第21話「浅葱の婚約者」
夏の暑い日差しと着物の重みに疲弊する時期がやってきた。
木にくっついて「ミーンミーン」と鳴き続ける蝉はたくましい。
扇であおぎ、顔の汗を吹き飛ばそうとしたが、風が生ぬるいので一向に熱が引いてくれなかった。
「とーわちゃん!」
屋根からストンと着地したのは浅葱だ。
奇妙な現れ方にはすっかり慣れ、私はにっこりと微笑み返す。
「浅葱さん、こんにちは」
「こんちゃー……って、もっと驚いてよ!」
「慣れましたから」
「それだと隠密行動をする身としては複雑だなぁ」
浅葱と緋月は鬼狩りで、通常の男性より身体能力がずっと高い。
緋月がここに来るのに難がなかったのは、そもそも誰にも気づかれていなかったからだろう。
浅葱に対して雑になりつつある。
距離が縮まったと言えば響きは良いが、浅葱はもっと目立つ反応を望んでいるようだった。
「なにそれ? 花?」
何か面白いことはないかと浅葱が私を一瞥し、膝に置かれたものに気づいて指をさす。
「花を乾燥させてみたの。花びらや散る前の花を大事にしたいなーと思って」
その後の活用までは考えておらず、成功したものだけ膝にのせていた。
状態を維持して乾燥させるのは難しく、手元に残ったものの出来栄えを見ては胸が少し重く感じていた。
「花を長持ちさせたいなんて傲慢だったかしら」
「うーん。割と試す人もいるんじゃない? 花の色で染め物だってするんだし」
「藍染ね。とっても綺麗よね!」
「時羽ちゃんと同じ色だ」
「……私の髪はあそこまで綺麗じゃないわ。もっとくすんだ色だもの」
藍染は華やかで誰もが目を奪われる鮮やかさを持つ。
私の髪はせいぜい黒をたっぷり染みこませた藍色だろう。
光の粒をまとって麗しさを極める緋月のようにはいかない。
浅葱は能天気な返事をして、私の膝にのった花びらを手に取り、太陽にかざした。
「やっぱさぁ、芹さんがいないと落ちつかないなぁ」
浅葱のぼやきに対して寂しさに微笑む。
芹が去ってからは、御所内の兵士が時羽のあばら家も見回るようになった。
おそらく芹が表立って願い出たのだろう。
旅立つギリギリまで私を気にかける心配性だ。
多少は姫らしい扱いになったのかもしれないが、自給自足の生活に変わりはない。
(結局、いまだに父上にもお会いできない。忘れられた存在だから)
今よりもっと幼い時みたいに無鉄砲な行動はしなくなった。
それでも父親に気づいてもらいたい気持ちは捨てられない。
何においても行動の背景には父親の影が付きまとっていた。
「なぁ、時羽ちゃん。お願いがあるんだけど」
「お願い? なあに、何でも言って!」
浅葱が頼み事なんて珍しいため、嬉しくなって前のめりになってしまう。
「その……プレゼントしたい奴がいるんだ」
「プレゼント?」
「実は……婚約者がいるんだよね」
「婚約者!?」
天変地異とまではいかないが、かなりの衝撃に目をカッと開く。
浅葱から女性の気配なんて感じたこともなかったため、そこまで親密な相手がいたことに驚愕させられた。
驚かれて当然だ、とどんな反応が返ってくるか察していた浅葱は照れくさそうに両腕を伸ばして身体を左右に揺らした。
「意外とか言わないでくれよ? オレなりに大事に想ってんだから!」
「言わないよ! ちょっとびっくりしただけで……」
浅葱も結婚していてもおかしくない年齢だ。
適齢期でもあり、考え方では遅いと言う人もいるだろう。
となれば緋月も例外ではなく、浅葱と同じように決まった相手がいるかもしれない……なんて嫌な想像だ。
「あー、心配しなくていいよ? アイツにはそういう相手いないから」
「ふあっ!?」
考えていることを見透かされ、裏返った声が飛び出てしまう。
あまりの恥ずかしさに両手で顔を覆い隠すと、恨みがましく浅葱を睨みつけた。
(もぉっ! 芹も嫁いでしまったから私が鈍いだけかと思っちゃう!)
腹を立てて暴れてしまえば、乾燥させた花びらが飛んでしまうので自粛する。
とはいえ、浅葱には何でも見透かされている気分になり、悔しさに頬を膨らませた。
「それで。プレゼントと言っていましたが、何を贈るんですか?」
「それだよー。そこを時羽ちゃんに相談したいんだよー」
女性の気配はなかったが、扱いに長けているわけではなさそうだ。
頭を抱えて困り果てる姿は、煙を蒸かして見えた。
「何を贈ったらいいかわかんなくてよ」
「今まではどうしていたんですか?」
「テキトーに新しい着物とか。京で流行っている菓子類とか……」
決まり悪そうに目を逸らし、過去の反省を呟きだす。
私からすればしっかり考えていると感じられるが、贈り物への価値観は人それぞれだ。
わざわざ相談してきたということは、今まで意識していなかった感情が芽生えたからだ。
婚約者と一言で表しても具体的な関係までは見えてこないので、私は質問して浅葱の求める内容を引き出していくしかなかった。
「今までと違うものを贈りたいんですよね? 何かイメージはありますか?」
「イメージかぁ……。うう~ん」
基本的に悩ましい顔を見せないため、真剣に考えこむ浅葱の姿は新鮮だ。
どれほど相手を想っているか。
相手に会ったことのない時羽にも伝わる強い愛情だ。
「桃っていうんだ。童顔でぽわぽわ~としててさ。髪の毛は団子頭っていうのか? てっぺんでくるくる~ってまとめてて……」
語れば語るほど浅葱の頬が緩んでいく。
桃のことを考えるだけで心が温かくなるのだろう。
浅葱が大事にしたくなるふわふわ菓子みたいな女の子が思い浮かんだ。




