第27話「幸福な十六歳」
「時羽様は本当に宵花様によく似ておられますね」
「お母様に?」
芹が私の手を握り返してくれると、嬉しくてなってつい甘えて擦り寄ってしまう。
「髪飾り、とても似合っていますね。藍染とはまた粋な……」
「いいでしょ? 浅葱さんと桃さんにもらったの」
「浅葱……。まぁ、いいでしょう。あの男よりはマシです」
「あの男って緋月のこと? 緋月は素敵な人よ?」
「だからです! 時羽様は鈍感すぎるのです……」
「鈍感って……鈍いのは自覚あるけどひどいわ!」
昔から芹は緋月を目の敵にしている。
浅葱とは比較的早くに打ち解けていたが、緋月に対しては常に気を張っていた。
ようやくここ一、二年で芹が折れてきたが……。
「「ふっ……」」
そんな言い合いっこがおかしくなり、芹と一緒に腹を抱えて笑った。
芹と長い間一緒に過ごしてきたが、恋愛に関してははじめて話したので照れくさい。
距離が離れたからこそ話せることもあるのだろう。
どんな距離になっても、芹とは仲良くしていたいし、大事な母でもあり、友人のような人だった。
「約束です。私は時羽様が誰を選ばれても祝福いたします」
芹が私の額にコツンと額を合わせ、微笑みの花を咲かせる。
「それは、芹が許してくれるということ?」
「そこはお察しください。……本当は嫌なのですからね」
「ふふ、わかった。じゃあ私は芹が子どもを産んでも産まなくても毎年お祝いするわ」
「何のお祝いですか?」
「そうね……。じゃあ今日。私と芹が恋語りをした記念日よ」
「お忘れですか? 今日は時羽様のお生まれになった日ですよ」
芹との会話は楽しすぎて口数が多くなる。
浮き立つ気持ちに、自分が祝われていることなんて頭から吹っ飛んでいた。
晴れやかな青い空、八重桜の花びらが空に舞いあがる。
十六歳、あまりに幸福な誕生日だった。
その後、浅葱と桃が戻ってきて芹が帰ってしまう。
少しの心細さを抱きながらも、今度は時羽から遊びに行こうと企み、気合いを入れて大きく伸びをした。
夜になり、肌寒さに着物を一枚多く肩にかける。
「桃さん、今日はありがとう。もう遅いから休んで……あら?」
いつもなら隣の部屋で忙しなくしているのに、返事がない。
そろりと四つん這いになって襖を開けたが、桃の姿がなかった。
(厠かしら? いつも一緒にいてくれるからたまにはゆっくりしてほしいわ)
それこそ、浅葱に会いに行ってもいいのにと思うほど。
(って、もうっ! 芹と話したからだわ!)
恋愛事は目を背けたい気持ちでいっぱいだ。
まさか芹が打ち明けてくれると思っていなかったので、なかなか興奮の熱が冷めてくれない。
浅葱と桃はいつ見ても仲が良い。
浅葱が桃を大切に想っていることはよく知っているが、桃はその点控えめに見えた。
(桃さん、浅葱さんが嫌なのかしら? 聞いてもいいのかな?)
仲が良いことと恋愛が同じではないと、さすがにこの年齢になれば理解している。
人の想いほど難しいものはないと、私は桃の気持ちを考えては頭を悩ませた。
カサッ……と、縁側から物音がして四つん這いのまま振り返る。
「時羽姫、お誕生日おめでとうございます」
夜の風に髪をなびかせ、月明かりに麗しさを増す緋月がいた。
お尻を向けた状態とは生き恥をさらしている気分になり、涙目に姿勢を正す。
「ごご、ごめんなさい! 別にお尻を向けようなんて思ってなかったのよ!? そ、それより何で急にっ……!」
「ははっ、すみません。どうしても今日中には、と思っていたんです」
毎年、緋月は律儀に誕生日を祝ってくれる。
年齢の数え方なんて曖昧なものなのに、決まって八重桜が咲く四季が巡った日に会いに来てくれた。
「ありがとう。あのね、今日はとても素敵な一日だったの。いつも素敵だけど、今日は特に……」
みんなが優しく祝ってくれた。
それがどれほどうれしくて心躍ることか。
何よりそれを一番に緋月へ伝えたい。
私の全身に温かいものが流れていることを、誰よりも知っていて欲しかった。
「皆、姫が大好きなだけですよ」
何も持たない私が返せるものなんてないのに。
姫という身分を持っておきながらも彼らに還元できるものがない。
それでもそばにいてくれる見返りを求めないやさしい人ばかりだ。
幸せを噛みしめるとともに、なんともいえない切なさに陰りが出た。
縁側から軋む音がして、ゆっくりと振り返れば、緋月が縁側に腰かけていた。
気づいたらいつも近くにいて、うれしはずかしと唇を尖らせる。
月影は誰よりも緋月を美しく魅せる方法を知っているかのようだ。
「私もみんな大好きだよ。好きだから何か返したいと思うのは変なこと?」
「いいえ。好きという気持ちに、何かをしなくてはならないと思う必要はありません」
「それでも何かしたいわ。……やさしすぎて、時々怖くなる」
年齢としては立派な女性にまで成長したが、いまだに私は帝に忘れられたまま……。
ずっと童女のままで、おそらく今後も成人にはならないだろう。
どれだけ母とここで生きたことを叫んでも、帝から返事がくることはなかった。




