㉗江戸城炎上~お華・光り輝く夜空へ
1)
天保十五年(弘化元年)五月十日。
前日は、雨だったが、この日は晴れ上がった様だ。
お華達の大奥も、もう五日ほど経った。
襲撃を難なく鎮め、お華やおさよにも幾分、安心感が漂っている。
今日もいつもの如く、千鳥の間で、相変わらず姉小路宛に来た書状の検討が始まっている。
お華は、少し遅れて、部屋に入って行った。
「遅くなりました~」
と、明るい声で、襖を開けたのだが、妙に重苦しい空気がお華の全身に襲いかかる。
正面では姉小路が、大きな文机に並べられた書状中、一枚を広げているのだが、珍しく厳しい顔で頬杖をついている。
それに、些か驚いたお華は、いつもの姉小路隣ではなく、並んでいる中臈の端に座り、一人に耳打ちをした。
「ど、どうしたの?」
そのお華と仲の良い、若い中臈は、同じく小声で耳打ちする。
「あのね。御三家水戸様から、何やら難しいお手紙を頂戴したようなのよ。それで先程から、姉小路様がお悩みで……」
お華も、御三家と聞いて驚いた。
しかも水戸と言えば、世間でもご意見番として、有名な殿様である。
とは言え、お華にはあまりにも、上の話。
政治的な話なのだろうと勝手に解釈し、ありがとうと頭を下げ、いつもの位置に戻った。
すると、何を思ったのか、姉小路が、その書状をお華の目の前に差し出し、
「呼んで見よ」
などと言う。
驚くお華。
とてもでは無いが、御三家の書状など、気楽に読む身分では無い。
「え? 良いので?」
「ん。わらわにはどう返事して良いかわからん」
そんな事言われても、お華に分かる訳が無い。
しかしながら、目の前に出されたので、仕方無く、頭を一度深く下げ、書状を受け取った。
そして、それに目を通して、お華は驚愕した。
その内容は、お華が想像した物とは全く違った物だった。
それは、水戸藩老女、花野井についてであった。
要するに、子供を産んだ後、本人の希望もあって、京都の実家に返してあったが、再び手元に引き取りたい。
お華に取っては、えらく難しい文章で書かれてあるが、平たく言えばそういう事である。
何よりも、お華は、
「姉様、お妹様など居られたのですか?」
「そうじゃ。あれもわらわと同じ、江戸に下って、一度は唐橋と名乗って大奥に居ったのじゃ。ところが、斉昭公に見初められての、一度は水戸に行ったのじゃが、色々あって、京に引いて居ったのじゃ……」
お華は、少々呆れた。
「いや~水戸様って言うから、何かと思ったら、妹様を取り戻して良いかって事ですか? 姉小路様。お伺いしますけど、ちなみにお妹様って、お幾つのお方なのです?」
「確か、三つ下じゃ。もう子供もおる」
「え! 私より遙かに年上ではないですか。それでお子様もいるって……。この様な事、いちいち姉様の許可が必要なのですか?」
姉小路もそれには苦笑いで、
「そんなことは無い。まあ、気をお遣いなのだとは思うのだが……」
お華は渋面で、
「いや、正直驚きました。水戸様と言えば、町人連中にも人気のある方ですけど、私はガッカリしましたよ」
聞いている中臈連中は、その言葉に驚いている。
姉小路は笑い、
「おやおや、お華にも嫌われたか。でな、どう返事しようか迷っているのじゃ」
それには、お華が厳しい顔で、
「この様な事は、町人の男でも半端者と嫌われてしまいますよ。第一、お気を使うのならば、姉小路では無く、ご本人、そしてお子様に、いの一番に使われるのが、真っ当と申す物でございます」
さすがに正論。誰も口を挟めない。
それに、子供が絡むと桜田兄弟は強い。
頷いた姉小路が、
「のう、お華。どう返事致したら良いと思う?」
「決まっております。勝手にしたら良い! と申されるのが良いと思います」
姉小路は、目を大きく開け、
「勝手にしろ、と」
「はい。姉様が、今後も面倒見なければと思われているなら別ですが、お聞きすれば良い大人。しかもお子様までお持ちならば、母としてご自分でお考えになるべきでしょう」
姉小路は、満面の笑みを浮かべ、
「そ、そうじゃな。もう、そういう年じゃ」
と、係の中臈に命じる。
「ご勝手にと、書いておけと右筆に言うておけ」
結局、本日の仕事はこれだけであった。
しかも、お華の言葉で、あまりにも早く済んでしまったから、
姉小路は、
「今日は、踊りの稽古じゃそうな。お華。見てやってくれ」
と、命令された。
「はい。承知致しました」
と言うことで、お華は大奥での、踊りの稽古を見ている。
先日、襲撃事件があって以来だ。
「これは格段のご上達です。何日も経ってないのに凄いわね!」
お華は嬉しそうに、みんなを褒める。
「ねえ、おみよちゃん」
と、これも前回と同じ様に、おみよも見ているが、彼女のお華の言葉に大きく頷く。
「みなさん。これで一休みよ~」
お華は嬉しそうに、
「少ししか、ご指導出来ませんでしたけど、これなら、今後どんどん伸びますよ」
みんなに声を掛ける。
彼女達は嬉しそうに、和やかだ。
すると、中の一人が、
「お華様は、お弟子さんは何人位いらっしゃるんですか?」
何の気なしにお華に聞いて来たのだが、お華は、大笑いで、
「弟子? いや、お弟子なんているわけ無いわよ。ただの町芸者だし……」
すると、おみよが、
「あら、亀ちゃんがいるじゃないですか?」
笑ってお華に言う。
それにはお華は笑って、
「亀~? お弟子なんてそんな」
と、手を振る。
すると、前の娘が、
「亀? 亀って誰です?」
おみよが、頷き、
「あのね。舞台小屋の子で、そうそう今は、三代目中村仲蔵と言う名で、出られていますよ」
それには、娘達が驚愕の声を上げた。
その反応にえらく、驚いたお華だったが、
「ありゃ、前に芝居小屋が火事になった時に、たまたま、私が、火の中から助けたら、それから懐いちゃって、お母様。あ、私はこの方の孫弟子だった事もあって、からかって遊んでいるだけよ。まだ子供だからねぇ~」
などと笑って話したのだが、回りの雰囲気が一転した。
えらく不満気味の顔が浮かんでいる。
その様子を見た、おみよは、敏感に意味が分かった。
お華の袖を引っ張り、小声で、
「ね、姉さん。亀ちゃんの悪口は拙い!」
と、慌てて言う。
え? と、お華は見回し、ようやく回りの雰囲気が分かったようだ。
後年彼は、鰐口と渾名されるほど、容貌には恵まれなかったが、演技に優れ、
門閥外から、幹部俳優にまで這い上がった人物である。
忠臣蔵の加古川本蔵、蝙蝠安など当たり役も多い。
しかし、この頃はお華にとって、ただの「亀」である。
「なに、あの子はそんなに有名になったの? だってまだ子供よ~?」
慌てて、小声でおみよに聞く。
「うっかりしてました。だって、こうやって大奥に来る前、お母さんがおゆき連れて見に行くって、喜んでましたから……」
「え? こんなに大変な思いしてんのに、あの二人は~」
とは言ったものの、芝居好きな大奥の女達を敵に回すわけにはいかない。
「簪じゃ、勝てませんよ!」と言う、おみよの言う通り、後が怖い。
お華は、慌てて笑顔で、
「お弟子というより、さっきも言った通り、私は、あの子のお母さんの孫弟子だから、よく遊んでたの。ちょっと、手ほどき程度の踊りを教えてあげただけなのよ~」
すると、あちこちから、
「うわ~あの仲蔵さんの?」とか、
「それはうらやましい」「私たちも弟子筋って事?」
と勝手な事を言っているが、何とか、敵に回さず済んだ。
お華は、おみよに小声で、
「ゆ、油断出来ないわね……」
おみよは頷き、
「亀ちゃんとはいえ、役者は気を付けないといけませんよ」
現代でも聞く、先物買いのタレント、と同じだろうか……
ま、とにかく、お華達は、些か、無謀な戦いをし、部屋に戻ると、
おさよが、 お茶を入れてくれた。
亀の話で笑いながら、お華に、
「それはともかく、一息入れたら、お屋敷の中を点検しましょ」
「ああ、みんなにお願いしたやつね」
「そう。お願いしといて、私たちがのんびりしてるのも悪いからね」
するとお華は、
「そうよ! 亀なんかに拘わっている場合じゃないわ!」
と、言うのだが、おみよは腹抱えて笑っている。
(2)
時分は、そろそろ夕刻になろうとした頃だった。
二人は部屋を出て、長局向を出て、奥の呉服の間、そして七の口に続く、廊下に出て、二、三歩、進んだ時、ふと、お華が立ち止まった。
何か覚えのある、不愉快なそして不可解な匂いを感じたからだ。
同時に、おさよもさすが奥方様。一瞬の差で気が付いた。
「お華ちゃん!」
「姉上、これは、火事の匂いじゃ?」
二人の目が大きく開いた。
「お華ちゃんは、七の口の方、私は奥の方に!」
お華は頷き、
「承知!」
と、お互い、言いながら、走って向かった。
お華は、七の口を曲がり、千鳥の間の方へ進む。
些か、煙も出てきた様子である。
そして走り続けると、ますます煙が立ちこめる。
そのまま奥にある、薪などを納める納屋の方に行くと、そこに、顔見知りの別式女達が、呆然と立ちすくんでいた。
そして、そこには、るいも一緒に居た。
お華は、若干身体を屈めながら、
「どうしたの、るいちゃん!」
こちらも少々、ボーとしていた、るいは、お華の顔を見て落ち着いたのか、
「あ、お華様! 火付にございます! 納屋の中に、火付の下手人は……」
と、訴える。
するともう一人が、自分で自分の行動に驚いたのか、表現しがたい顔で、
「思わず、斬ってしまいました……」
と、言う。
「え?」
お華は驚き、建物に繋がっている納屋の入り口の下に、女中と思われる足が横たわっているのを発見した。
お華は、這ってその者の側に寄って、生死を確かめたが反応が無い。
それに、そこには油の匂いも立ちこめていた。
お華は、サッと、そこから立ち上がり、二人の襟を、有無を言わさず引き摺る。
少し離れると、
「死んでいる様よ。これで誰が下手人か、言えなくなっちゃったわね……仕方無いこれは、後で姉様に報告してちょうだい」
ふたりは、申し訳なさそうな顔をして頷いている。
しかしながら、のんびりしている暇は無い。
お華は、一人に、
「あなたは、今すぐ長局に行って、全部の部屋に、火事だと言って知らせなさい!」
すると、るいが、
「大奥では、火事と言って知らせるのは、禁止されているのですが……」
この言葉に、お華は、半ば呆れながらも、
「それじゃ、付け火よ! と叫びなさい。付け火は火事とは違うの! 恐らく油をまいている。私たちを殺す為の火付けなのよ!」
この、お華の勢いに頷くその女は、「承知!」と掛けていった。
そして、お華はるいに、
「あなた、鍵は持っているわね」
と聞く、るいが頷くと、
「あなたは、お広敷に入って、火事……いや火付だと叫びなさい。広敷の人達に逃げるよう伝えなさい。そして、そのまま鍵を開けに行って、その場から、大きく付け火だと、思い切り大きな声で叫びなさい。誰でも良いから手早く説明して、お上の避難をお願いして頂戴。それが済んだら、あなたは直ぐ、外に逃げなさい。良いわね!」
るいは、一つづつ頷きながら聞き、これも、
「委細、承知致しました!」
と、走って行った。
お華は、おさよが心配だ。
来た道を逆に、おさよを追った。
手早く一つ一つ、部屋を確かめながら、居る女達に、付け火だと言って逃げる様に言いながら、奥に進む。
驚いて逃げる女達を掻き分けながら、お華は進む。
大奥では、るいの言う通り、火事だと言い回るのは禁止になっている。
恐らく、ずっと以前、明暦の大火の折に、かなりのパニック状態で、死人が大勢出た事の戒めなのだろう。
しかし、火付の場合は、そうも言っていられない。
何しろ、早急に燃え上がるよう火を付けているのだから、その様な事、構ってはいられない。
江戸城は、表と大奥と別れているのだが、建物自体は一緒で、一度火が点くと、屋根が、しっかり瓦に覆われ、一種、煙突のような物で繋がっている様なものだから、火は横へ横へと広がって行くのだ。
(3)
同じ頃、北町奉行所、大門の外では、浩太郎と優斎が顔を合わせていた。
「先生。こんなところでどうしたのだ?」
浩太郎は、医者道具片手に笑う優斎に聞く。
「今日は、新橋やら日本橋で、患者を診にいったのです。ちょうどこんな時間だから、もう帰る頃かな? と」
「はは、これはこれは、わざわざのお出迎えかたじけない」
浩太郎は嬉しそうに、
「今日は、平川行った後、すみやにでも行くか?」
と言うと、優斎も佐助も和やかに頷く。
「お城も今日は何も……」
浩太郎は奉行所横の方から、城を見ようとしたその時だった。
城の中央から、黒い煙が上がっているのが見えた。
浩太郎は、「おいおい!」と言いながら、堀沿いのもっと近くに掛けて行った。 それに驚いた二人も、「浩太郎さん!」と追いかける。
目の前に広がった光景を見た浩太郎は、思わず、
「やりやがった!」
と叫び、太股を叩いた。
追いついた優斎も、驚いた顔で、
「うわっ、とうとう、最後の勝負に出ましたね……」
「ばかやろう。こんな事しやがって」
と唸る浩太郎は、佐助に向かい、
「佐助! 悪いが至急、遠山様にお知らせを。恐れていた事が起きてしまったと」「はい!」
と、佐助は掛け始めようとしたが、浩太郎に止められ、
「もう一つ。お知らせしたら、お前も半蔵門から城に入ってこい。恐らく、吹上辺りに皆逃げる筈だ。遠山様の従者で、姉小路様へのお知らせとでも言ってな。もっとも火事だから、それどころじゃ無いかも知れんが……分かったら行ってくれ」
佐助は、大きく頷き、走り出した。
しかし、浩太郎の顔に、僅かな笑いが走るのを優斎は見逃さなかった。
「その割には、喜んでいる様にも見えますよ、浩太郎さん」
浩太郎もそれには苦笑いになり、
「さすがに、幕臣として……いや、どこの侍でも我が城が焼ければ良い気持ちはしないと思うが、我が家は少々違うからな……」
「やはり」
「俺はな、先生。父上が、何故、あそこまで、お華とおさよを鍛えるのか、どうしてもわからなかった」
「はい」
優斎も同じ様な疑問を持っていたのかも知れない。
「しかし、こんな日を迎えるなんて。これで彼奴らは、なんと上様までお守りすることになる。俺は、鎖が外され、自由に動くことが許される彼奴らを見たいとも思ってな……」
浩太郎は、何か昔の事を思い出しているような、穏やかな顔になっている。
優斎も、煙を見詰めながら、
「私も同じです。こんな事、そうある事じゃありませんからね」
と、静かに笑う。
すると、浩太郎は、
「よし。先生。一緒に見に行こう。悪いが、私の従者として。それはそれで嬉しいだろ?」
優斎は大笑いで、
「そりゃそうですよ。火事とはいえ、伊達の役人の弟である私が、お城に入れるなんて、兄に自慢できますからね」
と、浩太郎は頷き、優斎を待たせ、医療箱を、奉行所の同心部屋に預け、
そして与力部屋の佐久間に、火事の報告した。
「おいおい、お華が中に入っているのであったな」
と、事情を知る佐久間は、心配そうに言った。
「はい。ですから、どうか、お奉行とご相談の上、善後策を。既に遠山様には知らせを飛ばしましたので、私は中に入り、お華達を助けに参ります。それとどうか、南にご注意をお願いします」
そんなつもりは全くない浩太郎だったが、そう言って安心させた。そして、
「どうか、ご門を閉め。火消しの者以外、一切、お城に入れぬ様お願い致します」
「あい。わかった」
既に、万一の打ち合わせが済んでいたのだろう。
佐久間は笑顔で送り出した。
さて、その頃。大混乱の江戸城本丸。
お華、おさよ達が、急いで外に出るよう、大声で言いまくっている。
おさよの顔を見つけ、安心したお華だったが、おさよは些か困っている様子だった。
「どうしたの?」
「いやね。一位様にも申し上げて逃げる様お伝えしたんだけど、お年だから、ゆっくりなのよ。お偉い方だから手を出せないし……」
お華が、障子を開けると、それはゆっくりと手を引かれている、一位様にお付きの局が居た。
お華は、
「もう!」
と、直ぐさま側により、
「何してんの!」
側の女達に一喝する。
お華は、一位様に直接、
「これでは、間に合いません。私が背負います。宜しゅうございますか?」
すると、側の局が、
「これ! そなた風情が何と言う事を!」
と、怒鳴ったのだが、お華はそちらの言葉には目もくれず、
「一位様。こんな所で焼け死ぬなんぞ、熱い上にバカバカしゅうございます。ご無礼ながら、背負って外にお連れ致します」
もう、煙も立ちこめて居るので、一位様も、微笑み、
「良い。そなたに任せる」
と、行ってくれた。
お華は、おさよに、
「姉様の確認をお願い」
おさよが頷き、すぐ向かった。
お華は勢いよく、一位様を背負った。
お華は、片手で局も引っ張りながら、
「こちらへ逃げるのです!」
さすがに、炎の舞と言うほどの優雅さはなかったが、何とか外へ誘導出来た。
「すまんの~」
と言う、一位に、お華は笑顔で、深く頭を下げる。
お華は、踵を返し、長局の姉小路の部屋に向かった。
もうほとんど煙で、辺りが見えなくなっている。
開けっぱなしの襖に飛び込み、部屋を見た時、お華は仰天した。
「な、何、してんの~?」
おさよと局綾瀬は、困った顔で、何と、鏡に向かっている姉小路の左右に座っている。
お華は大声で、
「姉様! なんでそんなことを」
と、言うと、姉小路は何だか妙にウキウキと、
「これから上様にお目にかかるからね~」
などと、呆れた事を言っているので、お華は、頭に来た様だ。
「信じられない! もう、煙で一杯ですよ! 一位様だって、やっとお逃げになったのに!」
と言って、おさよに目を合わせ、
「もう、仕方が無い!」
両方から、姉小路の帯と足を掴み、二人で持ち上げた。
「これこれ!」
姉小路は、二人に文句を言うが、もうお華はその言葉は聞かず。
綾瀬に顔を向け、
「みんなは逃げたのですね」
綾瀬は、あまりの光景につい笑いながら、
「あ、ああみんな逃げた」
「それじゃ、姉様の打ち掛けと草履お願いします!」
そして、おさよと、
「せえの!」
と、声を上げ、外に向かって逃げていった。
その頃、新橋の屋敷で遠山は、佐助の知らせを受け、急ぎ仕度をしていた。
「加藤! 馬を! 馬を用意せい!」
と叫ぶのだが、けいが何とも言えない顔で、
「お城にいらっしゃるので?」
「おう。お華が危ない。急いで行かねば……」
すると、けいは、何とも言えぬ顔で、
「お華が……。それは分かりますが、旦那様」
「な、何じゃ!」
事前に浩太郎と予想はしていた事態であるものの、現実となって、遠山も若干焦っていた。
しかし、けいは、些か冷静に、
「殿。お馬で行かれるのなら……その白い袴はお着替えになられた方が……」
遠山は、その言葉に不信を抱いたが、すぐ気が付き。
「そ、そうじゃの。黒い袴を用意せよ」
けいは、些か笑いながら、
「今、お持ち致します」
とその場を離れた。
そう、遠山は、痔持ちであった。
(4)
さて、浩太郎と優斎は、吹上騎射馬場の脇、ちょっとした小山の頂上付近に居た。
ご存じの通り、現在の皇居である。
この頃は、広い馬場だけあって、火の粉にさえ気を付ければ、逃げるのには最適な場所である。
浩太郎が、向こう側を指差し、
「優斎先生、ほら、向こうにみんな集まり初めていますぞ」
そう言うと、優斎は、多少緊張気味で、
「とすると、いずれ上様もいらっしゃるのですよね」
「そう思う。恐らくみんな集まったら、一斉に西の丸に行くのだろう」
優斎は、少し笑みになり、
「いや~離れてるとはいえ、上様にお目にかかるとは、何とも運が良いというもの。母にも伝えねば……」
浩太郎は、らしくないその言葉に、大笑いだ。
「しかしまだ、お華さん達は見えませんね~」
「そうだな~」
と言っている時、お華はまだ、七の口付近に居た。
ちょうど、姉小路について避難しようとしていたが、おみよが居ない事に気が付いた。
お華は、おさよに、
「姉上! おみよが居ない!」
おさよも驚き、
「え! あの子どこに」
などと言った時、七の口の向こうの方から、大声が聞こえた。
「なりませぬ! もう間に合いませぬ!」
何かに気づいたお華は、急いで声の方に走った。
なんと、火事場に入ろうとする、おみよが、るいに捕まっている。
「何してるの!」
その状況を見た、お華は、おみよを怒鳴りつけた。
るいは、お華が来たのに安心したようで、捕まっているおみよの着物から手を離した。
お華は、るいに、
「ありがとう。るいさん。ここは良いから、先に行ってる、姉小路様の所に行ってくれるかしら」
るいは、大きく頷き、
「はい。よろしくお願いします」
と、走って皆の後を追いかけて行った。
入れ替わり、心配したおさよがそこに現れた。
お華は、大きな声で、
「おみよちゃん、一体どうしたの!」
蹲ってしまっているおみよは、火事場を指差し、
「私が折角、仲良くなった、てやちゃんが、寄親の花町様がまだ中に残っていると聞いて、中に飛び込んでいってしまったんです。私は止めたのにそれを振り切って……」
おさよが、近くにより、何も言わず肩を抱く。
お華も、ガックリと首を落とした。お華とて、気持ちは良く分かっていた。
しかし、
「残念だけど、それがその子の定めなのよ。その子は武家の子。そうなれば当然そうなるでしょう。でも、おみよちゃんは、武家の子では無い。それに口を挟むことは出来ないのよ。諦めなさい」
お華も、涙を流しながら言っている。そして、
「あなたが、これまで生きてきたのは、兄上や皆のおかげ。どれだけあなたのために考えてくれたのか位、あなたにも分かっているでしょう。こんな所で命を無くす為じゃないのよ!」
お華は、流れる涙を、袖でサッと拭き。
「あなたが出来ることは、その、てやちゃんを褒めて上げる事。それしかないのよ。悲しいだろうけど、褒めてあげなさい。私からもお願い。せめて褒めてあげて……」
おさよは無言で、優しく、おみよの身体を起こした。
そして、三人で、火事場に手を合わせ、その場を立ち去った。
歩いている途中、おさよがようやく、
「許せない……」
と、目尻を最高に上げ、呟くと、お華が深く頷く。
もうその頃、先程の吹上には、逃げて来た者、男も含めて大勢集まってきた。
当然、将軍家慶も、床机に腰掛け座っている。
その横には、なんと姉小路が、今で言う、化粧バッチリという顔で、棲まして座っている。
それより少し離れて、小姓頭の高坂、遠山と、その息子、景纂が立って話している。
そこに、お華達が近づいてきた。
「あぁら皆様、お揃いで」
などと言いながら、やって来た。
三人は、お~と言いながら、迎え入れる。
おさよ、おみよも頭を下げる。
「遠山様。とうとうやってくれましたよ」
呆れた笑いで、お華が言うと、遠山も、
「本当だよ。まさかここまでやらぬと思ったのだがな」
「皆様。大奥の者達、それぞれ、自分の分を守り、死んでいった者も多くおりまする。落ち着きましたら、なにとぞ、良きにお計らいを」
女三人は、深く頭を下げる。
高坂が、
「ところで、お華。まさかこんな所を襲ってこないだろうな。上様も居られるのに」
すると、お華は笑って、
「何言っているのです。もうあの辺りに潜んでおりますよ。殺気に満ちております」
「え!」
お華は、そこから丁度、反対側の雑木林を指差した。
その時、脇山にいる浩太郎の元に、佐助が戻って来た。
「旦那様。遠山様に確かにお伝えし、そして御門は全て閉ざされております。そして北町の皆様方が、配置に付き、火消しの連中以外は、一切通さぬ様にしております。しばらく見ておりますと、やはり南町の連中が、奉行を先頭にやって参りました」
浩太郎は、ニヤリと笑い、
「やはりやって来たか。当然追い返されたのであろうな」
佐助も笑い、
「はい。佐久間様が、大手門前で、仁王立ちにございました。南を一歩も通さず、お奉行様は、大声で怒鳴っておいででした」
それには、浩太郎と優斎は大笑いだ。
その時、後ろから、
「やはり、そういうことだったのか!」
と、声がした。
三人が振り向くと、
伊賀のお頭、当代、服部半蔵だった。
配下の者達、そして警備に就いていた者も全て一緒だ。
「おお、これはお頭」
と、三人は頭を下げる。そして浩太郎が、
「はい。恐らく伊賀の連中に姉小路様襲撃の為、良いこと言って、欺したのでしょう。そして、襲ったところを今度は南の者達が、一網打尽。いや皆殺しにして、上様をお守りしたのは自分だなどと言い、我が立場を盤石なものにしようとしていたのです、あの妖怪めは」
お頭は、浩太郎に済まない顔で、
「申し訳無い。わしらは止めることが出来なかった。しかし、伊賀の者が、妖怪なんぞに良いように使われていたとは、全く情けない限りじゃ」
浩太郎は手を振りながら、
「致し方ございません。だが、最悪の事態は免れました。恐らくこれで、伊賀の人々も、心配する事はございませんでしょう」
すると、お頭は笑って、
「あの娘らの傷で、あの者達の手練は分かったが、あそこの連中もそれなりのもんじゃ。大丈夫と申されるか」
浩太郎と優斎は笑った。
今度は優斎が、
「そうは仰っても、お頭様も興味がお有りでここにいらしたのでしょう?」
そう言われると、半蔵も苦笑いで、
「はは、実は楽しみでの。結果次第じゃ、伊賀も今後考えねばならんからの」
三人は顔を見合わせ、笑っている。
一方、お華は、
「高坂様。お小姓頭様にお手伝い頂くなぞ、恐れ多い事。どうぞ上様の御側で、ご見物下さいませ」
と言うと、遠山が高坂に、
「われわれは、いらんとよ。黙って拝見致しましょう」
遠山親子は、和やかに笑い、そしてその遠山は、お華の肩をポンと叩き、
「お華! お前の本当の力。とくと見せよ。楽しみにしておるぞ」
笑顔のお華とおさよは、深々とお礼をする。
そして二人は、将軍の前では表を隠し、姉小路の前に行く。
おさよが、
「それでは行って、かたづけて参ります」
こちらも頭を下げる。
姉小路は、
「よろしゅう頼む」
と、大きく頷いた。
二人は、スパッと向こうに振り向き、歩き始めた。
叢に隠れて居る連中は、
「ん、気付かれたか……」
すると、他の者が、
「しかし、女二人だけですぜ」
「恐らく、別式の女であろう。姉小路に良い所を見せようとしてるのであろう」
回りの連中は大笑いする。
そして、首領と覚しき男が、
「こちらが伊賀の者と分かっているのかのう? まあ良いお前達!」
と、六人を指名し、
「お前達で、あの者達サッサと倒し、そのまま、姉小路の所に突っ込め。一太刀浴びせれば、それで終わりじゃ。鳥居様も喜んでくれよう」
頷いた六人は、三人ずつ出てきた。
恐らく、包み込むように襲うつもりだ。
明らかに、侮っている。
それを、見て、お華達の後ろでは声が上がる。
「で、出てきやがった!」
高坂の言葉に、遠山も頷く。
歩きながら、お華はおさよに、脇差しを一本渡した。
「これは、お父上の形見?」
「姉様の小太刀、もうソロソロ折れるよ。これがあれば大丈夫でしょう。それにこれは、姉上が持ってる方が良いし……」
おさよは頷き、そして声を上げる。
「そうね。さて、お華ちゃん、出てくる様よ。これまで技、全て出すわよ!」
お華は頷き、
「江戸のお城なら、お父上もお怒りにはならないでしょうしね。最初で最後かも知れないけど、行きますよ!」
「分かった。じゃ、私は右に行くよ」
相手の様子を見ながら、お華に言うと、お華は、
「承知!」
と言った途端、二人は、いきなり走り出した。
おさよは前を、お華は後ろで突っ込む。
それを見ていた、浩太郎は、
「いよいよ始まった。あれをやる気か!」
袴をギュッと握り締める。
それは、将軍や後方で見ている者も、固唾を飲んで見詰めている。
最初の男達は、いきなり手裏剣をそれぞれ打って来たが、おさよが難なく、形見の小太刀で打ち落とす。
そして、それぞれの間隔が縮まると、
おさよは突然、止まり、しゃがみ込む。
後ろのお華は、そのままの勢いで、おさよの背中に足を掛けたのが見えた瞬間、
お華は、空に舞い上がった。
「と、飛んだ!」
「飛びやがった!」
など、見ている全ての者達は、驚愕の声を上げる。
浩太郎はともかく、優斎と半蔵、そして伊賀の者達も驚きの声を上げる。
そこからは、早い動きなのだが、見ている方には、些か緩慢に見えた。
おみよには、舞い上がったお華が、江戸城炎上の光を身体に受け、輝いて見えた。
「なんと、綺麗な……」
姉小路も、声を上げてしまう。
黒羽織のお華は、まるで翼を広げる様に、両手を広げる。
そこから飛ばされた、真っ赤な光線は、下の者達に、まるで羽根の如く突き刺さった。
全て六人、肩口に衝撃を喰らい、声を上げて仰け反る。
おさよは、まるで豹の様な早さで、右柄の三人に迫っていた。
深い姿勢から、電光の如く、膝を切り裂く。
そして、舞い降りたお華は、その衝撃を抑えるべく、一回転しながら、左の男達に、再び簪の衝撃を与える。
半蔵は、あまりの早業と華麗な技に、驚きを隠せない。
「ここまでやるのか……。これでは無理じゃ、今の忍びでは……」
と、言い放った。
(今の忍び?)
と、その言葉に、少々疑問を感じた浩太郎だが、思った通りの展開に満足していた。
そして、心の中で、
(父上。見ておられますか? とうとうやりましたよあの子達。しかも江戸城で……)
と、些か感慨に耽る。
一方、高坂と遠山親子、そして何より将軍が、信じられない光景に驚愕している。
「あれが、本当の力か……そりゃ、敵わんわ」
遠山も、嬉しそうに手を叩く。
高坂などは、愕然として、声も出せない。
いや、一番驚き、驚嘆したのは、相手の連中だ。
思わず、皆、立ち上がってしまい、姿を現してしまった。
「あ、あれは、別式では無いぞ! あれは何処の忍びじゃ!」
首領と思われる男の声が上がる。
そう、伊賀では、お目にかからぬ技を喰らってしまったのだ。慌てふためくのも当然である。
あまりの事に慌て、
「みんな! 行け! まず彼奴らを倒すのじゃ!」
と、下知を下す。
お華達は表れた新たな四人に、またも走り出す。
そして、同じく、お華がまた、華麗に舞い上がる。
下の男達はどうしてもお華に目が行ってしまう。
それを見ていた半蔵は、
「愚か者! 上に見蕩れてどうするんじゃ、下を遣られる!」
思わず口走る。
優斎も大きく頷く。
しかし、それが狙いのお華。
まるで踊る様な火の鳥に、どうしてもそちらに注意が向いてしまう。
おみよは頷き、
「これが、本当の炎の踊りじゃ……」
思わず、お華に手を併せてしまう。
敵討ちをしてくれる炎の舞に、自然に出た動きだ。
一方、姉小路は心から嬉しかった。
自分を護る為に来てくれた。神の使いの様にも思えた。
今度は左のおさよが、難なく、父親形見の小太刀で切り刻み、お華の、まるで機銃の様な簪に、男達はあっさり沈んでいく。
残りは二人だ。
「兄貴! お先に!」
と、残りの一人が、おさよに突っ込んでいく。
忍びらしく、宙返りしながら蹴りを交え、おさよを攻撃していくが、おさよは、ふわりふわりとそれを躱していく。
お華は、後ろで、膝を付き、後ろの男に備え、懐に手を入れながら構える。
おさよは、既に、脇差しを鞘に入れ、構えながら攻撃を避けていく。
それを後ろで見ていた高坂は、
「まさか、小太刀で抜き打ちか?」
と、目を丸くして眺めている。
床机に座る将軍家慶は、目を皿の様にして、前屈みで見ている。
攻撃を躱していたおさよだが、男の攻撃に、一瞬の間が空いた事を見逃さなかった。
低い体勢で、身体を回転させながら、一気に脇差しを抜き打つ。
男は、両足を見事に断ち切られ、沈んでいった。
高坂は、声を上げる。
「ほう~やるの~。なあ、遠山殿!」
遠山は、苦笑いで頷く。
浩太郎は、思わず拳を握り、
「よし!」
と頷く。
優斎も楽しそうに頷く。
そして、浩太郎が、
「あと一人じゃ!」
と唸るように言うと、
脇の半蔵が、
「もう、逃げた方がいいのじゃがな~」
と呆れ顔で、呟く。
すると、その隣で見ている配下、三蔵が、
「し、しかし。あいつもかなりの者。そう簡単に負けるとは思えませんが……」
お頭の半蔵は、苦い顔で、
「普通ならな。だが、あいつでは勝てまい。あの、簪打ちがいるからの~」
と、浩太郎に目を遣りながらぼやく。
浩太郎は、
「皆さん、申し訳無い。あいつは狙ってます。それに気付かなければ勝ち目はありますまい」
と、申し訳無さそうに頭を下げる。
お頭は、大笑いして、
「こちらが誤らなければならん事じゃ。気にせんで良いが、しかしそれはそれで楽しみじゃ」
こちらも、一体。どちらの味方だか分からないようになっていた。
さて、そのお華。スッと立ち上がり、幾分斜めを向き、本丸で立ち上がる炎に、横顔を照らす。
そして、両手には簪が、キラキラと複雑な光を放っている。
一方、おさよは、この戦い初めて、刀を合わせ、火花が散っている。
「あいつも、小太刀を先にと思っているようじゃ……」
「え? それは」
隣の男の言葉に、お頭は、
「棒手裏剣の的にならん様、直線に身を置いて攻めている。理屈としてはわかるのだがな。どこまで持つのか……」
眉を寄せ、その戦いを見詰める、お頭。
しかしその時、優斎が、
「あ!」
と、声を上げた。
「浩太郎さん! あれはまさか、あの時の技を」
向こうを見ながら、浩太郎は軽く頷く。
首領と思われる男が、思惑の通り、おさよの完全に影に入った時だった。
お華は、まるで舞踊の様に円を描き、身体を回した。
まず、片手三本の簪を打ち、今度は素早く逆に回り、残りの三本を撃ち放った。
六本の光は、浩太郎達や、後ろの将軍の回りでも目に入った。
「うお~」
家慶が、思わず声を上げる。
放った六本は、綺麗に円を描き、おさよの身体を回り込む。
「ドン、ドン、ドン」
と、男の身体両脇に、六本全て、突き刺さった。
見ていた伊賀のお頭は、目を大きく開き、
「曲げた!」
と叫んだ。
優斎も、思わず頷く。
やられた男は、予想外の攻撃に、驚愕の表情で、身体を仰け反る。
おさよは、それを見て、右足元に向かって低く、素早く入り込み、後ろから両足を切り刻む。
「ぎゃ~」
声を上げた男は、ゆっくり倒れていく。
途端に、後ろの連中から、大歓声が上がる。
姉小路も、うんうんと何回も笑顔で頷く。
おみよは、思わず笑顔で手を上げた。
「あれを、某手裏剣を曲げるのか?」
思わずお頭は、浩太郎に聞く。
浩太郎は、恥ずかしげに、
「はい。あれはあいつの得意技でして……」
「あれは、とてもじゃないが避けられん。まさかあれまで曲げられるとな」
配下の連中も、多少強ばった顔で頷く。
お華、おさよは、パンっと、今で言う、ハイタッチをして、みんなの元に戻ろうとした。
しかし、その時、
倒れた男が、苦痛に耐えながら起き出し、振るえる腕で、手裏剣を取り出す。
そして、二人に目を遣る。
高見で見ている浩太郎もそれに気付いた。そして、
「油断しおって!」
と言い放ち、
刀から、小柄を素早く抜き、下手で、手裏剣を振り上げる男に投げ打った。
それは、地面の雑草を、もの凄い勢いで、薙ぎ倒しながら男に向かって、進んでいく。
そいて、手前で浮き上がり、手裏剣を持つ腕に、ドシンと突き刺さった。
再度の衝撃で、男はまた、声を上げながら、倒れていく。
「倒れて居れば良いものを……」
お頭は、嘆いて呟く。
当然ながら、それはお華達も気付いた。
「全く、余計な事を」
と言いながら、おさよに、横の方を指さしながら、持っていた簪を頭に収めながら、
「分かっていたんだけどな~。あれ、絶対後で、油断するとは何事か! とか、またグチグチ言うんだよ。あの人」
おさよも頷き、
「あの人も仲間に入りたかったのよ。許してあげなさい」
と、微笑んで歩いて行く。
「笑ってやがる」
浩太郎は、向こうを睨みながら言う。
「多分、知ってますよ私たちがここにいるの」
優斎は、和やかだ。
それから浩太郎は、お頭に向かい、
「さて、全ては終わりました。邪悪な企ては全て泡と消えました。今のうちに転がっているあの者達。お引き取り下さい。目付なんぞが出てくると事は厄介。死んでは無いでしょうが、血止めだけはして早く、伊賀町に。あやつらの後の処分はお頭にお任せ致します」
半蔵お頭は、深く頭を下げ、
「すまぬ。それではみんな! 引き取ってきてくれ!」
と大声で、配下の者達に命令を下した。
「桜田殿。この事、後日。次第をお話し致す。本日はこれにて」
浩太郎も、
「よろしくお願い申す」
優斎も佐助も一緒に頭を下げる。
お華とおさよは、皆の元に戻り、姉小路の横で、将軍に顔を見せぬ様、頭を下げる。
いくら遠山の遠縁と言ってあったとしても、今となればそうは通らない。
お目見え以下である二人は将軍に遠慮しながら、姉小路に、
「姉様、これにて全て終わりました。お城は焼けちゃいましたけど、姉様をお守りする事が出来て、満足しております」
お華の言葉に、再び二人は姉小路に礼をする。
姉小路も満足そうに、
「よくやってくれた」
と、機嫌が良い。
すると、向こうからやって来た遠山から、
「おい、二人とも。上様がお呼びじゃ」
と、笑顔で声を掛けられた。
「え!」
と、驚くおさよだが、姉小路に、目を向けると、大きく頷いてくれたので、
二人とも、改めて将軍家慶の前に、顔を伏せながら向かい、そのまま平伏した。 おさよは、些か緊張気味の声で、
「失礼致します。私、北町同心、桜田の妻、さよにございます。そしてこの者は、その妹、お華にございます。お目見え以下にも拘わらず、お声をお掛け頂き、誠に持って有り難く、我が家の誉れにございます」
と、より深く二人とも頭を下げた。
すると、家慶は和やかに、
「良い、二人とも表を上げい」
と言った。
これは、まさしく前代未聞である。
男なら、戦場において有り得る事ではあるが、しかし女二人。
しかも、一人は、武家とはいっても芸者である。
とてもではないが、考えられぬ事だ。
上様の後ろに控える、通常なら礼法を司る、奏者番や小姓連中も、一瞬、目尻が上がったが、直ぐに諦めた。
そりゃ、火事場で、この様な所に座らされ、ましてや、あの戦いを目にして喜んでいるお上に、あれこれ言っても、いわゆる野暮というものだ。
むしろ、機嫌が良いのを助かったと思っているかも知れない。
すると、お華が、いつもの調子で、
「申し上げます。先日は、南町の件で、書状をお使わし下さいまして、誠にもってありがとうございました。そして此度、詰まらぬ芸をお見せし、誠に持って、お恥ずかしい事にございます」
端で膝をついて見ている、留守居土屋は、あまりの事に唖然としている。
家慶は笑って、
「ああ、あの南を潰してしまうってアレか。あれは、誠に驚いたが、高坂が事細かに話してくれたからの。よく憶えておるぞ」
と笑うと、今度は、高坂が少々困った顔だ。
そして、家慶は、
「いやでも、此度の働きを見て、あれは間違っていなかったと良く分かったわ。いや、見事じゃった。いっそのこと、先手にでも入って貰った方が良いのではないか?」
と大笑いだ。
お先手とは、幕府の軍団である。
その中から選ばれて、火付盗賊改に任命されたりする、荒々しいお役目だ。
すると家慶は、おもむろに腰に手を遣り、脇差しを鞘ごと抜き、前に差し出し、
「此度の褒美である」
と、二人に静かに言った。
さすがに、これには、皆、驚いた。
理由はともあれ、将軍が武士に、褒美で刀を授けるのは珍しい事ではないが、女に渡すなど、こちらの方が、本当の前代未聞である。
さすがに、おさよは又、姉小路に顔を遣り、目で良いのかと聞くと、姉小路は笑顔で頷く。
お華も、身体を微かにあて、おさよに促す。
おさよは頷き、
「これは、誠に持ってありがとう存じます。これより我が家の家宝として、お預かり致します」
と、脇差しを受け取り、刀を手のまま、その姿勢で平伏する。
すると、家慶は、
「お華にも、なんかやらんといかんな」
と言うと、すかさず姉小路が、
「お華には、私から上様に成り代わり、何か褒美を渡しておきます。どうか、お気になさらぬよう」
「そうか。じゃ、頼むぞ、姉小路」
と言って立ち上がり、その場にいる者達に向かって、
「では、西の丸に向かうぞ皆の者」
と、全ての者が、将軍に従い移動して行った。
おさよは、腰物係の者に箱や刀袋など受け取っている。
お華は、おみよに、
「さ、行こうかおみよちゃん。敵は討ったつもり。これで我慢してね」
するとおみよは、
「我慢なんてそんな。ありがとうございます姉さん……」
お華は笑顔で頷き、三人は、みんなについて行った。
西の丸は、そもそも、嫡子、若しくは大御所用の城である。
この時期は、家慶公嫡男、政之助が住んでいる。
そう、後の十三代将軍となる徳川家定である。
その為、女中達も本丸と合わせかなりの人数となる。
しかし、そう言った所は、姉小路の素早い命令によって、女中達も大急ぎで、引っ越しとなる。
とはいっても、姉小路自身は一人部屋が確定なので、お華達も含め、早く落ち着いた。
お局、綾瀬が、姉小路に、
「先程、遠山様から、本日のお夜食にと、色々届いております。みんなお腹が空いてましょうから、分けて出してよろしゅうございますか?」
と言って来た。
「これは、さすが遠山殿。有り難く受けよう。みんな下に降ろして頂こう」
それで、姉小路が面倒を見ている若い娘達と一緒になって、姉小路とお華、おさよ、おみよは、ささやかな宴会の様になった。
その夜は、遅くまでみんなで喋り続け、お華達最後の夜。良い思い出の一つとなったに違いない。
(5)
おさよは、大奥に別れを告げ、昼近く、背中に何かを入れた風呂敷を担ぎ、八丁堀の屋敷に着いた。
お華達は、そのまま深川に向かっている。
「おさよ。戻りました~」
おさよが玄関先で言うと、
「おう、お帰り」
浩太郎が、出迎えた。今日は、奉行所から休みを貰っている。
そして彼女は、居間に入った瞬間、驚愕した。
「こ、これは……」
浩太郎は呆れ顔で、
「何が、これはだ。そなた達が毎日の様に送ってきた着物じゃ! 俺は、いつから呉服屋になったんだと、佐助と笑っておったわ」
おさよもそれには大笑いし、
「これはこれは、誠に申し訳ございません。お華ちゃんがね、次々に、着物を貰ってくるから、送っていたんだけど、もうこんなになったのね~」
「やっぱり、お華か」
「そう。当分、兄上にグチグチ言われながら芸者の着物買わなくて済むって、言うからね」
浩太郎は、その言葉に、
「彼奴め~」
と、眉を上げる。
やたら狭くなった居間に、おさよは座り、浩太郎に、
「あの、今日は優斎先生いらっしゃるかしら?」
「ん? 先生。いると思うよ。何も言ってなかったから」
じゃ、と、再びおさよは立ち上がり、優斎を呼びに行った。
一緒に来た、優斎も、部屋の変わり様にえらく驚いた。
「いや、えらい数ですね~。みんな大奥の着物ですか?」
「そうなんですよ。妹が芸者だと、こういう事になるんです」
と、大笑いだ。
さて、色々話した後、暫くして、おさよの実家、吉沢家の両親を呼んだ。
母親の、お久はやはり驚き、
「なんなのこれは? 着物屋でも始める気?」
と、想像通りの同じ言葉。
今度は、浩太郎が同じく、
「芸者の妹を持つとこうなるのです」
と言って、みんなで大笑いとなった。
「さて」
と、おさよは、両親に大奥での御用が何とか終了した事を告げ、深く頭を下げる。 父親の甚内も、浩太郎と同じく、休みになっている。
甚内は和やかに、
「その事は良く分かっているが、色々有った事も聞いている。大丈夫だったのか?」
おさよは、頷き、
「はい。全て、上手くいきました。さすがに火事には驚きましたが、それでも何とか、遠山様、姉小路様にも、働きにご満足頂いた様です」
甚内は嬉しそうに頷き、
「そうかそうか。良かった。安心したわ。なあ?」
と、お久に言うと、
「本当よ。今頃大奥なんか行って、御役に立つのかしら心配だったわよ」
同じく笑顔で言う。
そしておさよは、
「それで、お二人にはお渡ししなければならない物があるから、呼んだのよ」
甚内は、目をパチパチさせて、
「なんじゃ、土産か?」
すると、おさよは、
「そんな甘い物ではございません。しっかりとお聞き下さい」
浩太郎と優斎は、含み笑いだ。
「まず、母上」
と、おさよは、一つの包みをお久の前に置いた。
お久がが頷き、ゆっくり包みを開けると、それは反物だった。
「申し上げときますけど、ここにある他の着物とは、訳が違います」
「え?」
「これは、私というよりもお華ちゃんの、母上への土産です」
「ほう」
お久は、その反物をよく見て、触って驚愕した。
「これは!」
「そう。これは、まさしくの絹。京の西陣、上等の反物です」
お久は目をぱちくり。
父親の甚内は、浩太郎に、
「ちょっと前なら、奉行所に持って行かれる代物じゃ」
と大笑いする。
お久は、おさよに、
「ど、どういう事なのじゃ?」
おさよは、少し首を曲げ、
「あの火事の折の事です。私は、皆にいち早く知らせ、逃げるよう言い回っていたのです。何しろ付け火と聞いては、のんびりしておられません。ところが、奥に行くと、一位様はあまりに位の高いお方。またお年を召しておられるので、お年寄や中臈の女などが、手を引いて逃げるのですが、どうしてもゆっくりになってしまいます。私もこれにはどうしたらと悩みました」
この言葉には、皆驚いた。
「一位様じゃと?」
優斎が目を丸くして、
「一位様と言ったら、前の将軍様、御台様ではありませんか!」
浩太郎も少々驚き、
「一位様か……。また凄いお方を。そうだよな~それには困るよな」
するとおさよが、
「そんな時です。お華ちゃんが私の所に来たのです。そして一位様のお姿を見た途端、怒り出しまして……」
「お華……」
浩太郎は頭を抱える。
おさよは頷き、そして続けて、
「こんなのんびりやってて、死ぬ気なの! って、側に居るお年寄や中臈を怒鳴りまして、多分、あれは私も含まれていたと思います」
と、少々笑って、
「お華ちゃんは一気に、一位様を背負って走り出しました。お華ちゃんですから、直ぐに外に出ることが出来ました。そして、こう言うのです。一位様も、こんな所で焼け死にしたくないですよね~だって」
それには一同、驚いた。
浩太郎の目が険しくなって、
「あいつ! なんと失礼な事を!」
と言ったが、おさよは、
「いえ、旦那様。一位様は、それはそれは、嬉しそうなお顔で、お華ちゃんの手を握り、喜んで頂きました。ですから、この反物はその時のご褒美なのでしょう。私も助かりました」
優斎は、笑顔で、
「大したもんです。確かに緊急の時に、身分など考えて居る場合ではありませんからな。そう言う時の、お華さんは強い」
一同も、大いに頷き笑う。
すると、浩太郎が、
「でも、火事で全て燃えちまったんじゃ無いのか? よく反物なんかあったな?」
と、おさよに聞くと、おさよは笑って、
「ああ、頂戴したのは今朝なんですよ。今日の西の丸の朝は、もうお見舞いの長蛇の列。私もお華ちゃんも驚きましたよ」
浩太郎は、
「なるほど……」
と、笑ってすぐ理解した。
「お華ちゃんは、濡れ手に粟だねなんて大笑いよ」
皆も、大いに頷く。
そしておさよは、
「ただね、頂いた反物。恐らく大奥でも最高の物だとは思うけど、ここまで立派すぎるとお座敷には使えないって言って、私に、母上にお渡しするよう頼んだのです」
お久は、涙ながらに、
「分かりました。折角、娘が命かけて、頂いた物。有り難く頂戴するわ」
と、頷いた。
そして、おさよは、父親、甚内に向かって、
「さて今度は、父上にございます。気を確かにお聴きください!」
甚内は、その改まった言葉に眉を上げ、
「気を? な、何じゃ?」
「父上も火事の折、大手に出張っておいでだったとか、それなれば、城中の大体の話はお聞きでしょう」
甚内は頷き、
「おお、佐久間様からの。そうそう、で、それはどうじゃったのだ」
それには浩太郎が笑顔で、
「私と先生が、吹上に入り、山の中から全て見ておりました。おさよとお華は見事、上様と姉小路様をお守り通しました」
「なんだと! う、上様?」
「左様にございます。本丸火事ともなれば、当然、上様もお引きなさります。すると、これも当然、お華達と一緒になります」
「なるほど」
おさよは、一礼し、
「それで、此度の働きを上様もお喜び下さいまして、なんと直接、お褒めの言葉を頂きました」
一同は、驚く。
「お会いになったのですか? 上様直々に?」
優斎は、その話は聞いてい無かったので、口に手を当て叫ぶ様に言う。
それより、御家人二人と、母親は飛び上がる程驚いている。
浩太郎は、それには興奮気味に、
「いや、後の事かと思っていたが、直に頂いたのか……これはお父上」
夫婦は顔を見合わせて、驚愕している。
いや、腰を抜かしている。
とてもではないが、あり得ない事だからだ。
しかし、おさよは落ち着いた表情で、
「その際、こちらの物を褒美として頂戴致しました。父上、どうかお納め下さい」
と、おさよの後ろに置いてあった、白木の長い箱を目の前に差し出した。
「ご、ご褒美じゃと? 上様から?」
甚内は、その箱にある燦然と輝く、葵のご紋に思わずひれ伏す。
もはや、疑念を挟む余地など無い。
「こ、これは。な、何を頂戴したのだ!」
おさよは、落ち着いた声で、
「はい。脇差しにございます」
「な、なんと! 開けても良いかの?」
おさよは笑って、
「当たり前ではございませんか、我が家に対する褒美にございます」
甚内は、恐る恐る箱を開ける。
中には、葵の紋がちりばめられた刀袋に包まれた、刀が一本。
おさよは、
「私には、刀の銘など分かりませんから、優斎先生に見て頂きました。先生、どうかご説明を」
「私は医者なんですけどね~」
と、優斎は苦笑いしながら、
「でも、さすが将軍家にございます。私でも分かる刀でございました。その脇指は粟田口新藤五国光の脇指。世間では名物と言われる名刀です」
「新藤五国光……それなら私も聞いた事がある。何時ぐらいの刀だい?」
浩太郎の質問に、優斎は頷き、
「これは、鎌倉中期と言われております」
「か、鎌倉? そんな昔なのか?」
驚きの浩太郎に、優斎は軽く頷き、
「あの正宗の師匠とも言われております。短刀の名手とも言われておりまして、まさにおさよ様にふさわしい物です。実は私の伊達家にも、一本あるのです。しかし、私が見ることなどあるはずも無く。特徴だけは聞いていたから、おさよ様に見せられた時は、奇妙な縁だなと感心しました」
と、静かに笑う優斎。
すると、浩太郎が、
「父上。もう無き父上には先程、仏前でお見せし、ご報告致しております。お父上にお持ち頂くのが、きっと良いと言ってくれるでしょう。どうか、お納め下さい」と、浩太郎、おさよは二人で平伏した。
しかし、刀を手に、甚内はまだ興奮が収まらない。
もう、涙ながらに、うんうんと頭を下げるのみだ。
すると、優斎が、
「陣内様。決して他には仰らない方がよろしゅうございます」
それには浩太郎が、
「な、なんでじゃ?」
優斎は和やかに、
「恐らく、行列が出来てしまいます」
「行列?」
「はい。武士にとってこれほどの名刀はそうは見ることが出来ません。恐らく、奥様が大変になってしまいます」
それには、皆が大笑いした。
(6)
さて、一方、深川では。
「いや~疲れた!」
と言いながら、お華は、おゆきの小さな頭を撫でながら、お吉にぼやく。
すると、おみよが、
「おゆきちゃん、着物のお土産よ~」
と、優しげにおゆきを呼ぶ。
お華は、お吉に、
「お母さんにも一枚頂いて来たよ」
お吉は、驚き、
「え? 私にも?」
「そう。上﨟年寄、姉小路様のお着物ですよ」
「え! そんなお偉い方の?」
「あとで、寸法直して貰ってね。物はさすがに上等だから」
お吉も、おみよに渡された着物を見て、上機嫌だ。
すると、お吉は、
「あれ、あなたたちは、貰ってないの?」
と言うが、それにはお華とおみよは、大きく笑って、
「明日、山ほど来るわよ」
お華は大きく手を回す。
「明日、おみよちゃんと一緒に八丁堀に行って、選んで持ってこなきゃ。ねえ、おみよちゃん」
「はい。姉さん。佐助さんが手伝ってくれるそうです。でも、本当にもの凄い量だってよ」
お華は薄く笑い、
「火事から助けてやった様なもんよ。着物も、喜んでくれるわよ」
お吉も笑いながら頷き、
「まあ、そういうことかも知んないね」
「あ、お母さん、あっちの部屋かたづけておいてくれない」
「ええ、おゆきちゃんとかたづけておくよ」
お華は、優しい笑顔で、
「おゆき。お母さんのお手伝いするのよ」
の言葉に、幼いおゆきは、
「うん。承知しました」
と、和やかに答える。お華は少し驚き、
「へ~、そういうお答えが出来るようになったんだ。えらいえらい」
と笑って、お吉に向かい、少し寂しそうな顔で、
「おかあさん。私もようやく覚悟が出来た。一緒に、柳橋に移る決心が出来たよ」
それには、お吉も喜び、
「おや。やっと。でも、どうしたの?」
お華は苦笑いで、
「大奥でお父上に教わったもの、全て出せたし。これ以上、甘えてもいられないって気がしてね~」
それには、おみよ、
「そりゃ、お城であれだけ飛び回ったら、そりゃ満足したでしょ」
と、大笑いだ。
「え!」
お吉は何が何だか分からず声を上げる。
「お姉さんは、空飛んで、簪打つやらで、上様を襲おうとしてた者達をバッタバッタと。遠山様も姉小路様も、さぞ満足であろうって、仰ってたもの」
お華は笑い、
「あら、そんなこと仰ってたの……」
お吉はただ、驚いている。
「ま、そんなこともあってさ。もう良いかな? てね」
「結局、芸者とは全く違う事で、決心したって訳ね」
それには、三人大笑いになる。
「で、おかあさん。あの辺りで住む所、見つけてよ」
お吉は、大きく頷き、
「分かったわ。早速聞いてみましょう」
お華は、おゆきの小さい頭をまた優しく撫でて、
「ねえ、おみよちゃん。大奥も色々あったけど、私たちには、こんな所が落ち着くわよね」
と、長屋の天井に目を向ける。
「そうですね。貧乏性ってことでしょうか」
お華は大きく頷き、
「違いない」
また、皆で笑った。
~つづく~
♪妖しく Cat's Eye Magic Play is Dancing
月明かりあびて we get you mysterious girl♪
今回は正にこんな感じ、ようやく、ここまで書けました。
私としても嬉しい限りです。
この江戸城の火事は史実です。
しかしながら原因は、色々言われておりますが、事実は分かっておりません。
例えば、姉小路の部屋での、天ぷら油の不始末とか、いやそれは隣だとか。
でも、もしかしたら、この小説の通りだったりして(笑)
いずれにせよ、死者は多数出たそうで、てやという女性は、桂川てやという実際の被害者です。
「手燭を持ったまま死んでる者がいたら、それは私よ」
と言いながら、侍女二人連れて、火事に入って行ったとも言われています。
後で、「大奥女中の鏡」と讃えられ、世間の涙を誘ったとか。
しかし、時代とは言え、悲惨な事ではあります。
さて、お華も飛翔すれば、これももう終わりか? と思われるかも知れませんが、
まだ、少し続きます。決着ついてませんからね(笑)
ということで、まだしばらくお付き合い頂ければ幸いです。
今回も、誠にありがとうございました。




