第14話「知らないあなた」
ドクン、と浅葱の問いに心臓が跳ねた。
毛穴という毛穴から汗が噴き出して、頭が縄で縛られたような感覚に陥る。
動揺とは裏腹に、緋月は腕を組み煙たそうに眉根を寄せていた。
「それを知ってどうする?」
「別にぃ。オレは知らなかったなぁって。緋色ってさぁ、これまたセンスいいよなぁ。お前、そんな情熱的だったんだな~」
呼吸が出来ない。
顔が熱いのに、心は冷えていく。
抱いていた当たり前が根底から壊される、そんな気分だった。
今まで見てきた笑顔も、しかめ面も、憂いた顔も。
全部が“緋月”ではなかった?
緋月にとって私はウソを前提にした関係だったの?
嫌な考えが頭の中でグルグルし、冷静な考えが出てこない。
腰が抜けて、私は茂みに座り込んでしまった。
「誰だ? 盗み聞きか……」
物音に気づき、緋月が冷めた目をして私の目の前に現れた。
目が合って、赤紫の瞳が徐々に大きく見開かれていく。
「姫……」
緋月はカッとなって浅葱に振り返り、牙を剥く。
「お前、わざと……!」
「あの……ごめんなさい。その……ひ……」
激怒する緋月を直視できないまま、私は手に持っていた羽織を握りしめる。
名前の呼び方がわからなくなり、震える声を振り絞って笑顔を作ろうとした。
「二人がどんな会話をするのかなって、気になってそれで……」
あぁ、いやだ。
何を言っても最低な自分しか出てこない。
人の顔色を探るような自分を軽蔑する。
「羽織、忘れていたから。届けようと思っただけよ。だから」
「姫! 俺は……」
伸ばされる手を、とっさに振り払う。
羽織が足元に落ちてしまったが、今の私に拾う余裕はない。
パッと顔を逸らして緋月たちに背を向けた。
「私、戻るね。……ごめんなさい」
浅葱がわざとあの会話をしたのであれば、私には受け止め方が検討もつかない。
どういった意図で、と考えても答えは出なかった。
聞けばいいのに、肝心なことは聞く勇気がない臆病者。
何でも気になることは遠慮なく問い詰めるのが、知りたいことを知る唯一の手段なのに……。
どうしても緋月の嘘には言葉が出てこなかった。
居たたまれなくなってがむしゃらに走り出す。
「時羽様、お戻りに……!」
慌ただしく家屋に戻った私に気づき、芹が翡翠の組紐を揺らして駆けてくる。
絶対的な安心感を抱かせてくれる芹に、私は糸が切れたように泣き声をあげて抱きついた。
異常な様子に芹は困惑しながらも、何も言わずにそっと抱きしめ返してくれる。
無条件に与えられる愛情に縋りつき、悲しみを紛らわそうと喉に火傷を負わせていった。
どうして緋月の言動一つに繊細になって涙に暮れるのだろう?
追いかけてほしかった。
女々しい願いに対し、緋月は来ない。
駆け引きのように行動してしまうあざとい自分も腹立たしい。
臆することなく聞けたなら、はらはらと泣かずに笑っていられたかもしれないのに……。
大切な人の本音を聞くことほど、喉を詰まらせるものはないのだと知った。




