第11話「はじめてのお月見」
恋に患う十四歳の時、今宵は中秋の名月が空に浮かぶことで、浮つく人は多くなる。
この日は朝から御所内が慌ただしく、芹も早朝に出て、夜の宴の準備に勤しんでいた。
みんなには楽しくても、私にとっては退屈な一日。
せっかくの満月も一人で眺めるだけ。
子どもの時は母と月を見上げていた。
ささやかな思い出に浸りながら、完成した髪飾りを二つの巾着に分けて包んだ。
「そろそろ夕餉の時間ね。芹が隠してくれているはず……」
芹は私の傍にいられない時、決まった場所に食事を置いてくれていた。
世話焼きな姿を思うたびに、感謝を伝えきれないと感傷に浸ってしまう。
芹がいなければ生きていけなかった。
「時羽様のお母様が下女だった時に世話になった」と語るが、それだけにしては義理堅い。
今は私も大きくなったので、人目につかないよう自力で食事を確保することも出来る。
それでも芹に頼ってしまうのは、やはり芹が大好きで第二の母と思っているから。
まだまだ甘えたいと恥じつつ、もう少しだけ……といつも先延ばしにしていた。
私の面倒をみるのは周りからよく思われていないはずなのに。
不思議と誰からもお咎めがない。
芹は「怒られたとしても譲れないことはある」とあっけらかんとして語っていた。
(おにぎりの具は梅かしら? お団子まで用意してくれて)
竹皮につつまれたおにぎりを凝視する。
中秋の名月のためか、お団子もいくつか添えてあった。
「いつか何かをお返し出来るのかな……」
――忘れられた姫のまま。
帝に会おうとしても摘まみだされる無力な姫。
名ばかりの姫だと悔しさに泣いている内に、大粒の涙がおにぎりを濡らした。
(このままおばあちゃんになって、一人で死んじゃうのかな……?)
誰かに嫁ぐ年齢になっても時羽は誰の目にも止まらない。
いまだに童女のままだ。
いつになれば大人の装いをすればいいかわからず、長い髪を櫛で梳いてなぐさめた。
(月が綺麗ね)
――皮肉なほどに。
涙がにじんで月が横に揺れている。
まん丸の月も、目を細めれば歪んでまぶしいだけ。
木彫りの兎を膝に置き、指で口角を引き上げた。
おにぎりを一口分頬張り、喉に流し込むが、米の粒が引っかかってキモチワルイ。
空を見上げながら月ではなく、一面に瞬く銀色の光を見つめた。
流れ星よ。
嘆かわしい感情も流してしまえ、と願った。
(渡すのは明日かな? もう少し先になるかも)
浅葱の協力もあって無事に完成した組紐の髪飾り。
巾着は二つ。
それぞれに違う色の組紐を入れた。
芹には翡翠色、緋月には――。
似合うといいな、と頬の熱さに酔いながら、大切に巾着袋を抱きしめた。
「時羽姫」
月明かりを浴びて夜に溶け込む髪、瞳は赤紫色に光る。
その瞳は摩訶不思議で、青く見える時もあれば今のような妖艶な色をすることもあった。
月明かりを背にする姿に涙が一粒、落ちる。
それを見て緋月が私の前まで走ってきて、行燈を縁側に置くとおだやかに微笑みかけてきた。
「まだ起きていらした。よかった」
「緋月……。どうして」
「浅葱が気を利かせてくれました。珍しいこともあるものです」
「貸しひとつな」とニヤニヤして言う浅葱が想像できた。
まだ出会ってそこまで日数も経っていないのに、浅葱とは馬が合って良き友人となった。
調子の良さには芹もほだされており、仕方ないと膨れながらも見逃してくれた。
(あぁ、ダメね。何を考えたらいいのかわからない)
浅葱への感謝か、芹に誤魔化すべきか。
あれだけ眩しいと思っていた月明かりが、今はとてもやさしいものに見えた。
「姫? どうしましたか? 何か……」
慌てて袖で拭い、笑顔を作って縁側をそっと叩く。
「いらっしゃい。お団子、あるのよ。一緒に食べよ?」
「はい」
安らぐ微笑みといっしょに緋月は縁側に腰かけ、空を見上げた。
「四年越しですね。ようやく姫とお月見が出来そうです」
「浅葱さんのおかげね」
「……それが少しムカつくところですが」
大人っぽい緋月が少しだけ幼くなる瞬間。
浅葱とは付き合いが長いようで、私の知らない一面を見られるようになった。
本当は二人がどこで出会って、どういう関わりがあるかを知りたい。
浅葱は仲間と言っていたが、それ以上追及することはためらわれた。
「御所内はきっと、賑やかな声でいっぱいね」
「そう……ですね。酔っている方がたくさんいらっしゃいます」
「ここだとその声も聞こえないのよ。こんな日はみんな忙しいのね。芹なんて次の日はげっそりとしちゃうのよ」
年に何回か、大がかりな行事があり、そのたびに芹は疲れきって言葉数が少なくなる。
少し休んでほしいと伝えれば、完璧主義者な芹でも弱音を吐いて畳に突っ伏していた。
不謹慎かもしれないが、そういった一面を見せてくれるのは私の心を満たしてくれる瞬間でもあった。
「ずっと姫とこの日を過ごしてみたいと思っていました」
「忙しいのに?」
「忙しくても。姫と月を見るのが俺の楽しみですから」
(本当にこの人は……!)
わざと言っているのか、天然で言っているのか。
いまだに緋月の言動がわからない時がある。
一定の距離には踏み込ませないくせに、さらっと心をかっさらうことを言うのだから気が気でない。
父の役に立ちたい。
姫だから務めを果たしたい。
そのために「婚姻話が出ても」と思っておきながら、調子よくそんな日は来なくていいと願ってしまう。
このまま誰にも見つからず、芹に祝福してもらえるなら――。
(私はどうするのだろう)
四年経っても距離は変わらない。
まわりとの距離も変わらない。
私の人生は、私がどれだけ無謀な行動をしても変化が訪れない。
芹が寄り添ってくれて、緋月と出会ってから彩りが添えられて、今は浅葱も混ざってくれた。
それなのにまだ寂しいなんて思うのは贅沢だと、自罰する気持ちが心を蝕んでいく。
「ほら、姫。見てください。月がとても美しいですよ」
だから余計に涙が込み上げてくる。
私の崩しようのなかった心細い四年間を一瞬で吹き飛ばすように、名月の下に緋月は現れた。




