第26話「大好きな芹」
戸口から芹が笑顔で駆けてくるのが見え、瞬時に立ちあがり一目散に走る。
「芹! 来てくれたの!」
久しぶりの芹に私は舞いあがり、子どもみたいに思いきり芹へ飛びついてしまう。
「もう、時羽様。はしたないですよ」
「いいじゃない。芹だもの」
芹はやさしく受け止めてくれたが、口から出てくるのはお小言ばかり。
それも今は幸せに感じられた。
縁側に並んで座り、芹の持ってきてくれたお花見団子を食べることになったが、浅葱がパクパクと口に放り込んでしまうので、芹が手厳しく手を払う。
食べ終わると、浅葱と桃が席を外したので私と芹の二人になり、八重桜を眺めながら春の風に浸った。
「芹。もう結婚生活は慣れた?」
その質問に芹は頬を赤く染め、慈しむ瞳をして頷いた。
「もう一年くらいになるでしょうか。昨年、時羽様のお誕生日をお祝いしましたから」
「わぁ、お祝いしないとね。今度おうちにお邪魔していいかしら?」
「時羽様はまたそうやって! 姫君が元下女の家に行くなど聞いたことがありませんよ!」
「だったら私がはじめてね」
「そういう問題ではありません!」
芹のクドクドした言い方は変わっていない。
最近は桃が芹に似てきたと思ったが、本家にはまだまだ敵わないと一笑した。
「……芹?」
ふいに芹が肩を落として俯き、膝の上で手を握りしめている。
楽しく会話をしていたのが一転、芹の不安定な様子が気がかりで芹の膝に手を乗せた。
「どうしたの? 何か悩み事?」
「時羽様にお話ししていいことか……」
「悩む必要はないわ! 私は芹のことならなんでも受け止める自信があるわ!」
こればかりは誰にも負けないと自信満々に胸を張る。
芹は目を丸くし、数回まばたきをして零れそうな目元の涙を拭った。
「本当に時羽様は……。そのたくましさ、尊敬しますよ」
「芹仕込みだからね」
芹は知っている。
側室たちの嫌がらせが発生していることを。
私の住む小さなあばら家は正室・側室たちが住む寝殿から離れている。
本来ならば寝殿造の家屋で私も暮らすはずだが、一度たりとも立ち入ったことがない。
誰にも気づかれない片隅に生きているのに、芹が出てからは嫌がらせがポツポツと起こっていた。
気にしだすとキリがない。
たくさんの人に守ってもらい育ったのだから、これくらい全く問題ないとふんぞり返る。
芹に心配かけるほど、もう子どもではないと主張した。
それをわかって、芹は物思いに沈んだ微笑みを浮かべるも追及はしてこなかった。
「私、まだ旦那とその……し、シていないのです」
顔を真っ赤にして打ち明けた芹。
言いたいことをわからないほど、私はうぶな子どもではない。
とはいえ、そのような会話をしたことがないため、つられて恥ずかしくなり両手で頬を覆った。
「そ、それは具体的にどういった理由で? 旦那さんが積極的じゃないの? それとも芹は旦那さんが嫌ということ?」
「時羽様、声が裏返っております」
「ひゃいっ!」
疑問を抱けばキリなく口に出してしまうクセが裏目に出た。
反省とともに、芹に寄り添う姿勢は示したいと前のめりになって芹の手を掴む。
私の必死さに芹の緊張も解けたようで、強張っていた表情が緩んだ。
「私の問題なのです。時羽様にお話しはしましたが、私は襲われていたところを宵花様に助けていただきました」
幼い芹に襲いかかった恐ろしい出来事。
宵花がいなければどうなっていたかわからないと、芹は今でも怯えた顔をする。
つくづく私は相手の気持ちを察するのが下手だと、芹の傷を抉る行為に自己嫌悪した。
触れられないよう何重にも鍵をかけて忘れようとしていたこと。
それが起因して芹は異性に対して特に厳しかった。
緋月も浅葱も、芹の信頼を得るまでに時間がかかった。
本当のところはまだ信用しきっていないと思える一面もあり、言及できなかった。
「男の方が怖いのです。旦那にはそのことを伝えています。本当にやさしい方で、ずっと待っていてくれているのです」
結婚すればすぐに子を設ける。
それが一般的な考えとなっており、世継ぎを設けたいのは芹の旦那にとっても願うことのはず。
それでも芹の不安を知り、なお傍にいてくれる素敵な人だと安堵した。
「芹は旦那さんが好き?」
「それはもちろん! だからその……申し訳ない気持ちでいっぱいなのです」
芹も私も悩むことは似ている。
好きな人がいて、心の中ではたしかに想っているのに言葉に出来ない。
私たちの言葉はまるで蓋をされたかのように、いろんな障害に喉を詰まらせていた。
「待ってくれているならよかった。芹を蔑ろにするなら、私が芹と結婚するもの」
「時羽様!? 何を言って……!」
「本当よ。芹ほどあったかくて愛情深い人はいないもの。申し訳ないと思っても、それを含めて芹を愛してくれる人じゃなきゃ嫌だわ」
上手い言葉は出てこない。
適切な言葉なんてもっとわからない。
男女のことなんて私に言えたことでもないので、せめてありのままの気持ちを伝えたかった。
(芹が大好きだって。その気持ちは負けないもの)




