終末の現実
車へ服や布団を詰め込んだら後部座席がもうパンパンになってしまった。
寝るときには屋根を上げて、そちらへ荷物を移すしかないな…。
車に乗り込み、ふぅと一息。大きな音さえ立てなければいいとはいえ、あんな至近距離によく行ったなと、今更ながら恐ろしくなる。
ユカリがいてくれたから…だろうな。一人だったら何もできずヤツらみたいになっていたかもしれない。
「この先、どこへ行くか…とか何か考えはある?」
「何も…あたし達のいた街もこっちもこんな様子だから、もうどこへ行っても同じな気がして…」
「じゃあさ、少し遠いけど実家に向かわない?」
…っ! そうだよ、両親や妹は無事なの?ユカリだって家族が…。
「わかった。行こう…」
「それにあっちのが更に田舎だからさ、みんな無事かもしれないし!」
明るくそう言うユカリのセリフに少しだけ希望をもらい、実家方面へと向かいハンドルを切った。
「もしもに備えてこんなものも用意してきたからね!」
ユカリが手に持つのは全国マップ。
「さすがに実家への道くらい覚えてるよ?」
「…ほら、途中どうなってるかわからないし」
「そう…だね」
ナビも使えない以上、結局最後に役に立つのはアナログか。
「そういえばカオリさ、服屋で洗濯洗剤買ってたけど洗濯するつもり?」
「うん。車にね、手動ではあるけど手回しで洗濯と脱水をする簡易洗濯機つんでるから。ほら、洗って使いまわしとかしなきゃいけなくなるかもでしょ?」
「便利な車だなほんと」
「でしょ?メーカーさんが終末世界も生き残れるようにって設計したらしいから」
「なにそれ…。私その人達と気が合いそう!」
「だよね。軽キャン探してた時に、そういう見出しを見つけてね。あ、ユカリが喜びそうって思って…だからそこで買うって決めたんだよ」
「カオリって私のこと大好きだよね」
「かもね…。 車を選ぶときに私を担当してくれたのは優しい人だったから…無事だといいな」
「むぅ…。私がいるのに」
「そういうのじゃないって…。お世話になったからってだけ。 ユカリって結構独占欲強い?」
「…カオリにだけ」
びっくりしてユカリの方を見たらぷいっと顔をそらされてしまった。
もう長い付き合いだし、照れてるんだなってわかる。
「あたしもユカリに聞きたかったんだけど、ホームセンターで斧とかはまぁわかるけど、あの持ち手の棒はなんのため?まさか畑まで始めるつもりじゃないよね?」
「そうだったら鍬を持ってくるって」
だよね、じゃあなんで…。
「ゾンビ物でさ定番武器と言えば?」
「突然ね。 うーん、ユカリのやってたゲームだとバールのような物とか…釘バットとか?銃はこっちにないし…」
「そうそれ! 大きなバールなんてメッチャクチャ重たかったの! んで、これは私の持論なんだけど釘バットって使えなくね?と」
「見た目のインパクトはあるよね。いかにもっていう」
「それだけじゃん。 だってさ、先ずバットに釘を打つのが大変でしょ」
まぁ、びっしり打ち込もうとしたらキツイだろうなぁ…。緊急時にやることか?とは思う。
「しかも、仮に作れたとしてよ? あんなのでゾンビの頭殴ったらさ、釘の頭の部分が引っかかって取れなくなって…」
「怖いこと想像しちゃったからやめよう? え、じゃあ何?あの棒は鈍器として使う為に持ってきたの?」
「もち。 あれなら私でも振り回せそうだったし、イザとなったらカオリをあれで守るからね!」
頼もしいやら恐ろしいやら。さすがホラーとかゾンビ物が好きなだけあるわ…。
納得させられるだけの理由はあったけど…。
「あれって農家の方が使うもので丈夫なわけじゃない?」
「まぁ…うちの実家でも祖父母が長く使ってても折れたのなんて見たことないね」
「絶対にお土産とかで売ってる木刀よりも頑丈でいいと思うんだよね。なんせプロも使ってるんだから」
「プロって…ああうちみたいな農家ね」
「じゃなくて、その筋の人達!」
「はい?」
「家宅捜索されても押収されないし、丈夫で…」
「わかった、わかったから。 ほんとそういう知識どこで入れてくるの」
「そんなの決まってるでしょ?ネット」
「はぁ…。なんでもネットの情報を鵜呑みにするのやめなよ。嘘も多いんだから」
「わかってるって。でもこの話をしてたの本職の人だったし…」
ネットで何を話してらっしゃるの…。
「まさか斧とかも…?」
「それは薪割り用と、ハンマーは念の為?日曜大工とかするかもだし」
良かった、斧でゾンビの頭をかち割りに行くとか言われたら流石に引いてた。
「斧でヤッたら返り血とかヤバそうじゃん。持ち手の長いのはくっそ重かったし」
やろうとは考えたのか…。
「ユカリ、あたしちょっとユカリの女になるのもう一度考え直していい?」
「ええっ!? 昨日あんなに私と激しく愛し合っといて今更…」
「そういう事言わないで!! 守ってくれようと考えてくれたのは嬉しいよ?でも、ユカリがあたしの為にってそんな危ない事をする姿みたくないよ…」
「……私だって最後の最後、どうにもならない時にって思っただけ。備えるに越したことないじゃない。 まだあいつらが何かすらわからないし、どうなったらああなるのかさえわかんないから」
「そう…だね。ごめん…」
「それにね。カオリの為だけじゃない。二人のためだよ。何があっても二人で生き延びるため! そこは間違えないで。カオリを一人にするつもりなんてないから」
「わかった。それならいいよ」
あたしを逃がそうとして、一人で戦いに行く姿が容易に想像できてしまったから…。それが何よりも怖かった。
「もう別れないから!」
「わかったってば。だから運転中に変なとこ触ろうとしない! 思春期男子か!」
「だって…やっと合法的に触れ合えるのに…」
「運転の妨害は法に触れるよ?」
「はぁい…」
好かれてるんだなって悪い気はしないけど、限度があるよ?色々と思い出しちゃうし…。
大人しくなったユカリと他愛のない話をしながらドライブ。
ここだけ切り取ったら平和なのに…。
「カオリ、この先通れないっぽい」
「だね……」
目の前の交差点は事故を起こした車で完全に道が塞がれていて、炎は見えないけど煙も出てる。
近くには救急車や消防車もいるのに、ランプも動いてはいないし、そもそも人がいない。
「少し降りてみる?」
「大丈夫かな…」
「念の為武装してく」
「だから…」
「念の為!」
「わかったよ…」
車を降りると煙の匂いと、何かが焼けるような嫌な匂い。
ユカリも棒を片手に降りてきて、二人で交差点の方へ歩く。
救急車まで立ち往生してるという事は、もう助けてくれる人もいないって意味だよね…。
「あっ…。 カオリ! 戻るよ!」
「えっ!? な…」
「いいから!」
あたしより幾らか前を歩いていたユカリは駆け戻ってくるなりあたしの腕を乱暴に掴み、引っ張られるように車へ戻って、押し込まれるようにして乗り込んだ。
「どうしたの?」
「…ゾンビか、人かわからないけど倒れてた…真っ黒で…」
「え…」
それって…。
「うっ…」
思い出したせいで吐き気を催したのか、ユカリはドアを開けると外へと吐き出してしまった。
そんなユカリの背中を擦ることしかできず…。
あたしには見せないようにってしてくれたんだよね。そのせいで…。
しばらくえづいていたユカリは真っ青な顔で、それでも笑顔を作ってあたしに言った。
「リアルはキッツいわ…。歩いてるやつのがまだマシ」
「ほら、水。口濯いで、飲めそうなら飲んでいいから」
「ありがと」
買い物中とか目の前で見ても平気だったのにどうして…。ユカリは何を見たの?
気になるけど思い出させたくないし、聞くのも怖いからそのまま…。
ユカリが落ち着くのを待ち、車を発進させて交差点を避けるように別の道へすすみ、かなり遠回りはしたけど元の走りたかった道へと戻ってこれた。
「ユカリ、大丈夫? 辛かったら車とめるよ?」
「ダメ! ここで夜になったら…わかるでしょ?」
「ああ…うん。 出来るだけ早く実家の方へ向かうね。あっちのが家もまばらだし」
「ドがつく田舎だもんね」
「あたしは好きだけどなぁ…」
「私もだよ。 だから行こう?」
「ん…」
日が傾き始め空が赤く染まる中、急いで街から離れるよう車を走らせた…。




