成人扱いだったかもしれないが、心は童女のままだ。
それは大人と認めてもらえないわけだ。
無邪気さが引いていき、自分の行動で緋月の反応がどうなるのか知りたくなる。
(好きが変わっていく。ただの好きから恋になって、今は好きよりも……)
「あまり気の利いたものを贈れなくてすみません」
「贈るって?」
話題が切り替わり、ようやく顔をあげることが出来て、首を傾げる。
毎年緋月は私の喜ぶものを考えて贈ってくれる。
何をもらってもうれしいが、今日は夜になって緋月と会ったばかりで何かを受け取った覚えはない。
……受け取ったのは心惹かれる藍染の髪飾りだけ。
「緋月がくれたものだったのね。あんな高価なもの……いいのかなって」
「浅葱から勧められたんです。“自分の髪はくすんでいて藍染には――”と口にしていたと聞きました」
ずいぶんと前に浅葱とそんなことを話した。
よく覚えていたなと、浅葱の記憶力に感心してしまう。
同時に緋月がその進言を受け、藍染の髪飾りを選んだことが喜ばしかった。
二人は憎まれ口を叩きがちだが、信頼し合っているのだと髪飾りが物語っている。
夜の暗さで頬の熱さに気づかれなくてよかったと、胸を撫でおろす。
髪飾りの入った木箱をたぐり寄せると、大事に胸に抱き寄せた。
「ありがとう。藍染って色合いがたくさんあるのね。私の髪と全然違うわ」
「藍染を贈りましたが、俺の好きな色とは違います」
か弱い声に被さる意地を張った強い声。畳の目はこれ以上縮まらない。
見えない指だけが私の髪をすくい、月明かりに照らしていた。
「髪を結う紐をいただいたのに髪飾りを返すなんて……。よく考えれば失礼でしたね。ですが浅葱から聞いて、他に思いつかなかったんです」
そんなことない。
緋月の自嘲混じりの言葉に小さく首を振り、手のひらを胸に当てる。
「ありがとう。緋月の想いが一番うれしいの。……私も祝えたらいいのに」
そこまで口にしてハッとして、更に大きくかぶりを振った。
「違うの! なっ、なんでもないから! ちょっとお返しがしたいと思っただけだから気にしないで!」
もう六年も近くにいるのに、いまだに緋月がどの時期に生まれたかを知らない。
緋月が答えたくないのは共に過ごすうちに理解した。
知りたい欲だけ抱いて、下心に隠す。
何も言えないくせして、緋月から引き出せるものはなんでも引き出したい。
これはお互いに言葉を交わさぬ駆け引きだ。
月明かりしかない薄暗さのなかで、青みがかった緋月の半分が見えた。
もう半分は笑っているのか、悲しんでいるのか。
喉がぎゅっと締めつけられて、無意識に見えない半分の輪郭に指を滑らせようとした。
「――すみません」
緋月が顔を逸らして指を遠ざける。
縮まらない距離に、縁側がまた軋んだ。
「また来ます。これ以上遅くなれば芹さんや桃に怒られそうですから」
「あ……」
月を影にかき消して、緋月は風のようにサッと消えてしまう。
おぼつかない足取りで庭に飛び出て、葉の擦れる音を聞きながら空を見上げた。
(青くて赤い。藍色が人恋しくなるのはいつだって緋の色……)
目を閉じて、春の眠気に酔う。
後ろからおっとりとしたやわらかい声に名を呼ばれ、私は幸せ者の顔をして家屋に戻った。




