↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/29

第19話「芹と時羽」

男はいなくなった芹を見つめ、風の音にまぎれていくように御所の中心部へ去っていった。


(どういうこと? 芹、求婚されていたの?)


心臓がざわざわする。


空はまだ赤く燃えているのに、冷えた風が時羽の横を通過した。


日が沈み、情熱的な光景は影が増えてコントラストを強めていく。


「姫、戻れますか?」


緋月の声にハッとして、慌てて振り返る。


「緋月、知っていたの!?」


薄暗い中、緋月が困ったように頷いた。


私は声を詰まらせて、頭の締めつけを誤魔化すため両腕を擦りだす。


(なんで……。そんなこと、芹は一言も……)


いや、気づこうとしなかっただけだ。


芹の年齢を考えれば遅いくらいなのはわかりきったこと。


私の存在が芹の枷になっている。


束縛したくないと願いながらも、ずっと芹がいなくなることを恐れていた。


戻ったところで芹にどんな顔を向ければいいのかわからない。


明らかな動揺はすぐに気づかれてしまう。


どうしよう、どうしようと考えている内に身が縮こまるも、緋月がかがんで目線を合わせてきた。


「俺が姫と出会ってもう五年です。ずいぶんと姫は変わられた」


それほど時が経ったのか、と季節の流れるさまが頭の中で駆け巡る。


緋月と出会うより前に、芹が私の前に現れた。


芹に会う前はまだ母上が生きていて、ささやかにも幸せな日々を送っていた。


悲しみに暮れていた私に、手を差し伸べてくれたのは芹だ。


母に世話になったからと、たったそれだけの理由でずっと一緒にいてくれた。


まわりからどう思われるかも犠牲にして、ずっとずっと傍に……。


私の幸せは芹の自己犠牲で成り立っていたかと思うと、不甲斐なさに視界が滲んだ。


「姫のさみしさを、そのままお伝えしてもいいと思いますよ」


「そんなこと言ったら芹は残るわ。芹だって幸せになってもいいのに……」


「芹さんはそんなに弱くないですよ」


赤紫の瞳をやわらかく細め、緋月は私の額にコツンと額を合わせてくる。


そんな色だったろうか、とぼんやり思うも今の私には芹のことでいっぱいいっぱいだ。


「芹さんの幸せは姫が決めることではありません。それだけは忘れないでください」


緋月の言葉にじわじわと熱さと苦しさがこみ上げてくる。


涙は流すまいと唇を結び、小さくうなずいた。


緋月は私の藍色の髪を撫で、そっと背中を押す。


「気になることは聞く。それが姫の良さですよ」


「うん。……うん!」


いつだって緋月は欲しい言葉をくれる。


やさしさに応えられているかな?


芹は私に困っていない?


芹にとっての幸せって何? 


知りたい。


大切な人のことは余すところなく知りたかった。


「ありがとう、緋月。私、行ってくる」


緋月に背を向け走りだす。


春一番が夜になって吹いた。




家屋に入れば芹が行燈に火を灯し、火の揺れを眺めていた。


「芹!」


「あっ……と、時羽様!」


芹は顔を上げると、血相を変えて私の前に慌ただしく駆けてくる。


「また遅くに戻ってきて! もう夕日が沈んでいますよ!」


「ご、ごめんなさい……」


しおらしく謝れば芹は目を丸くし、すぐに背を向けて他の行燈にも火をつけていく。


「緋月さんが一緒だったはず。もう少ししっかり見ていただかなくては困りますね」


「私、もう十分大人よ?」


「何をおっしゃいます!? 時羽様はまだまだ幼くて……」


振り返った芹は言葉を詰まらせ、苦しそうに眉根を寄せて前に立つ。


私はあまり背が高くないので芹を見上げているが、それでも昔よりは差が縮まっていた。


行燈の灯りは芹の戸惑いに影をさす。


「時羽様は、今おいくつでしたか?」


「十五歳よ」


「そう……ですか。もうそんなに……」


芹と出会ったのは七歳の時。


母が亡くなってすぐに芹はやってきた。


その時の芹の年齢は十八歳。


今の私とさほど差はない。


真っ直ぐに見つめると、芹は震える手を伸ばしてくる。


手のひらが私の輪郭を包んできたので、温かさに目を閉じて頬ずりをした。


「宵花様に似てきましたね」


宵花とは、母の名だ。


「芹はお母様が下女だった頃、仲が良かったのよね?」


「はい。ですが友というわけではありません。……宵花様は私の母みたいな方でした」


芹は私の手を引いて、縁側に腰かける。


月明かりと行燈だけのやさしい夜に、私たちの会話は溶け込んでいった。


「私がまだ十一歳だった時、男に襲われているところを助けてくれたのが宵花様でした」


(襲われた!?)


 衝撃的告白に芹の腕に掴みかかり、血の気が引ける思いで揺さぶっていく。


「だだだ、大丈夫だったの!? なんてこと……そんなの絶対に許せないわ!」


「大丈夫でしたよ。宵花様が不思議な力を使って……。いえ、なんでもございません」


芹は母のことを何か口にしようとしたが、すぐに言葉を飲みこんでしまう。


世の中には頭のおかしい輩がいるんだと目尻を尖らせ、だから一人で出歩いてほしくないのだと、懇願した。


怒ってばかりの芹だが、その背景を知り時羽は申し訳なさでいっぱいになる。


それに芹も肩を落とし、私の手を包んで膝に置いた。


「それからすぐに宵花様は側室になられました。時羽様が生まれてからも、宵花様のお話を聞いていたので時羽様のことは知っていました。……幸せそうでしたよ」


その母も亡くなった。


側室の一人が母を池に突き飛ばし、そのまま母は病に伏せって命を落としたらしい。


身体が弱かったにしても、あまりにおかしな亡くなり方だった。


帝の寵愛を求めて苛烈な争いがあり、時に命を落とすものと知る。


母は短い間だが帝に見初められた。


下女から異例の側室へ。


良く思わない者は多くいた。


背景を知ってしまうと、芹が傍にいてくれなければとっくに私は死んでいた。


それこそ誰にも気づかれず、孤独に蝕まれて静かに、静かに……。


「芹、思っていたより若かったかも……」


「まぁ! 時羽様、それは失礼ですよ! 今でもだいぶ若いです!」


 落ち込みそうになる心を誤魔化すには、少しばかりの嫌味を言わずにはいられなかった。


「そうね。……若いとは知っていたけど、私にとって芹はずっと大人だった」


第二の母と思うくらいに、芹に親愛を抱いていた。

大好きな芹。


上手く伝わらないだけで、私と芹の気持ちは同じはずだ。


「さっきね、見たの。あの殿方は芹のどういう人?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。