第24話「もしも求婚を受けていたならば」
夏が本格化する時期になり、薄手の小袖で暑さを凌いでいた。
御簾をおろし、陽射しに当たらないよう工夫を凝らす。
桃にも「姫様があまり日に焼けるのはダメ」と半泣きに止められてしまうので、尚更おとなしくしていた。
出会ってからすぐに桃は私にぴったりと付くようになり、同じ時間を過ごすことになっていた。
おそらく緋月か浅葱に頼まれて傍にいてくれているのだろう。
「姫様! これ」
桃がつぶらな瞳をキラキラさせて寄ってくる。
手荒れ用のクリームを一緒に使おうと見せてくれたので、気持ちが高揚して桃と一緒に手に塗りたくって笑い合った。
桃がやってきてからも、町に出ることを止めなかった。
さすがに壁穴からは抜け出せなくなったので、今は正々堂々と門から出る。
河川敷で子どもたちと遊ぶことが楽しい。
イチタとナナは勉強熱心で、文字を覚えようと積極的だ。
子どもたちの成長を見てとれる勉学は、教える側としても心躍るものだった。
「時羽。そろそろ帰りましょう」
相変わらず緋月は迎えに来てくれる。
芹が嫁いでしまった後、緋月は「一人で外に出ないでくれ」と頼んできた。
そんなに心配なら「緋月がそばにいればいい、」と嫌味を言ってみれば、本当にその通りに行動するようになってしまった。
まるで芹の意思が緋月を乗っ取ったみたいで、腹を抱えて笑った。
子どもたちと別れ、黄昏時から夜へ。
鈴虫の鳴き声はせせらぎ音と混ざり、安心を与えてくれる。
緋月と会話をしながら、夕日に煌めく横顔を眺めた。
背伸びをするか、首を伸ばさないと緋月を正面から見ることは出来ない。
横顔ならば緋月に気づかれない程度に見ることが出来るので、幸せな感覚に緩む頬を押さえた。
芹が結婚して御所を離れ、浅葱と桃の関係を知り、結婚を意識することが増えた。
この年齢にもなれば自分の気持ちを把握している。
それでもこの先年月が経過しても想いを伝えないだろう。
緋月がどう想っているかも、きっと聞く日は来ない。
どれだけ言葉を欲しがって、この想いを許されたいと願っても――。
――太陽が大地を茜色に染める時間が途切れた。
まだ沈みきるには時間がかかるはずなのに、まるでろうそくの火を消すように一瞬のことだった。
河川敷沿いでは川のせせらぎ音と風が草木を撫でる音だけ。
さきほどまで鳴いていた鈴虫の気配がない。
空には満月、これから涼しくなって秋へ移ろいゆくだろう。
そのはずが、まるで夏が途切れて冬が訪れたかのように冷たい風が吹いていた。
「時羽姫、俺から離れないでください」
緋月が警戒して腰にさげていた刀に手を当てながら、あたりを見渡す。
私は身を小さくし、緋月の背に隠れて息をひそめるのに徹した。
茂みを駆ける音がする。
緋月はほとんど視界が見えないなかで迷わず刀を振り、身軽に宙に飛んだ。
動作としてはいくつもあるはずなのに、緋月の動きは時間の経過を感じない。
短い断末魔がいくつも響き、私は耳を塞いで縮こまるしか出来なかった。
「もう大丈夫です」
耳を塞ぐ私の手に緋月がそっと触れ、ゆっくりと耳から離す。
あれほど争ったのに手に返り血はない。
真っ暗だった世界に月が浮かび、太陽が群青に橙色の線を走らせていた。
ほんのわずかなこと、光が戻って緋月の顔を見たときは目を疑った。
暗闇で緋月はいとも簡単にロウソクを取り出して、火を灯す。
まばたきをすればいつもどおりの緋月がいて、見間違いだったかと目を逸らした。
たまに緋月の瞳が赤く見えることがある。
青にも見える時があるのは鬼の血が影響してなのか?
好きな人が別人に見えるなんて……そんな思い込みは消し去りたい。
「ありがとう、緋月。……今のって」
「鬼です」
長い息を吐いて刀を鞘に戻す。
普段の交流では気づけない緋月の異常な身体能力。
暗闇で見えなくても緋月が“強すぎる”ことは理解した。
これが鬼狩りというお役目を担う人の孤独かもしれない。
そう思うと涙が滲んだ。
「怖くない?」
「怖くありませんよ。これが俺の役目ですから」
背伸びをして緋月の頬を撫でると、瞼がピクリと跳ねた。
冷たい手が私の手に重なり、目を閉じて頬擦りをしてきた。
おだやかな声で話しているのに、私には緋月が消え惑う子どもに見えてしまう。
さみしいのは嫌だ。
でもそれを癒してあげられない。
「鬼狩りはどうしてそこまで忌み嫌われるの?」
「鬼狩りは汚れ仕事です。汚い者を褒める理由はありません。いつか、この手は大切な人を傷つけてしまうかもしれな……」
「汚れてない。汚れているはずがない。だってこの手は何度も私を守ってくれたわ」
苦悩に満ちた表情と声色が胸を締め付ける。
鬼狩りであることを嫌悪するこの手を包んであげたくなった。
私を大切にしてくれるこの手をどうして汚いと言えるのか。
いつもなら抑え込む感情が、恋余る形となって溢れ出す。
鬼に襲われた時だけでない。
日々の平穏な暮らし。
悲しみに暮れるときに傍にいてくれたこと。
すべてが私の生きていく理由となった。
それくらいに、国を守る大切な役割を果たしているのだから、中傷する人の方が失礼だと憤りを感じた。
「姫なんて名ばかり。忘れられてなくても発言力なんてないわ。ただ駒として動くだけ。それでも国を動かすきっかけにはなれるわ」
「時羽姫は……貴族から求婚されていれば受けていましたか?」




