第22話「桃への贈り物」
だが浅葱の説明は抽象的すぎて、相手の好きなものといった情報が足りなすぎる。
どうせ贈り物をするならば、相手の好みに合わせた方が良いだろう。
「桃さん、髪飾りはつけていますか?」
「つけてる! そういえば毎日違うのを付けてるなぁ」
中でも鼈甲のかんざしがお気に入りだそうだ。
他にも紅を塗ったり、爪に色を添えたりと、聞く限りではお洒落好きだろう。
それは浅葱も把握しており、これまで何度も装飾品を贈っていると教えてくれた。
今回はいつもと違った趣向で喜ばせたいのだろう。
普段から楽しめるものならば、相手も大切に持っていてくれると考え、あれでもないこれでもないと思案した。
その時、やわらかな風が吹き、膝に置いた花びらから甘い香りが鼻をくすぐっていく。
女性が普段から楽しみ、重宝する物といえばこれだと、浅葱と向き合って意気揚々と口を開いた。
「お香とかどうですか?」
貴族や側室たちが“移り香”に使用する。
香ならば癒しにもなるだろう。
「あっ……でもお仕事的にはどうでしょう? 緋月も浅葱さんも香はつけていないし……」
「いいねぇ! それに決定!」
あまりにあっさりと決まってしまい、軽率に口にした私の方が焦ってしまう。
狼狽えていると、浅葱はニカッと八重歯を見せて嬉しそうにはにかんだ。
「こういうアイデアは女の子の方がいいじゃん? それに桃はお香が好きだと思う」
贈り物をして喜んだ表情を想像しているのだろう。
浅葱はいつも以上に優しい目をしてやわらかな空色を眺めていた。
力になりたい。
大切な人に喜んでほしいと思うのは絶対に肯定されるべきことだから。
「香りを決めましょうか」
話し合った結果、名前のとおり“桃の香”に決定した。
「サンキュ、時羽ちゃん」
「今度、桃さんを連れてきてくださいよ」
「えーっ! 桃を!? それ、なんか照れる……」
「どうして?」
「時羽ちゃんに会ってること、まだ話してないんだ。アイツの気に入っている子がいるとは話してるけどね」
浅葱にとっては元々緋月の行動を観察した結果だ。
私と仲良くしようと近づいたわけではなく、それこそ結果的に友人関係に落ちついたに過ぎない。
私が気にするのはそこではなく、緋月にとって“気に入っている子”の扱いだ。
一体どんな説明をしているのやら……。
知らぬところで語られるのは妙に気恥ずかしかった。
「あ。でもいいこと思いついた」
悶々とする私の気も知れず、浅葱が空を飛ぶ鳥を目で追いかけてふと呟いた。
「何を」と問う前に突風が吹き、膝に乗せていた花びらが飛び散ってしまう。
乱れる髪を抑えながら離れていく花びらを名残惜しく見送った。
「時羽姫!」
花びらを追いかけた先に、焦りの色をのぞかせる緋月が現れた。
何故だろうと首を傾げていると、緋月が不貞腐れた顔をして時羽の前に駆けてくる。
浅葱がいると緋月はいつも機嫌悪そうだ。
それは私と一緒にいる緋月をからかう目つきで、浅葱が冷やかしを飛ばしてくるからだろう。
最初は吠え返していたが、徐々に相手にするのも面倒になったようで、今は眉をひそめながらも浅葱を無視していた。
急いで来たためか、緋月の髪を結ぶ組紐がゆるむ。
それに気づくと私は立ち上がり、緋月の背後に回って髪を結び直そうと背伸びをした。
何年経っても緋月との身長差は変わらない。
背伸びをするのも一苦労ながら、飽きの来ない麗しさを損ないたくないと、強めに蝶結びをする。
形良く結べると、誇らしくなって鼻を高くした。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、いつも着けていてくれてありがとう」
振り返って微笑む緋月は暑い日差しの下でも煌めいていた。
「オレ、そろそろ行くわー」
私と緋月のやり取りを眺めていた浅葱が、肩をぽきぽき鳴らしながら立ち上がる。
「次は桃も連れてくるからよろしく!」
そして御所を囲む塀に飛び乗ると、浅葱は風のように去っていった。
「何を話されていたのですか?」
トーンの低い声に顔を上げると、緋月がムスッとして腕を組んでいる。
落ち着きのある大人っぽい姿ばかりを見ているためか、浅葱と関わって見せてくれる一面は可愛らしいとさえ思えてしまった。
「浅葱さんから婚約者の話を聞いたのよ」
「あぁ、桃のことですか。それで、二人で何をしていたのですか?」
何をそんな機嫌悪くしているのだろう?
浅葱はもう立ち去ったのに、緋月の口調は強く早口になったまま。
別に浅葱を嫌っているわけでもなさそうなのに、どうしてそうも邪険に扱うのか、いまいち理解出来なかった。
「贈り物について相談されていたのよ。いつもと違った物を贈りたかったらしくて。でも何を贈ればいいかわからないんだーって、頭を悩ませていたの」
「……ったく。よりによって姫に相談するとは。ふざけやがって」
舌打ちをして殺気立つ緋月にギョッとして袖に掴みかかる。
「なんで怒るの? 贈りものって素敵なことよ」
「わかっています。……わかっていますよ」
ならどうして不貞腐れたままなんだ。
尋ねたくてもそれは聞かない方がいいのだろう。
触らぬ神に祟りなしと口の端をキュッと結んだ。
「何を贈るか、決まったのですか?」
「決まったよ。お香を贈ることにしたの。桃の香りよ」
香ならば汎用性が高く、女性は確実に喜んでくれる。
相手の名前に合わせた香木を選べば愛情の深さもきっと伝わるはずだ。
浅葱が大切にする桃とはどんな人だろう?
そういえば去り際に「次は桃を連れてくる」と言っていたと思い出し、楽しみが出来てソワソワしてしまった。
「私も、桃さんに何か贈りたいなぁ」
また組紐で髪飾りを作るのか?
まるでそれしか考えがないみたいだ。
少しは浅葱を見習い、趣向を凝らしたいところだが、自分事になると途端に難しくなる。
「匂い袋はどうでしょう?」
私の何気ない呟きに、緋月が庭に散らばった花びらを一つ、拾い上げる。
「浅葱が香を贈るなら、それを普段から身につけられるようにしたら良いかと思います」
「それ! それとっても素敵!」
浅葱が用意した香を焚いて、乾燥した花びらを詰め込んだ匂い袋に香りを付着させる。
そうすればどこにいても香りを楽しめるはずだ。
浅葱の贈り物がいつも桃に喜びを与えてくれますように。
これが一つの祝福になればいいと、匂い袋を贈ることに決めた。




