終末の傷
「カオリ! カオリ!! お願いだから目を覚まして! お願い! 一人にしないでよ…」
耳元で聞こえるユカリの声で目が覚める。
ゆっくりと目を開けると、ユカリの泣き晴らした顔が飛び込んできた。
「ユカリ…痛っつ!」
「カオリ!? 大丈夫? ごめんね…ごめんね、私のせいで…」
「ユカリが無事で良かったよ…」
左胸から肩にかけてズキズキと痛む。そういえば怪我したんだっけ…。
「ここ…は?」
「軽キャンの中。一応手持ちにあるもので手当はしたんだけど…」
「そんなひどい?」
痛みからして擦り傷みたいな軽症だとは思ってないけど…これ、あたしもゾンビみたいになっちゃうんだろうか。
「カオリのキレイな身体が…私のせいで傷物に…」
「ユカリは怪我してない?」
「大丈夫! って私はいいの! カオリは…?痛みとか平気?」
「痛いよ…ズキズキしてる。 ねぇ…あたしゾンビになるのかな」
「させない! 絶対にそんな結果にはさせない!」
「でもゾンビものの定番よね、噛まれたり攻撃されたらゾンビになるって…」
「ならないから!! カオリはおとなしく寝ててね。絶対に助けるから」
「う、うん…」
痛みで起き上がれそうにもないけど…。
ユカリはあたしに念を押すようにもう一度”大人しくしてて”と言うと、運転席へと移動して車を走らせ始めた。
どこに向かってるのだろう…。
身体が起こせないから、窓から見える景色にも限界がある。そんな限られた視覚情報から、車は山を降り街へと入ったのがわかった。
ユカリはどこへ向かってるのだろうか。まだ明るいから移動しても大丈夫だろうけど…。
ズキズキとした痛みで朦朧としてきた頃に車は停車。
「カオリ、大丈夫!?」
「記憶にない痛みでちょっと無理…かも…」
「弱気はだめだから! 少し待ってて、すぐに何とかするからね!」
ユカリはそう言っていなくなってしまった。
しばらくしてガラガラと何かが走るような音が聞こえて、車のドアを開けたユカリに抱きあげられた。
「すぐ手当するからね!」
あたしを抱き上げるとかユカリすごいな…とか思ってたら別のベッドみたいなのに移されて、ガラガラとうるさい音と共に振動が。
これ…移動してる?ああ、ストレッチャーとかいうやつだっけ、病院とかにあるやつ。
ストレッチャーがガンッって何かにあたり、それでもユカリは止まらず移動。
視界には蛍光灯の灯る天井が……。ドアか、さっきのぶつかった音は。
「ユカリ慌て過ぎ…」
「病院についたから! もう少し我慢して!」
「…っ…」
そこでまた痛みに耐えられなくなり意識が飛んだ。
〜〜ユカリSide〜〜
私のせいだ、私の…!
またカオリを巻き込んで、こんな怪我をさせてしまった。
絶対に、絶対に諦めないから!
怪我をしたカオリを抱き上げてなんとか軽キャンへと運び、応急手当だけして病院へと車を走らせてきた。
あの怪我、何かでバッサリと切られたような傷だった。ゾンビにやられてあんな傷になる?
わからないけど、病院なら手当するために必要なものや、何か情報くらいあるよね。
病院の救急入り口にあったストレッチャーへカオリを移し、処置室へ移動する途中でまたカオリは意識を失った。
一瞬最悪の想像をしてしまったけど、息はしてる。大丈夫、必ず助けなきゃ。
処置室をひっくり返す勢いで必要なものを探す。仕事柄、多少の知識があってよかった…。
とは言っても見ていただけだけど、何も知らないよりはずっとマシ。
ーーーー
ーー
なんとか手当を済ませ、眠るカオリを見守る。
ごめんね…多少知識のある程度の素人処置では傷跡が残るかもしれない…。カオリのキレイな身体に……。
責任は取るから…だから絶対に元気になって!
眠るカオリのそばに椅子を持ってきて座り、手当する過程であちこち引っ掻き回していたときに見つけた手記やらの資料を見てみる。
応急処置室だからか、ソンビだらけになってからのいろいろな情報が殴り書きのように書かれてる。
外国語で書かれてなくてよかった。私でも読めるし…。
…………
……
結局この状況になってる明確な理由はわからないのか…。ただ、噛み傷はアウトだけど引っ掻き傷やなんかは手当すれば大丈夫なのはいい情報だった。
手の施しようがないのは当然噛み傷なんだけど、後はゾンビになっている相手の血などの体液。それが目や口の粘膜や、傷口へ入ると高確率で罹患する。
他に書かれている内容で目を引いたのは、水や食べ物に関して。
新聞にも少し書かれてたけど、こちらのが詳しく書いてある。
さすが病院、情報量が…
「ん…ぅ…」
「カオリ!?」
「…ユカリ…ここ…は?」
「病院だよ」
「そうだったね…あたしどうなったの?」
「怪我しただけ。カオリを傷物にしてしまった責任は私が取るから…」
「そんな責任感で傍に居てほしくはないよ…」
「じゃあどうしたらいいの!? 大切な…ずっとずっと大好きなカオリを傷物にしてしまったのに…」
「好きだからそばにいるって、そう言ってくれたらそれでいいよ」
「それは当たり前でしょ!」
「だったら充分。これからもそばにいて…でも、もしあたしがゾンビになったらひとおもいに…」
「ならないから! 絶対にならないから大丈夫!」
「でも…」
「ならない!」
「わかったよ…」
「傷は痛む?」
「今はそこまで大丈夫かな、そんな酷かった?」
「…跡は残ると思う。カオリのキレイな胸に…」
「そこなの?」
「だって! 私はカオリの胸好きだし…」
カオリは呆れたようにため息をついて、身体を起こそうとするから手を貸す。
「流石に動くと痛いな…」
「当然でしょ、結構バッサリ切れてたんだから」
「まさか縫ったの!?」
「麻酔も経験もないのにさすがに無理だって! 傷を塞ぐテープ…ステリーテープがあったからそれを貼ってあるよ。だから左腕とかはあまり動かさないようにね。傷口が開くと跡が酷くなるかもだし…」
「…ありがとうユカリ」
「お礼を言うのは私だから! 助けてくれてありがとう…」
「咄嗟だったから…。ユカリが無事ならそれでいいよ。あたしも助けてもらったんだからね」
そう言って笑うカオリが愛おしくて仕方なくて…。抱きつきそうになったけど、怪我してるのに無茶はできない。
「それにしてもよく手当なんかできたね?」
「これでも私は介護職なんだよ?もしもに備えて応急手当の方法くらいは学んでるって」
「介護職ってそんな事もするんだ」
「こけて怪我したりとか色々予期せぬことは起こるからね。基本は専門の人を呼ぶけど、到着までの対応はしなきゃでしょ。多少の怪我の手当とかならその場でするし」
「確かに…大変そうだね。あたしには無理だ…」
「私に言わせたらカオリの仕事のがきつそうなんだけど…」
「なのかな…。もう慣れてしまってわからないかも」
「サービス業や接客業なんてどれも大変だと思う。いや…仕事なんてどれも大変か。ラクして稼げるのなら誰だってそうしたいだろうし」
「だね…」
落ち着いてるカオリをみてホッとした。
「医薬品も幾らか貰っていかなきゃ…。メーカー名は違うけど、一応知ってる抗生物質があったから飲んでね」
「大丈夫なの…それ。医者でも薬剤師でもないのに…」
「こんな状況なんだよ?それこそ傷が化膿したらどうするの!」
「そう言われたら何も言い返せないけど…。ユカリが見覚えあると言うのなら飲んだほうがいいのかもね」
カオリは素直に錠剤を受け取ると、一緒に渡したペットボトルの水で飲んでくれた。
「今後も定期的に包帯の交換と消毒するからね」
「わかった。 どれくらいで治るかな」
「結構出血してた割には早く血が止まったくらいだから、そこまで深くはないと思うけど…油断したらだめだよ。それこそ医者もいないんだからね?」
「そうね…」
苦笑いするカオリをもう一度寝かせて、私は資料に目を通す。
「何を見てるの?」
「たぶんここの職員の手記、というか記録?」
「なにかわかったら教えてね…」
「うん。だから今は休んでて」
「そうする…」
カオリにはああいったけど、多分今夜が山場…。
資料によるとアイツらからの攻撃で変異するのは、傷を受けてから12時間以内らしいし。
汚染された水や食べ物からの場合は一週間からニ週間。
ただ、この食べ物やなんかに関しては大丈夫じゃないかな?と思う。
だってこっちの世界は夏くらいでもう壊滅してる。なのにうちの店には最近作ったような商品が並んでたのだから。
理由はわからないけど、私達の世界からの影響がこちらに出てるとしか思えない。
…逆にこちらの影響が私達の居た世界にでてないといいけど………。
仮になんとか元の世界へ帰れたとして、あちらも同じ状況になってたら…。
…やめよう。気が滅入ってしまう。
今はカオリの怪我が治るのと変異しないことを祈るしかない……。




