12
家に帰ったらちょびっと怒られた。
全く考えず勢いだけで髪の毛を切ってもらったこと、それを他人にさせたこと、最近帰宅が遅い毎日が続いていること、まあお母さんも言いたいことがあったのだろう。
だから私は反省したし、お母さんの泣き顔を見たらちょっと後悔したけど、髪は戻ってこないし、恋菜に切らせたってこと、そして過去は変わらないので、ある程度のところでもうしょうがないと割り切ったが。
当然、翌日に登校したときもクラスメイトの子に驚かれた。中には先が不揃いすぎて失笑した子もいるかもしれないが、いまの私にはちょうどいい。分相応っていう感じ。
「桃瀬さん!?」
ちょっと面倒くさいことになったのはお昼にご飯を食べていたときだった。まさかのまさか――というほどでもないが、教室に杏奈先輩が来てしまったのだ。
杏奈との約束がある、私は同意してしまった以上、こうしているわけにはいかない。だけど逃げられる自信はないので不可抗力という形にしておいた。
「そ、その髪……」
「特に綺麗というわけでもなかったですし、面倒くさいのもありましたからね、だから切ったんです」
「夏海さん、ですよね?」
「違いますよ、人に言われて切るような性格でもないですし」
他人に言われて自分の生き方、やり方を変えるような人間ではない。が、あそこまで言われたら変えるしかない。
「私、知っているんです、だって本人から聞きましたから」
へえ、なんでだろうね。少しでも重さを軽減させたかったのか、それくらいの意思があるとアピールなのか、どちらにしても私含めて自分勝手なのは変わらないことだ。
「そうですか。まあでも背中を押してもらったようなものですから」
「後で連れてきます、そして謝らせます」
「いやいやっ、別に大丈夫ですって。それにこれだって本当はルール違反――」
「どういうことですか」
私は馬鹿だな、同じような失敗を何回するんだって話。どうしようもないから「……桃瀬先輩に2度と近づくなと」と素直に吐いておいた。
「だからトークルームからも抜けたということですか?」
「要求はあれですがその場凌ぎだったとはいえ了承したわけですから」
「桃瀬さんはどう思います?」
「へ?」
「本当に心の底から私が好きだから選んだ行動だと思いますか?」
「そうなんじゃないですか? だってあなたと私の目の前で今度こそって口にしていたわけですし」
それしかないだろう。とはいえ、桃瀬先輩がこういう形で自慢をするような人じゃないことは分かっている、いまいち信じられないところがあるのかもしれない。
あの人は確かに先輩らしいところもある。たった一言で環境を変えてしまう強さとかがね。でも、それと同時に幼稚、というか弱い部分もあってそこがまあ……面倒くさいような可愛いようなで……って、なにを考えているんだろうか私は。
「私は違うと思います。私は聞いただけでしかありませんが、夏海さんがあなたに言ってしまったことは確かに悪いことだと思います。謝罪したところで状況は変わらない……ですよね。けれど、あなたが悪いところもあるんですよ」
私が? 本人が杏奈先輩を好きだと言っていて、それを応援するのが悪かったと言うの? だってあの人が中途半端な態度をとっているからこっちが言ってあげないとって、私にかまけている時間はもったないよって伝えたくて……。
「あなたは私のことが好きな夏海さんを応援したかったんですよね?」
「そうですよ、だから集中してほしくて言っただけなんですけど」
「きちんと本人の気持ち、聞いていましたか? 押し付けになってしまっていませんでしたか? ……自分のモヤモヤを晴らすために利用していませんでしたか?」
「そんなことは……ないですけど」
なによりモヤモヤしたのはその中途半端な状態、距離感にだった。あの人には彼氏も彼女もいなくて、友達で最近はずっと一緒にいた。だけどいくら仲良くしたところで、気に入ったところで踏み込んだ関係にはなれないなんて苦しい。おまけにこちらを保険扱い、○○とが無理なら私とという消去法だ。
それでもと私は割り切ろうとした。彼女の友達でいられるならと行動していた。だがそうしたらなぜかこっちにばかり来ていて、本命との時間を疎かにする。
なんだそれ、複雑な気持ちにならないわけがない。で、そんなことを繰り返していても心はしっかり本命に向いているのだからやっていられない。
私は道具じゃないんだぞ? そりゃ社会に出たら使い潰される程度の人間かもしれないけどさ。
「よく考えてください」
「……桃瀬先輩、いまここで及川先輩への気持ちを聞かせてくれませんか?」
「私が夏海さんをそういう目で見られるかどうかと、言いたいんですよね? それが聞ければ複雑な気持ちも片付けられる、ということですよね?」
「まあ、そうですね」
さっさと付き合ってくれれば抱えていてもしょがない感情だと割り切り捨てることができる。彼女が友達でいてくれるなら普通の友達としていられるんだ。
「好きですよ、夏海さんのこと。最初はどうかと思いましたが、いまならはっきり言えます、そういうつもりで受け入れても構いません。もっとも、夏海さんが本当に私のことを好きだと言うのなら、ですけどね」
その答えに私も、そして恐らく教室に残っているクラスメイトも驚いた。彼女の元へ連れて行った子なんかは残念で仕方がないだろうが。
「なら、本人に言ってあげてくださいよ」
「ですね、そろそろいいかもしれませんね。とはいえ、それとこれとは話が別です。私はしっかり夏海さんに謝罪をさせます」
「優しくしてあげてくださいね」
「はい。それではこれで失礼します」
先輩が去ったことで教室内の雰囲気が少し軽くなった。
「さっきの聞こえちゃったんだけど……及川先輩のことが好きなんだね桃瀬先輩」
「うん、そうみたい」
「でも、本人が幸せになれるならいいよね、うん……」
少し悲しそうなクラスメイトの子。
ずるいよね、そもそも最初から勝負にすらなっていないんだから。
「結望」
「あ、恋菜……もしかして聞いてた?」
「まあね。はっきりしてくれて大助かりよ」
嘘つき、表情に思い切り出てるよ。
「あ、髪の毛切らせてごめん。あの後、お母さんに怒られちゃってさ、そんなの人に任せるなって」
「別にいいわよ。ってか、揃えてきなさいよ」
「いやーこの方が私らしいかなって」
「どういうこと?」
「真似してるとか言われるのうざかったからさ、これなら桃瀬結望として判断してくれるでしょ? 周りがさ」
あっちの桃瀬だからねと比べてくれても構わない。だから杏奈先輩の方がいい、綺麗で優しくて魅力的で~って持ち上げられたら夏海だって嬉しいだろう。
「ふぅん、ま、あんたがそうしたいなら止めないけど。さてと、どうしようかしらねこれから」
「もうどうしようもないし他の子探したら?」
「うーん、自分が言うのもなんだけど杏奈先輩レベルがホイホイ見つかると思う?」
「思わないかな。だってあの人、綺麗で胸も大きくて優しくて優秀でってほとんど完璧人間だからね。ちょっと頑固なところもあったり、怖がりなところがあったりするけど、それがまた魅力に拍車をかけているというかさ」
それで小学生時代が付き合いが続いているベクトルの違うあの人とも友達なんだからずるい話だよね。しかも両方が求めあっている、と。
「でしょ? あんたじゃ話にならないしなぁ」
「し、失礼だね……」
「違うわよ、単純に魅力で言えばあんたも負けてない。だけど、あんたの心はまだ夏海先輩に向いてるでしょ?」
いや、そういう感情は一切――私はただ友達でいられたらいいなって思っているだけで……。
「いいの? 決まる前に告白しておかなくて」
「だから違う……」
「付き合いはじめてから告白するのは性悪女だけど、いまならまだ間に合うわよ? なにもできずに終わる形にならなくていいじゃない。あたしはそれすらできずに終わるのよ?」
「違うって! あ……そういうのじゃな……いから」
ちっくしょうっ、こういうときだけ行動力が高すぎる。好きとか告白するとか言っておきながらこっちを優先させるなんてどうかしてる。
「あ、夏海先輩」
「……ちょっとその子、借りてもいい?」
「まあいいけど。ほら、あんた行ってきなさい」
「いやいいよ。だってもうお昼休み終わっちゃうし」
絶対に彼女を見ない。あくまでここにいるのは恋菜とクラスメイトだけだ。
「それなら放課後、ここで待っててって言って」
「夏海先輩もどうしてあたしに言ってくるのよ……はぁ、だってさ、どうすんのあんた」
「放課後はエクレア買いに行くから無理って言って」
「ああもう面倒くさい! なんでこの距離にいてあたし経由で会話するのよ!」
食欲の秋なんだ、誰にも邪魔はさせない。絶対に待ったりしないからな!




