終末の買い物
「んぅ…」
「起きた?」
「…ユカ…リ…おはよ」
「おはよう。カオリ。今日はもう逃げないよね?」
そう言われた瞬間、昨夜の色々を思い出してしまい、一気に顔が熱くなったのがわかる。
タオルケットに潜ろうとしたけど許してもらえず、また口を塞がれた。
しばらくして離してくれたユカリはイタズラっぽく笑うと…
「私の女になるって言ったよね?」
「…言った」
「じゃあ照れて隠れないで」
「無理だよ!?」
今回は全部覚えてるし!
「ホラー映画だとさ、カップルがこういうことしてると絶対に邪魔が入って殺されるのに、私達は大丈夫だったね?」
「怖いこと言わないでよ…」
「ごめんごめん。カオリは絶対守るから大丈夫」
「ユカリもだよ?いまさら一人にしたら怨むからね」
「わかってるよ。数年ごしにやっと想いが叶ったんだからね、サバイバルだろうが何だろうがやれるだけやって二人で生き抜いてやる」
頼もしい…。
車内にある水道からお湯を出してホットタオルを用意し、お互いに身体を拭く。
「ほら、カオリ。背中拭いてあげるから」
「ありがと…」
何であんなことをした翌日に普通にしていられるのだろう。あたしは昨夜のトンデモ恐怖体験すら全部ユカリで上書きされたくらいなのに…。
「私も拭いてくれる?」
「うん…」
背中を向けるユカリ。あたしと違いショートヘアだから背中を拭くにも髪が邪魔にならなくていいな。
「私、髪切ったほうがいいかな…」
「え、なんで?」
「こんな状況だとお風呂もいつ入れるかわからないし、何より邪魔になるかなって」
「ダメ! 可愛いのに」
面と向かって言わないでよ…。言われなれてないからびっくりする。
服を着てから遮光カーテンを開けて外を確認。
「ユカリ、そっちはどう?」
「何もいないし、何も無いね。そっちは?」
「こっちも。景色もキャンプに来てた場所と同じかさえ怪しいくらい」
「だよね」
開けた場所とはいえ、草が生い茂りとてもキャンプなんてできる場所じゃない。
昨日いたキャンプ場は焚き火も可能だったから、地面は土がむき出しだったし、なんならキャンピングカーでくる人向けに、ある程度車を止める場所の印もあった。
今はそんな面影すらない。
「一度降りてみる?」
「だね…」
二人で後部座席にひとつだけあるスライドドアを開けて外へ。
秋の山の空気は澄んでいて、朝なのもあって少し肌寒いくらい。
ユカリはあたしの手を握ると歩き出す。
こうして手を繋がれているだけで安心するなんて。あたしも単純だな…。
「やっぱり建物なんてどこにも無いね」
「うん。草が生え放題だけど、建物があったらさすがにここからでも見えてるはずでしょ」
「だよね…」
一応確認しようとユカリに言われ、手を引かれたまま、おそらく昨日はここに建物があったであろうと記憶している場所へ行くも、そんな痕跡はなく。
「道を間違えたとか、ここじゃない可能性はない?」
「一本道だから…。でも初めに来たときより時間がかかった気がするから、言い切れないところもあるね」
「戻りながら別の道がないか見てみるしかないね。どちらにしろずっとここにはいられないし」
「うん…」
車に戻り、運転席側の確認をして言葉を失った…。
「うっわ…すっごい手形」
「ねぇ、ユカリ…これって…」
「泥だよ」
「う、うん…」
この赤黒いのが泥の訳がない。そんなのユカリだってわかってる筈なのにそう言ってくれる。
移動するため、車内を移動環境に戻して山を下る。
「道悪いね」
「うん、昨日の夜もそうだった」
一昨日キャンプ場へ向かってた時はそんな気にならなかったのだけど…。
横道なんてあるかな?と横の窓を見て血の気が引いた。
「ユカリ、やっぱりこれ…」
「だから泥だって。大丈夫」
「でも…」
「周りに道がないかは私が見とくからカオリは前だけ見て運転して」
「わかった…」
昼間で明るい上に窓だからなのか、ボディーにあったのより余計に生々しくみえる。どう見ても泥ではない手形は見ないように…。
明るいからなのか、多少なりとも走り慣れたからなのかはわからないけど一時間くらいで県道へと戻ることができた。
「横道なんてなかったね。木と草が生い茂ってて車が入れるようなところは何もなかった」
「…ユカリ、これからどうしたらいい?」
「ホームセンターいこう。私等の住んでる方じゃなくて隣街の」
「わかった…」
県道を右へと曲がると私達の住む街。
左なら隣街だ。もしかしたらそっちは…。
車を走らせ山沿いの道を下りながら見える眼下に広がる街並みは、いつもと何も変わらない文明のある街に見える。
「昨日のは夢だったのかな」
「……」
あたしだってそう思いたい。でも窓にある手形が…。
山を下り、そろそろ住宅街へと入る。
昨夜のことがあるから怖かったのだけど、道にはフラフラと歩く例のヤツらどころか、車の一台も走ってない。
道沿いに乗り捨てられたように停まっていたりはするから、何かあったのだろうってのは容易に想像がつく…。
だって、そういう乗り捨てられた車にはもれなく凄まじい数の手形がついているから…。
「明るいうちは出てこないとかかな?」
「わからないけど、だったら今のうちに必要なもの集めるよ! ホムセンの場所わかるよね?」
「う、うん。すぐ向かうね」
歩行者は見当たらないけれど、車は乗り捨てられてたり事故を起こしてるのか、放置されているから慎重に車を走らせ、目的のホームセンターへ。
チェーン店ではあるけど、そこまで規模の大きなものではなく近所の人が気軽に来るような店。
あたしらの住んでる街にはめちゃくちゃ大きなホームセンターがあって、スーパーも併設されているから時々行ってたけど、あんな大きなところは人も多いだろうから、ヤツらも必然的に多くなるんじゃないかって…。
こっちを選んだユカリはそこまで考えて判断したんだそう。
「田舎は規模の大きいのから小さいのまでホムセンが多いのはこういうときに便利だよね」
「別にこういう状況を想定してのものでは無いと思うけどね」
田舎は単純に畑とか田んぼ、あとは日曜大工とか自分でやる人も多いから。
とはいえ、都会にホームセンターが少ないのかすら知らないけど…。
ホームセンターの駐車場内の車はまばらで、ここに停車されている車には手形とかはない。
「店が開いてるといいけど」
「だね。閉まってたらどうにもならないし」
車を降りてホームセンターの入り口に向かうと、自動ドアが普通に開いた。
「電気は来てるんだね」
「どうだろ、ある程度の規模がある店って発電機を設置するのが決まりだし」
「ああ。コンビニくらいなら設置義務はないけど、最近は自主的に設置してるところも多くなったとか見た気がする」
ここもめちゃくちゃ大きなホームセンターではないにしろ、ある程度の売場面積があるから設置されててもおかしくはないのか。
店内の見える範囲にはお客どころか店員も誰もいない。
カートを持ってきたユカリはどれだけ買う気なのだろう。
そもそも店員もいないのに買えるのかな…。
「(カオリ!)」
小声で呼ばれるのと同時に手を引っ張られる。
「な…」
しぃーっと、口の前に人差し指を立てたユカリはあたしにしゃがむようにジェスチャーすると、店の奥を指差す。
指差す先をそっとのぞくと、フラフラと歩く例のやつが…。
「っ!」
「(必要なものをそーっと集めるからついてきて)」
「(わ、わかった)」
なんでユカリはこんなに冷静なのか…。
ユカリについて行き、非常食やら水、電池に懐中電灯、入れれるだけカートに入れていく。
幸い、カートを押す程度の音には反応しないからいいけど、気をつけないと。
静かに移動しながら必要なものをカートに入れていく途中、チラホラとヤツらを見かけるのだけど、どうやら大きな音以外には反応しないのか、曲がり角でばったり鉢合い、視界に入ってもなんの反応も示さない。
むしろあたしが危うく悲鳴を上げかけたけど、ユカリに手で口を塞がれたおかげで助かった…。
「(大丈夫だから)」
「(うん…)」
その後も米やら飲み物、酒類に服類。
ポータブル電源や折りたたみのソーラーパネルまで入れていくからカートが山盛りに。
そのままレジへ。
「(さすがに下着はないか…)」
「(隣に服屋あったからそっちへいく?)」
「(ならそっちへ。もう一つだけ欲しいものあるから、レジのところで待ってて)」
「(ユカリ!?)」
「(すぐ戻るから)」
置いていかないでよ…。心配なのに。
あたしの不安や心配を余所に、ユカリはすぐに戻ってきた。
手には手斧と小型のハンマー。後は鍬とかの持ち手の交換に使う木の柄。
手斧とかはまだわかる。最悪木の枝とかを切って火を起こすかもしれないし…。
でもあんな棒、何するの?
「(あとは服を買いに行こう)」
「(う、うん…)」
でもレジを通そうにも人もいないのに。
ユカリはスマホを操作して、そのまま店を出てしまった。
「会計どうしたの?」
「私ここのチェーンの会員だからさ、簡単に決済ができるんだよ。スマホで買ったものを全部スキャンしてて、それを店のレジに通すだけ。後から引き落とされる」
「へぇー。圏外なのにできるんだ」
「店内だけのものだからじゃないかな。 引き落としの方はされるのか怪しいけどね」
「だよね…」
でも通すものは通してるんだし、引き落とされたなら生きてる人がいる証でもある。
確認のしようもないけど…。
「後で半分払うからね」
「気にしなくていいって言ってもカオリには無理だよね、わかった。それなら服の方はお願いしていい?」
「うん、それなら」
一度車へ戻り、ベッドの下にある収納へと詰め込んでいく。
「流石に入り切らないか…」
「運転席の上、そこにも置けるからなんとか」
「ああ、屋根を上げればもう一つベッドができるんだっけ」
「そうそう、それでも入らなかったら、もう足元とかに置いて」
「了解」
なんとか荷物を車内へと押し込み、徒歩で隣の服屋へ。
「この店に来るの大学以来かも」
「今私達の住んでる街にもあるし、実家の近くにもあったから行ってたよね」
社会人になってからはあまりお世話になることもなかったけど、学生の頃には安くて助かってたんだよね。
こちらも自動ドアが普通に開き、店内へ。
ホームセンター程広くないから、店内をフラフラと歩くヤツらがすぐ目についた。
ユカリと頷き合い、まずは下着コーナーへ。
それぞれ必要なものを手に取り、あとは服も何着か。
「(これから寒くなるから、ある程度それも踏まえて選んだほうがいいよ)」
「(わかった)」
確かにいつまでこの状況が続くのかはわからないけど、これから寒くなるのは間違いない。
店にもすでに冬物が並びだしてるくらいだし。
最後に良さげな掛布団も抱えてレジへ。
「値段はこんな感じだけど手持ちにある?」
「社会人の独り身だよ?それくらいあるって…」
スマホでユカリが計算しててくれた金額を、レジの後ろ…ぱっと人の手の届かないところへ手に取った商品の値札と纏めて一緒にして置いておく。
回収する人がいたらいいな…って思いながら。
出発する前に、念の為敷地内にあったスタンドで車の充電。
まだ使えてよかった…。
ついでにスタンドにあったタオルを借りてやっと例の手跡も落とすことができる…。取れるといいけど…。
そんな不安も、乾いたタオルで軽く擦るだけでパラパラと落ちてきれいになった。
でも、なんとなく気分的に濡れたタオルで拭き上げ、窓もピカピカに。
「いやー乾いた泥ってすぐに取れるんだね」
「だね…」
あれは泥。そういう事にしておこう。




