第18話「空なる恋に悩むお年頃」
空なる恋に思い悩む十五歳。
緋月と蕾桜の木に背を預けて座っていた。
「子どもは元気ねー」
視界に広がるのは河川敷。
大きな川がせせらぎ音をたてて流れている。
山から流れたどりついた丸い石を拾い、子どもたちは川に投げて遊んでいた。
草花の生い茂る河川敷で、ナナをはじめとする女の子たちが花摘みをしていた。
「子どもたちにも組紐の飾り、プレゼントしたんですね」
「うん。なんだか楽しくなっちゃって」
「芹さんはともかく、浅葱にまで」
「浅葱さんにはお世話になったもの。お礼はしなきゃ」
「……そうですね」
眉をひそめ、緋月は口元に手をあててフイッと顔を背けてしまう。
緋月の癖だ。
分が悪いとすぐに口元を隠す。
そんな緋月の表情を暴きたくなる欲望を抑え、肩で寄りかかった。
「緋月には何本もあげたでしょー。まだ欲しいの?」
「俺ばかりもらっているじゃないですか。……また木彫りの兎を贈るのも変ですし」
「また一緒にお月見をしてくれればいいわ。あとはお花見もしたいなぁ。梅もいいけどやっぱり桜が見たいわ」
うんと腕と足を伸ばし、茂みに寝転ぶ。
「八重桜はもう少し先ね。この時期はあまり花が咲いていないからもの寂しいわね」
「その時はお花見団子でも食べますか?」
「あっ! それはいいわね! 芹には頼めないからどうしようかなー」
浅葱がいればまだしも、二人でお団子を食べたいと言えば芹に怒られるだろう。
それだけは阻止しなくてはならない。
どうすれば実現可能だろうかと思案していると、緋月がくすりと笑って私の隣に身体を倒した。
「俺が用意しますよ。姫は甘いものがお好きなようですからとびきり美味しいものを」
「うれしいけど、それだと私が食い意地はっているみたいじゃない?」
食べるのも好きだが、緋月と同じものを共有する方が好きだ。
お団子を食べて笑いあう。
緋月と一緒だから楽しいのであり、私としては花の咲き誇る景色も、緋月の横顔も眺めていたかった。
「時羽おねーちゃん!」
ナナがめいっぱい口を開いて笑顔で駆け寄ってくる。
私は身体を起こしてナナを受け止めると、指先で土に汚れた前髪をかきわけた。
「どうしたの、ナナちゃん」
「あのね、珍しいお花見つけたの!」
ナナが自慢げに見せてきたのは小さな白い花。
いくつも細い花びらが丸くなっているそれに胸が甘く疼きだす。
「なにかしら? かわいい花ね」
「新種でしょうか……。まれに遠方から種が飛んできて咲くこともあるでしょう」
緋月と一緒に花を観察していると、ナナははにかんで緋月の手にその小さな花を渡す。
「あげる!」
「えっ……」
思いがけない贈り物に緋月が目を丸くしていると、ナナはニコッと笑顔を浮かべて子どもたちの輪に戻ってしまった。
以前から緋月を見てはもじもじしていたので、ようやく関わり方を見つけてうれしいのだろう。
緋月は手元に残った花を見下ろし、くすぐったそうに微笑んだ。
「しおれてますね」
「本当だ」
はじめからナナは緋月に渡す気でいたのだろう。
気合いを入れて握っていたためか、茎がふにゃふにゃになって花が傾いていた。
「桜や藤、椿みたいな花も素敵だけど、こうしたささやかな花もかわいいわ」
「どこからきたんでしょうね。花はたくさんあるので名前まではわからないです」
「名前なんてわからなくていいわ。はじめて見るんだもの。とてもワクワクするね」
「姫は本当に……」
緋月は慈しみに満ちた眼差しで花を見つめる。
言葉を止めて、続きを語らない。
……それでよかった。
私たちの距離感はこれでいい。
大人になっていく時間の経過とともに、緋月の苦悩もわかるようになってきた。
鬼狩りの一族。
公にはされていない特殊部隊だと教えてもらった。
目立って時羽の前に出ることも難しい。
いわゆる汚れ仕事専門で、御所では忌み嫌われる集団だ。
そのような扱いは腹立たしいが、忘れられた姫君に発言力はなく、一人で憤るしか出来なかった。
(鬼が出て困っている民を助けているのは緋月たちなのに。何よ、貴族なんて蹴鞠をしているだけじゃない)
優雅に鞠を蹴飛ばして、夜になれば“君が恋しい”と自分に酔って文を送る。
少しは国のためになることでもすればいいのに、と苛立っても仕方のない話だった。
夕暮れ時になり、帰路につく。
抜け穴が小さくなって外に出られないとぼやいていると、緋月が私の身体を持ちあげて軽々と壁を越えた。
「緋月ってすごい身体能力が高いよね」
感嘆の声をあげると、緋月が苦笑いをして時羽をおろす。
「鬼狩りは体内に鬼の血を取り込んでいるんです」
「鬼の血を?」
「どうしてそんな禍々しいものを」と首を傾げると、緋月は困ったように微笑んだ。
「鬼に対抗するにはそれなりの力が必要なんです」
「それで身体に負担はないの?」
鬼と戦う過酷なことをしているだけでも心配なのに、その背景を知ればより一層不安になる。
緋月の苦悩を取り除きたいと願っても、私には背伸びをして頬を撫でるくらいしか出来ることが思いつかなかった。
「大丈夫ですよ。ほら、俺も浅葱もピンピンしていますし」
「そう……。そっか……」
浅葱は元気がありすぎるくらい、軽快に動き回る。
鬼狩りのほの暗さなんて感じさせない陽気な人だ。
まごつく私の背中を押してくれる、今では一番の友となっていた。
「緋月と浅葱さんがいない時、外に出るにはどうしたらいいかしら」
「……そもそも出ないでくださいよ」
それは無理な相談だと笑って誤魔化した。
家屋に戻ろうとし、戸口へ回ろうとして足を止める。
なにやら揉め事が起きているようで、荒々しい声がした。
そのまま進もうとすれば、緋月が私の肩を掴む。
緋月が戸口の方を険しい表情で観察している。
揉めている片方は芹の声だと思われるが、なぜ緋月は引き止めるのか不思議に思いつつ、視線を追ってみた。
「お帰りください。もうすぐ姫様が帰ってきますから」
「どうすれば求婚を受け入れてくれますか? もう姫君も大きくなられたでしょう?」
「そういう問題ではありません。とにかく、お帰りください。迷惑です」
(芹……?)
顔を赤らめて芹が男の手を振り払うと、男は切なく表情を歪める。
動揺した芹は男の肩を突き飛ばし、涙を流して家屋に逃げ込んだ。




