終末の音
お風呂とシャワーでさっぱりして外へ出ると、温まった身体が一気に冷めるくらいに風が冷たい。
「風邪ひきそうだし早く車に戻ろう」
「うん。なんか急に冷えてきたね」
もう十一月だ。冬と言っても差し支えない時期だからね。
周りを警戒しつつ、暗いところを巡回のように徘徊している奴らを避けて、車へと戻る。
乗り込むとやっぱり落ち着く…。
「はぁ〜。無事に戻ってこれたね」
「自分の部屋みたいに落ち着くから車って好き」
「あー、だからか」
「うん?」
「カオリって旅行に行くにも電車より車で行きたがるから」
「そうだね。知らない土地へ出掛けてても、車に戻ればホッとできる気がするし…。お土産とか買っても持ち歩かなくて済むじゃない」
「言えてる。だからこの車?」
「そう。大きなキャンピングカーだと普段乗りには使いにくいし、値段も高い。この子ならあたしでも買えるくらいだったからね」
「この子って…流行りの擬人化?」
「そこまでは言わないけど大切だからつい…」
なんとなく”これ”とかって呼ぶのも寂しい気がして。
売店で貰ってきたもので簡単な夕食を済ませ、車中泊。
「二人で寝るには少し狭いけどさ、恋人になったならくっついて寝れるからいいよね」
「親友の距離感ではないものね…」
抱き枕のようにされてるし。
ただ、あたしもこのほうが安心して眠れるのだから、ユカリの事を本当に好きなんだなぁって今更ながら実感してしまう。
「おやすみカオリ」
「おやすみ」
………
……
”ドンッ!!”っていう大きな音に飛び起きたのは明け方近くのまだ薄暗い時間。
「何!?」
「わからないけど、近くではないよね…雷とか?」
「いや、なんか爆発とかそんな音じゃなかった?」
言われたらそんな気がしないでもないけど、今は寝起きな上に突然の大きな音に心臓がバクバクしてて頭もろくに回らない。
「カーテン開けて外見るよ?」
「気をつけてね」
ユカリは臆することもなく外を確認する。
「こっちじゃないのかな…」
反対の窓から確認して、ユカリは”あっ”と声を上げた。
「どうしたの!?」
「なんか煙が上がってる。火事かなにかかも。まだ暗いのにそこだけ明るいし」
あたしもユカリの横から覗いたら、確かに大きな黒煙があがっているのが照らし出されてる。
「あっちって今から向かう方向だよね」
「多分…」
方向的にはユカリの言うとおりで、果たして向かってもいいのか?という不安が…。
「カオリ、直ぐに出発の用意しよう」
「大丈夫かな…」
「それを確認するために行くんだよ!」
危険に突っ込むかもっていう考えはないのかしら…。
ユカリはテキパキと後部座席を片付け始めるから、仕方なくあたしも手伝う。
「本当に行くの?」
「どこに居ても危険はあるんだし、もしかしたら人がいるかもしれないでしょ?」
それはそうだけど…。危険を犯してまで行く意味がわからない。
片付けの終わる頃には朝陽が出始め、窓から見える範囲には巡回していた奴らももういない。
体内時計でもあるのだろうか…。それとも本能的なものとか?
考えててもわかるわけがないから、ユカリに急かされるまま道の駅を出発。
駐車場から道へ出て、進む先には朝陽に照らされた黒煙が空へと立ち上っている。
「運転、代わろうか?」
「…まだ大丈夫」
行くのに気が乗らないだけだし。
田舎は、街から街までかなりの距離があるし、その途中にもほとんど店すらないのはいつもの事。
コンビニとかができても潰れていくし、残っているのは、それこそホームセンターくらい。
ずっと変わらずあるのは神社やお寺といった歴史のあるものばかり。
30分ほど走り、ようやく隣街が見えてきたけど、黒煙の元は街のもっと中心の方なのか、更に向こうなのか判断がつかない。
ナビを見ながら案内してくれていたユカリも、不安そうに煙を見つめる。
「どうする?ナビの案内に従う?それとも煙を確認しに行くの?」
「…煙かな」
ナビと見比べてそう返事するユカリ。ここまで来たらあたしも覚悟を決めるしかないか。
ハンドルをぎゅっと握り、前を見て走らせる。
「やっぱり…」
「どうしたの?」
「多分だけど、ナビの目的地と、煙の元は同じっぽい」
え…。それってつまり…。
ううん。何もわからない状態で結論を出す訳にもいかない。
「ユカリ、しっかりナビして」
「わかった!」
街に入ると車とかで道を塞がれてる場合も多々あるから、最短距離では進めないし、狭い住宅街とかまで走らされる羽目になる。
「次の道を左。そうしたら目的地だよ」
「うん…」
黒煙がもう目の前だし、そうだろうね。
左折したら開けた場所に出た。
「これって学校?」
ナビで検索していた時の名前では判断できなかったけど…。
「そう。避難場所になってたらしいよ。ラジオで言ってた。車が沢山あるけど、あれグラウンドでしょ」
校舎だろう建物が、手前の建物と黒煙で半分ほどしか見えないから判断しにくいけど、ユカリの言うように車が停車しているグラウンドには鉄棒やジャングルジムとかの遊具があるからここは小学校だろう。
「煙が出てるのって校舎の一部かな」
「手前の体育館かも…。カオリ、すぐに車を出せる場所に停車して」
「う、うん…」
あの手前の建物って体育館か。言われたら納得。
何かあったら逃げ込みやすく、尚かつ発車しやすい場所…。
そんな都合のいいところあるわけがない。
悩んだ結果、グラウンドの出口にまっすぐ向かえて、校舎へも比較的近い場所へ車を止めた。
「ここでいい?」
「うん、これ以上は望めないでしょ。さすがだよカオリ」
だといいけど…。
止める場所をさがして走ったグラウンド側に奴らはいなかったし、見える範囲には校舎側にも…。
「行くよ!」
ユカリは木の棒を握り、降りていくから慌ててあたしも降りる。
「ゆっくり行くから離れないでね。…聞いてる?カオリ」
「うん…」
あたしも何か武器になるものを持ってくるんだった。
使えるかは別として手ぶらなのはものすごく心許ない。
二人で周囲360度警戒しながら進み、火元の見える位置へ辿り着くと、燃えているのは体育館では無く体育館の影になっていた校舎一階の一部分だった。
「ねえカオリ、校舎一階の端っこの部屋って何だと思う?」
「あたしの行ってた小学校なら、端にあったのは家庭科室とか理科室とかそんなだった気がする」
「うちと同じか」
あとは図書館くらいだけど、一番火元とは無縁な気がする、
近づいて確認しようにも炎と煙で近づけるわけもなく。
「避難するなら体育館だし、そっちを見よう」
「うん、でも気をつけてよユカリ」
「…わかってる」
避難した人が沢山いた、つまりはその人たちが変わってしまっている可能性があるという事でもあるんだから。
体育館の入り口からそっと中を覗くと、災害のときに避難した人達を写していたニュースを思い浮かべる景色が広がっていた。
「ダメだ…入るのは危なすぎる」
「え…」
「中の日陰の方、よく見て」
あたしが見たのは窓側の日向。見たくないけど、更に覗き込むと……。
「うっ…」
「静かに移動するよ」
「……」
何あれ…。日向を避けるようにごちゃごちゃとひしめいてて、目に焼き付いた光景が消えない。
初日にライトで照らされたのなんてまだ甘かったと思えた。
移動するユカリについていくと、何故か車ではなく校舎へ向かってる。
「どこに行くの!?」
「校舎の中。ラジオはそこからだったの」
「本気で言ってる?」
「…確認しないともやもやするからね」
ユカリはこうと決めたら頑固だったのを思い出し、ため息。
「あたしにはラジオの内容聞かせてくれなかったよね?なんて言ってたの?」
「……」
「ユカリ!」
「録音したものを学校内から流し続けてるって。聞いた生存者は避難してって…。備蓄とかもあるからと」
「録音したと言ってたのなら日付とか言ってた?」
「7月半ばだった」
それもう手遅れじゃん! もう数ヶ月も前よ!?
言ったらあたしが行かないと言うだろうって見越して黙ってたね…。
「確認するんでしょ、早く行こ」
「いいの?」
「うん。ただし車に戻ったら話があるから」
「そんな別れ話されそうな雰囲気出されたら行くに行けないよ!」
「大切なことを言わないでここまで越させたのは誰!?」
「だってカオリ、絶対に行くだけ無駄っていうでしょ」
「実際にそうじゃない。体育館の中、見たでしょ?」
「そうだけど…もしもがあるから」
「言いたい事はわからなくはないけど、ほとんど有りもしない望みにあたし達が命をかける意味がある!?」
「……。カオリは車に戻ってて。一人で行ってくるから」
「はぁ!?そんなことできるわけ無いでしょ!?バカ言わないで!」
「私の勝手なわがままだってカオリは言いたいんだよね?だったらつきあってくれなくていいよ!」
……。
つきあってくれなくていい、キツい語気で言われたそのセリフが二つの意味に聞こえて、振り返りもせず一人で行ってしまうユカリを追いかけることができなかった。
その場にへたり込み、涙がポロポロと溢れてくる。
ユカリとケンカしたのはこれが初めてではない。でも、ここまで心を抉られるような思いをしたのは初めてかもしれない…。
校舎へと向かっていくユカリ。
その背中がどうしようもなく遠く感じた…。




