第13話「あなたに許されたい」
「おはようございます、姫」
緋月の紫がかった黒髪が肩からさらりと流れ落ちる。
朝の陽射しに当てられて緋色の髪飾りがキラリと光った。
「えっ……ひ、緋月?」
「寝起きの姫に会うのは久しぶりですね」
私は慌てて身体を起こし、意識をはっきりさせようと両頬を叩く。
(待って! どういうこと!? 私なんてことを……!)
緋月の膝に頭を乗せて、恥じらいもなくよだれを垂らして寝ていたようだ。
いつ眠ってしまったのか覚えていない。
一晩中緋月を拘束してしまったと理解して、顔面が真っ青になっていく感覚に身を震わせた。
「時羽様! これはどういうことですか!?」
そこに悲鳴をあげ、激怒した芹がズンズンと寄ってくる。
昨夜の疲れがそのまま残っており、目の下に青い隈を作って目をギラギラさせていた。
「せ、芹……。えっと、お月見をしていて……」
「男女二人ですか!? 中秋の名月……夜に、ですよ!?」
うろたえるばかりの私に芹は頭を抱え、今度は緋月を睨みつける。
「緋月さん。あなたがそこまで恥知らずとは思っていませんでした。いいえ、これは私の甘さが……」
「芹!? 何を言って……!」
とっさに芹の口を手で押さえこむ。
芹の発言は行き過ぎており、耳が熱に耐えられない。
妄想が強すぎて泣き叫びたいのはこちらだと、芹とひと悶着した。
それから互いに落ちついて、緋月が帰ろうと立ち上がると……
「ひーづきくん! いる?」
ひょっこりと浅葱が顔を出し、上目に緋月をおちょくりだす。
なんとも苦々しい空気が残る中、緋月は眉をひそめて浅葱を躱し、足早にこの場から去ろうとした。
「時羽ちゃん。おつかれさまー!!」
「何がおつかれさま!?」と返したくても墓穴を掘るようなもののため、何も言えない。
これ以上、恥をさらすわけにはいかないと私は脱兎のごとく部屋に飛び込み、襖を閉めて隅っこに蹲った。
それからしばらくして芹が隅で小さくなる私の肩を叩く。
「お二方はお帰りになりました。……いくらなんでもこれは見逃せませんよ」
「芹……。違うの。何もないのよ? お団子を食べていただけよ」
「だとしても、です。これでは時羽様のお母上様に顔向けできません」
脳裏に母の笑顔が過ぎる。
おぼろげな記憶となっており、本当に母はこんな顔だったかと不安を覚えてしまう。
私の理想を詰めた母親像。
それを繋ぐことが出来たのは今まで傍にいてくれた芹のおかげだった。
いつも愛情深い答えをくれる。
やさしさと厳しさ、芹は私にとって第二の母。
年の差はそこまでないはずなのに、芹はずっとずっと大人びて見えた。
泣きそうになるのを堪え、戸棚に隠していた巾着を手に取り、芹に押しつける。
「これ、私が作ったのよ」
芹が首を傾げて中を見ると、翡翠色と薄萌黄を組み合わせた組紐が顔を出す。
手のひらに乗せると朝日に煌めき、芹は目を丸くして私と組紐を見比べた。
「まさか最近コソコソしていたのはこれを作っていたからですか?」
「うっ……はい……」
そう言われてしまうと罰が悪い。
顔を見られたくないととっさに芹の後ろにまわり、長い茶色の髪を掬うと贈りたての組紐で結んだ。
「ねぇ、芹。芹は気になる方、いないの?」
蝶結びにした組紐を指で掴んだまま、額を芹の背中に当てる。
「何を突然……」
「私は芹が大好きよ。だから芹が決めたことならなんだって応援するからね」
芹は答えなかった。
髪を結び終えた私の手に触れて、両手で指先を包み込む。
「あんなに小さかったお手が、もうこんなに大きくなったのですね」
「もう十四歳だもの。……結婚だってできる年齢だわ」
(あぁ、いやだなぁ)
芹が結婚して、いなくなっても不思議はない。
芹はあまり自分のことを話そうとしない。
聞いてもはぐらかすので、私も問い詰めないように意識していた。
私はワガママな娘だと自覚がある。
好きな殿方がいるなら芹を応援したいのに、いなくなってしまうのはと思う子どもっぽさが残っていた。
(もう少し……。もう少しだけ許してね)
涙は見せない。
芹を困らせ、余計に道を狭めてしまうから。
感情を押し殺し、大きく深呼吸をして芹の手を握り返した。
そのとき、芹が開いた襖の向こう側に置きっぱなしの羽織が目についた。
緋月の忘れ物だと気づき、追いかければ間に合うかもしれないと、芹から離れて羽織を拾う。
「芹。私、これ届けてくるわ」
「あっ! 時羽様……!」
芹の制止も聞かずに下駄を履いて外へ飛び出す。
息せき切って戸口まで出ると、緋月と浅葱が話しているのを見つけた。
「ひ――」
“緋月”と呼ぼうとして声を引っ込める。
側室たちの住む御館の間に位置する庭園。
東屋と木々の影に隠れ、二人が険しい顔をして向き合っていた。
とっさに茂みに隠れ、二人の様子を伺う。
気配に敏感な二人に気づかれるのも時間の問題だと思いつつ、どんな会話をするのか気になってしまった。
(私以外に見せる緋月の顔が気になるなんて……)
ずいぶんと姑息であざとい行動をするようになったと、鼻で笑ってしまった。
「それ、時羽ちゃんからもらったの?」
浅葱が緋月の組紐を指す。
私が贈ったと知った上でわざわざ聞くのだから、浅葱も緋月の反応を楽しもうとしているのがわかった。
それを緋月は鬱陶しそうに振り払う。
「そうだよ。だからなんだ?」
「いやぁ、うん。見ていて思ったんだけど、緋色の組紐かぁって」
「何が言いたい?」
鋭い眼光が浅葱に向く。
不機嫌さがよくわかる姿に、浅葱は面白おかしそうに目を細めて笑っていた。
「時羽ちゃんに名乗ってる“緋月”って、本名なわけ?」




