第25話「藍染の贈り物」
意地の悪い質問だ。
時羽の感情と現実が噛み合わないと知っていてこのようなことを問う。
まるで私の気持ちなんておかまいなし。
それでも笑って誤魔化すのは臆病者だから。
太陽が沈んで、今度こそちゃんとした夜になった。
空を見上げれば流れ星が肉眼で見えるほどの満天の星空。
そのなかで一等に丸く輝く月。
夕暮れ前は白くて目立たなかった月が、夜になれば安らぎを与える光となる。
私は背伸びをやめて、緋月の頬から手を下ろした。
「月には兎が住んでいる、でしたよね?」
緋月は一歩分下がって、物思いに沈んだ微笑みを浮かべた。
その質問は母を思い出す。
同時に緋月からもらった木彫りの兎を思い重ねた。
「あの木彫りの兎は私の宝物よ」
どれほど心満たしたことか。
緋月からもらった幸せがどれほど素晴らしいものか。
緋月はまったくわかっていない。
「私って、兎に似てる?」
八重桜の瞳は緋月にとって兎だろうか。
試すように、嫌味な質問を緋月に投げる。
「似ています。とても」
話を逸らしてからかったのに、緋月は大きく一歩前に踏み出てくる。
私の目元に指を滑らせてくるので、意識したくないのに身体は素直になって頬をすり寄せてしまう。
目を閉じれば前髪がかき分けられ、とてもやさしい触れ方をされて涙が零れそうになった。
そのあたたかさが何だったのか。
目を閉じて何も見ないようにしたから明確な答えはない。
私の受け取り方次第であり、緋月がその先を言葉にしなければ夜に溶け込むだけのもの――。
目を覚ましてぼんやりと目を擦りながら縁側に出る。
実質、桃が一緒にこのあばら家に住むようになり、いつも笑顔で「おはよう」と言ってくれた。
「桃さん。いらっしゃいますかー……」
「とーわちゃん、お誕生日おめでとう!」
唐突な弾ける音に一瞬で意識がはっきりとする。
視界に花びらが舞い降りてきて、目を見張っていると浅葱が屋根から飛んで見事な着地を決めた。
「あれ? 驚かせ作戦失敗?」
(驚かせ作戦?)
「もう! 浅葱ってば、なにをしているの!?」
垂れた目元をキッとつりあげ、桃が戸口から駆けてくる。
浅葱は腰に手を回し、それはもう愉快だとニコニコして桃の肩に身体をぶつけていた。
「今日は時羽ちゃんの誕生日だろ? お祝いしたくって!」
「だからって朝から失礼でしょ! ほんっ……とーにデリカシーがないんだから!」
頬を膨らませ、浅葱の背中をポカッと叩くと桃は私の盾となり、部屋に引き込んでいく。
さすがは鬼狩り一族とあって、桃は見た目のほんわかさに対して力が強かった。
(誕生日……。そっかぁ。この頃に生まれたんだぁ)
誕生日という明確な概念はない。
八重桜が美しく咲く頃に産まれたと、母や芹から教えてもらっていた。
一人でワイワイ盛り上がる浅葱を無視し、桃は時羽の身支度を整えだす。
「自分で出来ることは自分でする」と伝えたが、「姫君らしさをもってほしい」と懇願されたのでおとなしく着付けを手伝ってもらっている。
「姫様はもう少し警戒心をもってください。いくら仲良くても浅葱は男です」
「浅葱さんは桃さんの婚約者でしょ? 何をそんな心配するの」
「そういうことじゃないですよぉ……」
(なんだか芹に似てきたなぁ)
まだ桃と芹は顔を合わせたことがないはずなのに。
ぽわぽわした花のような女性と思っていたが、長く時間を過ごすようになれば桃の素を見てとれるようになった。
着付けが終わるとまた忙しく駆けまわるので、時羽はそれを観察するのが日々の楽しみになっていた。
「あうっ……」
何もないところで転倒するのも桃にはよくあることだ。
芹に比べるとドジな一面もあったが、それはそれでかわいらしいものだった。
「姫様。今日はこれをつけてくださいね」
桃は木箱から新しい髪飾りを取りだし、私の髪にそっと添える。
「綺麗ね。どうしたの、これ?」
藍と白の布地で作られた花を模した髪飾り。
色合いからして藍染だろう。
「姫様のお誕生日ですから。よく似合っています」
「どなたから?」
その問いに桃はにっこりと微笑むだけで、襖をあけて室内に太陽の光を取りこんだ。
「やっと出てきたー。お、時羽ちゃん。それ似合ってんじゃん」
髪飾りを見て浅葱が晴れやかに笑う。
「ありがとう。こんなにかわいいの、うれしい」
かわいすぎてむず痒くなるほどに。
(きっと二人からの贈り物ね。私もちゃんとお返し、しなくっちゃ!)
「時羽ちゃん、何歳になったの?」
浅葱が縁側であぐらをかき、身体を揺らしながら訊ねてくる。
「えっと……十六歳、かな。年齢だけは立派に大人ね」
「桃も十六歳だったよな? いやあ、二人が仲良くなってオレはうれしいよ」
浅葱はいつも明るく、真面目な顔をしようとしても笑ってしまう。
鬼狩りは気難しい人が多いと桃に聞いているが、浅葱が例外なのも理解できた。
これほどの気さくな人は御所内外にもそうはいない。
浅葱と桃と出会えてよかった。
心からそう思えるほど、二人は大切な友人だった。
「時羽様ーっ!」




