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「ふふふ、約束すっぽかしてやったぜっ」
そもそも私は守るなんて一言も口にしていない。だからこれも間違いではなく人として当然の権利――なんだけど……。
「はぁ……」
「もうあんたうざい、ここで盛大な溜め息をつくんじゃないわよ」
「だってぇ……それにいいじゃん、300円払っているんだから」
「もう溜め息をつく毎に300円払ってもらおうかしら」
しょうがないじゃん、家にひとりでいたらウダウダ考えてしまいそうだからここに来ているんだ。お金を払っている以上、他のお客さんの迷惑になってない以上、自由にできる権利があるんだ。
「あんたいいの? 夏海先輩のこと」
「あれは勝手に向こうが言ってることだもん。それに直接言われたわけじゃないことをなんで了承しなければならないの?」
「それを言うならあんたも同じじゃない。やれやれ、似ているというかなんというか、お互いに面倒くさい存在なのは確かね」
「違うもんっ、私はあの人みたいに自分勝手じゃないもん!」
「もんってなによ気持ち悪い」
す、好き放題言いよってからに。こっちは頻度高くここを利用してあげているんですよ!? 贔屓しろとは言わないけどさ、もうちょっとくらい優しくしてくれてもいいと思うんだけど!
「……いまごろ、告白しているのかしらね」
「桃瀬先輩がだよね? うーん、どうだろう、あの人が先輩の側にいないとできないことだし、案外分からないよ?」
「告白できなかったらあんたのせいね」
「そんなの知らないよ。ひとつ言えるのは私もあの人も物じゃないってこと、意思を持って行動しているということだよ。だからそれで桃瀬先輩の告白時期がズレても誰が悪いというわけではない、でしょ?」
「屁理屈ね」
なんでさ、正論しか言ってないつもりだ。
「いたっ!」
彼女が現れた。
私が恋菜を睨むと「別にいいじゃない」とぷいと顔を背ける。
私の態度がうざかったのかもしれないけど、これではあんまりだ。
「いらっしゃいませー」
「このっ――」
「駄目よ、ここで喧嘩は絶対にさせない。やるならお客さんじゃない」
「ふはは、だってさ!」
「あんたも出ていきなさい」
「え……」
ふたりして外に追い出された。彼女はともかく私はお金をきっちり払っていたのにいいのだろうか、こんな乱暴を許してしまっても。
「ぷっ、あはははっ、追い出されてやんのー!」
むっかつくっ! なんだこいつは、煽りに来ただけなら乗ってやろうじゃないか。
「もういいや、エクレア買いに行こ」
「あ、それ本当に買おうとしてたんだ」
「うん。だって食欲の秋でしょ? ま……そのせいで太ったんだけど」
「え、そうかなあ? 別に結望は太ってないでしょ」
そんなお世辞はどうでもいい。さっさとスーパーに寄って甘い物を買おう。
「あ、これとかどう? 増量中だって」
「あ、確かに安くて大きくていいね」
「んー私はシュークリームの方が好きかな」
「言っておくけど奢らないからね?」
「別にいいよ。1歳年上の分、お小遣いも多いですから!」
心配をかけてしまったのでお母さんの分も買ってスーパーを出る。
「あれ、杏奈じゃん」
「こんにちは」
いや、駄目でしょこの遭遇は。この能天気さんは知らないから普通でいられるだろうけどこっちは違うんだ。
「仲直り、できたんですね」
「うーん、まだかな。結望が優しいから一緒にいてくれてるだけだよ」
「へえ……」
なにを言ってる、その人の前で余計なことを言うなよ。
「夏海さん」
「ん?」
「私、あなたのこと好きですよ」
「え」
「勿論、そういう意味で、です」
なんでこの人もここで言うんだ。もしかして私が夏海のことを好きでいるとか誤解しているんじゃないだろうな? でも、これほどありがたいことはない。このまま夏海が受け入れて、そして仲直りして友達に戻ってもらえばいいんだ。
「ちょ……っと待ってよ、なんで急に? どうしてこの短期間で変わったの?」
「ずっと側にいてくれたあなたがいなくなったからです。ほら、失ってから気づくことってあるじゃないですか。少し距離ができただけだったですけど分かったんです、あなたの大切さが」
このタイミングでそれは最高だ。ひとりぼっちだった自分に話しかけてくれた貴重な相手、しかも高校生まで関係が続いたまま。おまけに毎日話しかけてくれて、一緒にいるとき楽しそうにしてくれていれば好きにもなる。
「桃瀬さん」
「はい」
「私、あなたに負けるつもり、ありませんから」
「はは」
まさか彼女からこんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
「なにがおかしいんですか? それとも自分が選ばれると?」
「いえ、なに不安になっているんだろうなって考えたら面白くて。前に言ってくれたじゃないですか、小学生のときに優しくしてくれたのがきっかけだったって。あれって本当は、そのときから好きだったってことを遠回しに伝えてきていたんじゃないですか?」
夏海が求めていたんじゃない。本当は彼女が夏海を求めていたんだ。
だからこちらに興味を示すようなフリを見せてきた。微塵も興味なんてない、ただただ邪魔な存在だから少し意識を逸らすように――かは知らないが、まあ気が気でなかっただろう。
こんなぱっとしない女が急に出てきて、好きな女の子と一緒にいられたら平静ではいられなくなる。私が馬鹿だよな、なのに全部情報吐いててさ。
「ま、だってさ夏海。良かったね、願いが叶って」
「結望っ!」
「ん? あ、エクレアやっぱりあげるよ、全部じゃないけどさ」
おめでとうを伝えるために1番大きなやつを渡して歩き始める。
小学生時代から抱えていた想いをいままで言えなかったのは焦れったくて仕方がなかっただろう。他の子と仲良さそうにしていても「私が好きだからやめてください」なんて言えるわけもないし。だからこの土壇場で言えたことは強さ以外のなにものでもない。私の存在が足踏みしていた足を動かすきっかけになったのなら嬉しいかな、うん。
「でも、なんだかなあ」
少し歩いた先にあったベンチに座って封を開ける。
魅惑的な先端にかぶりつき、末端を目指して口に含めていく。
「甘いな」
現実は苦いけど、なんて内心で呟いてみたり。
ただなあ、少しでも期待してしまった自分が馬鹿すぎてしょうがないなって。甘さよりも苦さが目立ってきて途中で食べるのをやめた。
「あんたそれ食べないならもらってあげるわよ?」
「あげる」
「……これ余計なの入っているわね」
「うん」
って、なんか自然に恋菜がいるし。まあこのベンチは銭湯前に置かれている物だし当然なんだけど。
「なに泣いてんのよ」
「あ……さっき目の前で告白したよ」
あれも計算だったんだろうか。それとも放課後に約束していたことを夏海があの人に言っていた? 最後にということ?
「……杏奈先輩がでしょ? あたし見てたから」
「いっつも見てるね、ストーカーだ」
「余計なお世話。しょうがないから牛乳奢ってあげる」
「ん……」
中に入ると今日はそこそこお客さんがいた。すぐ近くにすぐ気持ち良くなれる施設があれば使うのが普通か。
「ほら」
「ありがと」
蓋を開け中身をちょびっと飲んだら苦さが少しマシになった。が、依然として心に残り続けるそれだけはどうしようもなく。
「せめて告白しなさいよ」
「無茶言わないでよ……そういうのじゃないし」
「なのに誰かに告白されただけで泣くの?」
「これはあれだもん、おめでとうって涙だもん、感涙だもん」
「どうだか」
だけど駄目だ、このままここにいると前回同じようなことをされる。
「もう帰るね」
「信用ないわねあたし」
「当たり前じゃん、だって呼ぶ――もう恋菜なんて嫌いっ」
「あははっ、ざまあみろっ。それじゃあねー」
息が上がっている。こちらを見る彼女は少し不安顔。なぜか片頬だけ赤くなっている。
「ふぅ……恋菜に聞いたんだ、ここにいるって」
「どうしたの? 桃瀬先輩は?」
「家に帰ったよ。そうだ、これ一緒に食べよ? 元々、そうするつもりだったんだ」
「別にいいけど」
彼女は袋の中で半分にして私に渡してくれた。先程のと違って甘さ前回、新しい味、別メーカーを求めず全部これにしておけば良かったと後悔するがもう遅い。
「美味しいねっ」
「うん、これお気に入りなんだ。だから今日は買って帰ったんだけど」
私なりのプライドだったんだろうかね。普段だったら絶対そんなことしてなかった。仮にお客さんが相手でも自分が1番大きいのを選ぶ――なんてことはしないが。
「なんでそれを私にくれたの?」
「だって祝いたかったから」
「そっか」
「うん」
いまはこの甘い物だけが頼りだ。なによりもの力を私にくれる。
「ちょうどいいや。夏海、友達に戻ってくれない?」
「え? そもそも私達は友達じゃん」
「いや、改めてさ」
1番自分勝手なのは自分。
それでも、だからこそふたりの背中を押せたと自負している。
「うん、それなら友達になろ」
「ありがと」
でも空気が読めないけど優しい人だな。恋人になってくれたばっかりなのにそっちを放って私のところに来るなんてさ。
「どうして頬が赤いの?」
「さっき走り回っていたときにやる気が落ちそうになっちゃってさ、そのときにパンッってね」
「なんで片頬だけ?」
「別に誰もが両頬を叩くわけじゃないでしょ」
いや、違う、なんかおかしい。普通願いが叶った後にこうやって来るわけがない。あ、もしかして!
「ねえ、断ったわけじゃないよね?」
「あはは、ばれちったかー」
「なにやってんのさバカ夏海!」
その場の勢いだけで判断すると後悔するぞ、私の髪の毛みたいにっ。
「なんで?」
「はっ? だって本気になるって……」
「どうでもいいじゃん。もう帰ろ? 今日は結望の家に泊まるから」
「はぁ……私は知らないからね」
喧嘩すると恋菜に怒られてしまうため家に帰ることにした。
「ね、なんで泣き跡があるの?」
「別に……」
だからいまは追ってきてほしくなかったんだ。
なにより嫌なのは、
「もしかしてさ、結望ってば私のことが好きだとか?」
「違う! グァルルルルッ」
少しだけ期待してしまったこと。
そんな複雑さと戦っている私を余所に、彼女は「あはは、そんな怒らないでよー」と呑気に笑っていたのだった。




