第12話「あなたに結びたい」
唇を丸めて空を仰ぎながら木彫りの兎を抱きしめる。
「兎……」
緋月は時羽の手元を見てポツリと呟く。
私はハッとして木彫りの兎を手のひらにのせると、緋月の眼前まで運んだ。
「この子とお月見をしようと思ったの! お月様といったら兎よ!」
「気に入っていただけたなら何よりです」
「浅葱さんがね? 緋月が必死になって作っていたと教えてくれたの」
必死とは言っても緋月は手先が器用なので、まるで熟練者が作った出来栄えだ。
八重桜の瞳がいつも時羽の心をくすぐって離してくれない。
「そうだ! 緋月に渡したいものがあるの!」
「渡したいもの?」
今こそ渡すタイミングだと気持ちが高揚し、得意げに巾着を差しだした。
「これは……」
「中、開けてみて」
緋月の動作一つにドキドキする。
どんな表情をする?
驚いてくれるの?
それとも下手くそだと鼻で笑うかしら?
嘆かわしい回答を考えてみても、それはあり得ないと想像して笑ってしまう。
(緋月は私を傷つけるようなことを言わない。でも想像するのは楽しいわ)
「組紐……ですか?」
巾着から取り出した組紐を手のひらにのせ、色を確認できるように行燈に近づける。
おだやかな炎に照らされて元の色がさらに赤く映えた。
「緋色と……白藍ですね」
「がっ……頑張ってみたの。緋月みたいに手先が器用じゃないから綺麗な出来とはいえないけど……。芹に聞いたりしなかったのよ? 一人でやってみるんだって……」
言いわけをするつもりはなかったのに、口を開けばベラベラと舌がまわる。
情けなさと気恥ずかしさに、両頬を包んで目を閉じた。
どうせなら行燈の灯りで、頬の朱まで消してほしい……。
静かな吐息の音でさえ、今の私には敏感で身が震えてしまう。
衣擦れの音に指の隙間から覗くと、緋月が髪を組紐で結びなおそうとしていた。
「えっ!? 緋月なにを……!」
「あれ、違いましたか? てっきり髪をくくるものかと」
「そうなんだけど……」
目の前で身につける艶めかしい動作に、胸が熱くなる。
女性としてあるまじき目で緋月の仕草を眺めてしまうので、恥知らずの下心が恨めしかった。
長い髪をいつも括っているため、結び直すときのわずかな髪の乱れにさえ魅入ってしまう。
誰もが認める地位も財力もない私だけど、たった一本の組紐で色の移ろいがある瞳に映してもらえるならどれだけ喜ばしいことか――。
「姫?」
「ごめんなさい。……見てもいい?」
ソワソワしつつ、手を半分下ろしてジッと物欲しさに緋月を見つめる。
「ははっ、姫がくれたんですよ。見てくれないと困ります」
「そうよね! うん……。やっぱり、綺麗ね」
火照る顔を手で仰ぎながら緋月の横顔を凝視する。
薄く開いた口から出てくるのは湿った声だった。
「姫が選んでくれたものですから。大事にします」
「必要だったらまた作るわ! 色違いがあっても素敵よ! 緋月ならなんでも似合う……」
鮮やかに微笑まれたらどんな色も敵わない。
何色に緋月への願いを込めればいいのかわからず、結局は名前から色をとった。
緋色の月。
今、そばに灯る行燈に溶け込みそうな情熱と揺らめきが好きだった。
「時羽姫?」
「あっ……」
見つめすぎた!
慌てて背を向け、心音の激しさを抑え込む。
これではいくら行燈があっても頬の赤さは誤魔化せない。
慌てて視界に入ったお月見団子を緋月の口に押し込み、動揺隠しに走った。
「んぐっ!?」
「おおおお団子! とってもおいしいのよ! 食べて!!」
何を言って、何をしているのだろう。
照れてしまうのを隠したかったはずなのに、余計に羞恥心をあおるようなことをしている。
人差し指が緋月の唇に触れてしまったので、とっさに引っ込めたが恥ずかしさは限界を超えていた。
緋月はお団子を喉に流し込むと、親指で唇を拭う。
その姿が艶めかしくて、やっぱり目を離せなかった。
「前にも無理やり押し込んできましたね」
「えっ!? あ、そうね! そんなこともあった!」
四年前の思い出が脳裏に過ぎる。
その時からずっと夢見ていたお月見が叶い、溢れだす喜びを見せないようお団子を口の中に押し込む。
以前よりもずっと甘い、と口の中に残った甘味を舌先で転がした。
その日のお月見はあまりに幸せで、時間を忘れていつまでも魅入っていた。
目を覚まして最初に視界に映ったのは煌びやかな国宝級の顔面だった。




