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あれから2週間が経過した。
夏海との関係は依然として友達のまま。
彼女も特に求めてはこないので、至って平和な時間を送れている。
「桃瀬結望さんを呼んでください」
そんなときに訪れた平和を壊すそんな存在――は大袈裟だが、少なくともなにかが起ころうとしているのは確かだった。
彼女の元へ行くと勝手に廊下へと歩きだす。だからそれを私も追うことしかできない。
「私が来た理由、分かりますよね?」
すぐに他の誰かが来ないであろう場所で止まって振り返った。
明らかにこちらを敵視している。夏海に八つ当たりされても嫌なので私が言えるのは、
「あの、叩くなら夏海ではなく私を叩けばいいじゃないですか」
これ。
「あなたさえいなければっ」
彼女は逡巡することなくすぐに実行。
――長年抱えていた感情を勇気出してやっとぶつけたのに変なのが現れたせいで届かなかった。なのに付き合いはじめてもいない、こんなの怒って当然かもしれないが……。
「杏奈先輩、それは流石にないです」
「れ、恋菜さん……」
「結望がなにか悪いことをしましたか?
「……してません」
「だったらそんなのやめてください」
先輩はこちらを睨む。だが、別に私が呼んだわけじゃない。いつものストーカー――察知能力が高さからくる行動だろう。
「結望、あんたはもう戻りな」
「いや、だって桃瀬先輩の望みは私だし」
ここで逃げてもまた絡まれるだけだ。だったら正々堂々真っ直ぐと、なんでもかんでも回りくどくやればいいわけじゃない。
「じゃああんたここに残ってなにするの? なにができる? 夏海先輩と付き合ってあげるから安心してなんて言うの?」
「そ、そんなこと……」
「なにもできないでしょ? だからもう戻りなさい。何回も叩かれたいと言いたいなら別に構わないけどね」
「恋菜はどうするの?」
「あたしはちょっとこの人に付き合うわ。あ、そういう意味で付き合うわけじゃないから」
「別にそんなこと言わなくても……うーん、まあ、ありがとね」
「別に」
なんだろう。私と違ってチャンス、なんてことは考えていないだろうけども……恋菜を包んでいる雰囲気はよく分からないものだった。
なんだかんだいってもいつも助けてくれる女の子だ。一定の安定を保てるそんな人は強い。私にはできないことを平然とやってのけている。
「あ、どこ行ってたの結望」
「ちょっとトイレにね」
「ん? 頬が赤いよ?」
「夏海と会えて照れたのかもね」
「えー本当に照れたのならそんなこと言わないよー」
まったく、この人がそもそもあんなことを言ってなければ杏奈先輩が本気になることもなかったのに。違うモヤモヤをやっと片付けることができたのに今度はまた違うモヤモヤが発生。本当にいいことばかりではないと彼女は教えてくれるな。
「ねえ、さっき杏奈に叩かれたのって私のせいだよね?」
「見てたの……だったらとぼけなくてもいいじゃん」
「で、結望は庇おうとしてくれたんだよね?」
「うん、だって夏海に八つ当たりされたら嫌だもん」
だけど私のしていたことは完全に悪者の態度かも。
まず私が女の子好きだと言ったのがきっかけで夏海がその気になった。微妙だった点は夏海がその時点で本人に告げてしまったこと。あのときの私は呑気に喜んでいたけれど、いまにして思えば完全に逆効果だったと断言できる。
次に悪かったのが仲良くしても無駄、なんて言ってしまったこと。嘘でも本当でも、今度こそ本気になると夏海に言わせてしまったこと。それをまたもや本人の前で告げてしまったことだ。そして大袈裟に彼女に言われたからって髪の毛を切ってしまったことも影響を与えてしまった形になる。
「ごめん」
「ん? なんで急に」
「私がそもそもあのとき3階に行っていなければこんなことには」
かなりの自惚れ。出会わなければ当初の予定通り杏奈先輩のことを好きになっていたでしょ、なんて。
「それに女の子が好き、なんて吐いてなければ」
「ちょちょ、なにが言いたいわけ?」
「私があなたに出会っていなければ杏奈先輩といつまでも仲良く、そして彼女の望み通りの展開になった。それどころか幸せな関係に――」
「やめてよ、そんなの」
ギュッと私の腕を掴む。
その力はかなり強くて、思わず「うっ」と呻きそうになるくらいだった。
「なんで断ったか、それが分からないわけじゃないよね? ううん、それどころか私はサインを出していた。だけど結望はどうしても杏奈と付き合わせたいみたいだった」
腕を離したかと思えば私の頭に手を置く。
「それはなんで?」
真っ直ぐな瞳。それは最近の私が好んでいるもの。
しかし逆に言えば私が逃げられないことを物語っている。
「私にエクレアを渡したとき、なんで笑顔じゃなくて複雑そうな顔だったの? なんでその後会ったときに泣いてたの? なんで友達に戻ってなんて言ったの?」
「それは……」
「本当は結望も私を求めていたんじゃないの? 表では私を応援するような口ぶりだったけどここは」
夏海と違って平坦な胸、心臓の位置に人差し指を突きつけ言った。
「モヤモヤ、してたんじゃないの? 踏み込んでも意味がない、ううん……踏み込んだところで変わらない距離感に悩んでいたんじゃないの? 本当は一緒にいたいけど、だから仲良くしても無駄、悲しくなるだけだって自分に言い聞かせていたんでしょ?」
あのときの私は杏奈先輩に集中してほしくて言っただけだ。別にそんな嫉妬とか醜い感情は一切なかった……はずだけど。
「私は直接的に求められたわけじゃなかったけど、君の前でしっかりと示したよ? ま、その前に結望行っちゃったから目の前で、ではないかもしれないけど」
「……そもそも夏海が杏奈先輩に言ったせいじゃん……目の前で真面目に狙っているからとかって」
「の、はずだったんだけどね、なんでだろうね」
「知らないよそんなのっ」
杏奈先輩ではなく夏海の方が好きだと言ったのは心からのことだったと素直に言える。でもその好きはあくまでライク、友達としてのものだった。しかも翌日に思い知らされたしね、「勘違いしないでよ」って。
「なんで私もあんなこと言っちゃったかな……」
「髪のこと?」
「うん……なんか杏奈に気があるようで嫌だったんだろうね」
「私は前にも真似してないって言ったのに」
しかも仮に真似ていたとしても遥かに劣っている。真似してどうこうなるレベルではないんだ。
「反省しても髪は戻ってこないんだよね……あれだけ伸ばすのには莫大な時間がかかるのにさ」
「……私もバカだったんだよ、帰ってお母さんに怒られたときかなり後悔した。勢いだけでやるのは良くないって、過去にも分かっていたはずだったのにさ」
分かっていても何度も似たような失敗を繰り返す。恐らくこれからもずっと体験することになるだろう。
「責任、取らせてよ」
「え?」
「私、結望のこと好き」
「なんでいま?」
「取られたくないから」
なんでこうなっちゃったんだろう。私はただ、私にできることを言っていただけなのに。酷いことだって言ったんだよ私は。
「だめ?」
「いや……なんで? 杏奈先輩のことを好きだと言っていたのは嘘だったの?」
「ううん、本気で思ってた。だけど気づいたら結望といたいって思っての」
「……いまだから言うけどさ、私も杏奈先輩と仲良くしている夏海を見たらモヤモヤしてて……杏奈先輩が夏海に告白してとき、やっと割り切りって友達としていられると思ったんだ。なのに夏海はいつも通り空気を読まずにこっち来ちゃってさ、人の気持ちなんて全然分かってくれなくて……」
それは私も同じこと。
でもだからこそ彼女達が進展してくれれば楽になると思っていたんだ。
「うん、だからそれを含めて責任を取りたいなって」
「責任を取りたいから付き合うの?」
「ううん、それも違う。単純に結望といたいんだよ私が」
杏奈先輩のあの反応を見るに事実断ったんだろう。そうでもなければ彼女を叩いたり、私を叩いたりなんてのはしない。そんな暴力的な人ではないことを知っている。
――だったら、いいのかな? いや、ここでも真っ直ぐいればいい。
「私で良ければ」
「もっと仲良くなって好きって言葉を結望から引き出してみせる」
「いや、好きだよ?」
「えーだったら言ってよー」
「あはは、ごめん」
煽るわけでも侮辱するわけでもないけど、少し時間が経過したら杏奈先輩に謝りにいくつもりだ。それと恋菜にありがとうとお礼を言いにいく。
「……でも私、謝らなくちゃ。杏奈には悪いことしちゃったし」
「それなら私もそうするよ」
「ほんと? 結望がいてくれれば心強いな」
「うん」
それでまた叩かれるかもしれないけど、そのときはふたりで叩かれてこようと決めて、手を繋ぎつつ私達は帰ったのだった。
読んでくれてありがとう。




