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お華の髪飾り  作者: 本隠坊
30/37

㉖後宮の暗殺者

(1)


 この二、三日。大奥は平穏を保っていた。

 留守居様からお許しを頂いた……(?) 

 お華とおさよ、そしておみよは何の憂いも無く、大奥の日々を暮らしている。

 おさよは、あの模範対決から、別式女から、剣談に引っ張りだこで、何しに来ているのかと苦笑しながらも、女達に穏やかな顔で楽しそうに話している。

 一方、お華は、踊りを教えろと矢の催促。

 まあ、本職であるから当然と言えば当然なのだが、たかが町芸者が、大奥の女中達に教えて良いものかどうか、判断に困っていた。

 しかし、それを見かねたのか姉小路が、

「本日の勤務は午前で終わり、午後はお華に踊りを教えて貰いなさい」

 との言葉があったものだから、喜んだ踊り好きの女達は、大広間に集まってきた。 お華は、姉小路の言葉もあったものだから、おみよと一緒に、三味に合わせ、踊っている女達の前に座っている。

 別式女の、るいも何故か一緒になって踊っている。

「祝舞」を踊り終えた女達に、お華が口を開いた。

「板東様直伝とお聞きしていましたが、さすが皆様の踊りはお上手です。これならお座敷出ても、少しの修行で、芸者になれるかも知れません」

 と笑いながら言い、おみよと頷き合う。

 その様子を、姉小路と並んで、おさよと綾瀬も微笑ましく見ている。


 ところが、お華は渋い顔に変わり、

「しかし皆様。お一人お一人はお上手ですが、今の踊りは下手です。とても上様にお見せ出来る物ではございません。何故だかわかりますか?」

女達は、打って変わった指摘に戸惑っている。

 お華はおみよに、

「誰が会ってた?」

「う~ん、右から二番目、四番目……」

 と名前を挙げる。

 するとお華は、

「今、おみよちゃんが言った人は残って、他の人はこちらで座って下さい。私とおみよが踊って見せます」

 なんと、いきなり替わって踊ると言う。

 呼ばれなかった女達は気落ちした様な顔で、こちらに座る。

 お華とおみよは、残っている女達の間に入った。そして、

「では見ていて下さいね。おみよちゃん。大丈夫ね」

「はい。姉さん」

 と、笑顔で頷く。

 三味線の女が、曲を始める。同じ曲である。

 お華と、おみよはそれに合わせ、扇子をはためかせ、踊り始める。

 すると、座って見ている女達から、小さな響めきが立ち始めた。

 姉小路は、大きく頷き、横のおさよに、

「まるで、別世界じゃの」

 と、感心して声を掛ける。

 大きく頷く、おさよと綾瀬。

 寸分の狂いも無く、同じ振りで踊りが展開される。

 座って見ている、るいは首を振り、

(お華さんは何でもできるんじゃな~)

 と感心している。

 踊りが終わると、お華とおみよは並んで座り、皆に向かって深く頭を下げる。

 そしてお華は、

「あなたたちの踊りが下手に見えるのは、実は、ここに座っている方々が原因です」

 その言葉には、一様驚く。指摘された娘達は余計に驚く。

 しかし、おみよは大きく頷く。

「なぜ、今の踊りが上手く見えるのでしょう? 私たちが入ったから? 基本はそうではありません。ただ、曲も踊りも揃っていたからだけです。では、なぜ先程では駄目なのか。それは、この子達が正しく指導をしていないからです」

 姉小路には理解出来たのだろう、大きく頷く。

「よろしいですか? 皆で踊るなら、息を合わせ、そして曲に合わせなければ、踊りは合いません。皆様お一人お一人が上手くても、合わない踊りをしてしまうと三段は下手に見えてしまいます。ところが、多少下手でも、息と曲が合っていれば、逆に三段は上手に見えるものです。ご覧になって分かるように、背の高さなどは関係ございません」

 続いてお華は、

「私とおみよは、単なる町芸者ですが、お金を頂戴して踊っております。失敗は許されません。皆様も上様にお目に掛けることがあれば、同じ事と思います。その辺、よく考えて踊って下さい。下手に見えるのなら、やらない方がマシですからね」

 と笑う。

 姉小路も、また頷き、

「その通りじゃ」

 と、口走る。


「それでは、皆さん。今度は三、四人ずつ円になって踊って見て下さい。お互いの踊りがどれほど違うのか、確認しながらね。でも出来ないからっていじめちゃ駄目よ~」

 と、お華は笑いながら、指示を出す。

 すると、みんな一斉に立ち上がり、お華の言う通り、円になって踊る。

 お華とおみよは、微笑みながら、それを眺めている。


 しかし、その時だった。


 お華は、瞬間、廊下の方から、微かな殺気を感じた。

 それは、同時におさよも同じく感じたのか、膝を立てる。

 あらわれた女、二人。大奥女中の格好だ。

 走ってきた二人は、素早く手裏剣らしき物を横から打ってきた。

しかし、

「動かないで!」

 と叫びながら、おさよは、素早く姉小路の前に出て、飛んできた手裏剣を小太刀で打ち落とす。

 さすがに姉小路も、目を三角。口に手を当て、驚愕している。

 動かないで、と言うのは恐らく、下手に動いて、その辺の者が打ち落とした手裏剣に触れるのを恐れたのだろう。

 それより、おさよが手裏剣を打ち落とした時には、既にお華、羽織から二本の簪。

 電光のように、投げ打っていた。

 それは、二人の丁度、鎖骨の下あたり、衛元の素肌の部分を抉った。

 同時に、おさよは、後続の無いのを瞬時に確認し、二人に向かって走り出していた。

 その時には、既に二本。簪が、それぞれ足の膝のあたりに突き刺さった。

 おさよは、二人が仰け反る間に、低い姿勢で背中に回った。

 そして、両人の膝の筋を素早く斬る。

 二人は、あまりの攻撃の早さに驚いただろう。

 とてもでは無いが、別式女とは思えない、鮮やかな攻撃だったからだ。

 倒れた二人の側に、お華は「姉上!」と叫びながら飛び込み、簪を横に、口に咥えさせる。おさよもほぼ同時に、小太刀の峰を下にして同じく咥えさせた。

 お華は、るいに、

「るいちゃん! 帯か何かを! 別式の人! 捕り縄か何か!」

 と続け様命じる。

 るいも別式なので、状況を見て、当然理解する。

 そして、おさよは、

「おみよちゃん! 手当をお願い」

 と、頼む。慌てて綾瀬に聞いて走り出す。

 おみよは、先生のところで働いていた女だ。そんな事はお手の物。


 るい達、別式が、二人にお縄を掛けると、お華とおさよは姉小路の前に行き、頭を下げる。

綾瀬の「姉小路様、大丈夫にございますか?」の言葉に、少々の笑顔で頷く。

 おさよが済まなそうな顔で、

「姉小路様、驚かせてしまって、誠に申し訳ありません」

 と一言。

「何、よくやってくれた。やはりそなた達で間違いなかったわ!」

 姉小路はようやく、いつもの笑顔で労いの言葉を掛ける。

 お華は、

「いや~まさかね……とうとう襲って来ちゃったよ」

 と苦笑いしながら、治療の終わった、おみよが抜いて持ってきてくれた簪を羽織にしまいながら、呆れた様にぼやく。

 そして、おみよに指差しながら、

「あそことあそこに姉上が打ち落とした手裏剣があるはず。何かに包んでもってきてくれる? 絶対素手で持っちゃ駄目よ」

 と頼むと、おみよは早速手拭いで包み、お華の元に持ってきた。

 それを開けて見たお華は、驚愕した。

「え? これは確か、伊賀の手裏剣?」

 その言葉に、そこに居る一同も大いに驚いた。

 そう、江戸城警備の役を受け持っている伊賀衆と言われれば、そりゃ驚く。

「誠か、お華」

 姉小路の言葉に、

「はい、恐らく……。しかしなんで?」

 お華にも、全く理解不能だった。


 しばらく一同黙ったままだったが、お華が口を開いた。

「これは、外の兄上にお願いして、調べて貰う他、無い様に思います」

 おさよも頷いた。

 そして、お華は、

「おみよちゃん。大至急、兄上に連絡を取って頂戴。今はまだ奉行所か屋敷だと思うけど、綾瀬様に駄賃でも貰ってね」

 それには綾瀬が、苦笑いする。

「これも一緒にね」

 とお華は、包んだ手裏剣を渡す。

「但し、一回、洗ってね。毒が塗ってあるかも知れないから」

 おみよは、事態が事態だから、少々強ばった顔で、頷き走り去る。

 そして、お華は続けて、

「さて姉小路様。あれら二人は、ひとまず広敷のご隠居様にお願いして、どこかに入れて、見張って貰います」

「ん。そうじゃな。それと上様にも万が一の為、ご報告が必要じゃ」

「それでは、下の廊下を開けて、遠山様の若様にでもお話し致しましょう」

「遠山様のご嫡子は小納戸か……。うんそれで良い」

 と頷き、姉小路は女坊主を呼んだ。

 お華の方は、るいを呼び、

「あなたは廊下の鍵番だったわよね」

 やって来た、るいは頷き、

「はい。左様にございまする」

 お華は笑顔で、

「悪いけど、下の扉開けといてくれない? 姉小路と留守居様がお命じだと言って。私も留守居様にお話ししたら直ぐ行くから」

「はい。承知しました。ただ、私も居らねばなりませんが、構いませんか?」

 お華は頷き、

「構わないわ」

 るいは早速、早歩きで門に向かって行く。

「では姉上、姉様をよろしく。言って来ます」

 お華は、広敷に向かった。

 姉小路は、座敷の皆に向かい、

「皆の者。済まんな。こういう事であるから、各自部屋にお戻りなさい」

 と大声で指示した後、少々、疲れた様子の姉小路は、綾瀬とおさよに支えられながら、部屋に戻っていった。


 さて、お華はまた、留守居、土屋紀伊守の前に座っている。

 土屋は、若干迷惑そうに、しかし、笑いながら、

「何じゃお華。また、からかいに来たのか~」

 と、眉を寄せながら言う。

「あ~ら、ご隠居様。何を仰っているのです。真面目なお話で参りましたのですよ」

 と、お華は大笑いだ。

「こ、これ! ここではご隠居と言うなと言ったろう……」

 渋い顔の土屋は、

「で、今度は何じゃ?」

 お華は厳しい顔に戻り、平伏する。

 そしてそのままで、

「留守居様。大奥に賊が二人。侵入致しました」

 それにはさすがに、土屋も驚く、

「おいおい! そりゃ誠か?」

「はい」

 と、言いながら姿勢を戻し、

「姉小路様の命を狙い、入った様にございます」

「なんと! そ、それで!」

「はい。二人は手裏剣を放ち、姉小路様を狙いましたが、私と姉がそれを阻み、二人とも取り押さえております」

「と、取り押さえた? そ、それはよくやった。して?」

「はい。その報告と共に、お留守居様にこの二人を引き渡し、何とか目立たぬ様、小屋か小部屋に閉じ込めておいて欲しいのです」

「ほう! 生きているのか。しかし何故じゃ、目立たぬ様とは」

お華は大きく頷き、

「襲ったのが、手裏剣だからにございます」

「おお、手裏剣だったな……え、手裏剣?」

 土屋の目が細い針の様になる。

「そうなのです。忍びの者なのです。しかも、私の見立てでは恐らく伊賀者」

 それには、土屋も眉が頂点まで上がる。

「い、伊賀者じゃと? おい、お華。それは間違いないのか!」

「はい。あの手裏剣の形は恐らく伊賀。しかし、城には警備として、相当数伊賀者がおりまする。その点、不審といえば不審なのですが」

「そうじゃ。いかに何でもな」

 お華は笑顔になり、

「ですから今、外に居りまする奉行所同心の兄に、遠山様とご相談の上、調べて欲しいと使いを出しているところにございます」

「なるほどの~」

 と、頷き、土屋は腕を組み唸る。

「それで、ご隠居様? ここで騒ぎを大きくしますと、城内の伊賀の者にも知れてしまいます。手違いでもあったら面倒な事になりまする。内緒で見張って貰いたいのです」

 土屋は頷き、

「そうじゃの。どちらにしても騒がれでもしたら、城は半分墜ちているようなもんじゃからな」

「上手くいけば、今日中には分かると思います。とりあえず今日は静かにしていた方が無難です」

 土屋は笑顔、いや、呆れ顔といった感じで、

「全く、お華がそのような事言うとはな~」

 そして頷き、

「あい分かった。その様にしよう」

 そしてお華は、上様への報告の許可も得て、

「その二人は、七の口に別式が見張っております。後はよろしゅうお願い申し上げます」

「承知した」

 と、土屋の言葉を貰い、後を託したお華は、下の表に通ずる門に向かった。


 ちなみに大奥は上下二本の廊下で、表と繋がっている。上廊下は、将軍が日々、大奥の往復に使う廊下。

 下は、普段は滅多に使われないが、広敷、坊主など、表との緊急連絡、通行の為に使われる。

 とは言っても、るいの様な鍵番も居る事から分かる様、通行には当然許可が必要である。

 

 るいがやって来たお華に、頭を下げる。

「用意は出来ております。まだ、いらっしゃって無い様ですけど」

「ごめんね~世話掛けて」

「何をおっしゃいます」

 などとお華は、るいと少し雑談していると、るいが首を上げ、

「あ、いらっしゃった様です」

 と、お華に声を掛け、

「お開け致します」

 外に向かい、少々大きな声を掛けながら、扉を開けた。

 すると、遠山景元の息子で、小納戸を勤める、遠山景纂が笑顔で座っていた。

 平伏していたお華が、景纂の顔を確認したと、同時にもう一人の顔に声を上げた。

「これは……」

 小姓頭、高坂盛清だった。

「おう、お華。久方振りじゃなぁ~まさかこんな所で」

 高坂は、何故だか嬉しそうに笑う。

「これは驚きました。お小姓頭の高坂様ではございませんか。あ、先日は大変ご迷惑をお掛けしました。ありがとう存じます」

 と、お華は深く頭を下げる。

 高坂は、笑顔で頷き、

「しかし、遠山と一緒に居たら、お華からって坊主が言うから、驚いたぞ! なんで、そなた大奥に居るんじゃ?」

 さすがに、お華はその勢いに推されて、少々苦い顔。

「これは……。そこまでお話しすれば少々長い事になりまする。後で若様にお聴き下さいませ~」

 と、少々笑いながら言った。そして、

「お小姓様もいらっしゃるなら話が早い。一緒にお聞き下さいますか。上様に取りましても、事は重要にございます」

 これには、二人がまさに一緒に、

「なに! う、上様じゃと~」

 お華は、これまでの経緯を話した。

「なんと。忍びか?」

 高坂は、驚愕の顔だ。

 お華は落ち着いた声で、

「もっとも、上様に直接、何かあるとは思えませんが、申し上げない訳にもいかないでしょう。つきましては、しばらくの間、夜の奥へのお渡りは、お控え下さるとありがとうございます。どうかこの事。上様に、内密にお伝えして欲しいというのが、姉小路のお言葉にございます」

 景纂は、首を傾け、

「父上にも、その辺、気を付けるように言われたが、伊賀か……これは厄介な」

「そうじゃ。これは油断出来ん」

 高坂も、腕を組んで、首を捻る。

 すると景纂は、

「では、父上と、そなたの兄は、そこら辺、至急、確認するのじゃな?」

 お華は頷き、

「はい。なるべく穏便に済ませたいと、遠山様もお思いの筈。なにしろ、場所と相手が悪すぎますから」


 るいは、ただ黙って聞いているだけだったが、お華には、もの凄く驚いていた。

 何しろ、小姓頭にも話が通ってしまう。

 まるで同僚にでも話をするように。

 一体、どういう人、何なんだろう? と思って聞いていた。



(2) 

 

 同じ日、浩太郎は奉行所は休みで、昼から、患者の居ない優斎の治療場で、茶を飲みながら雑談していた。

「いや~浩太郎さん。わが主君、官位の事。誠にありがとうございます」

 優斎は、浩太郎に深く頭を下げる。

 しかし、浩太郎は笑って、

「おいおい、俺に礼なんざ言っても仕方ねえよ。お華の言う、姉様のおかげだからな」

「いやいや、うちの留守居に話したら、責任者揃って喜ばれてしまって。なにしろ家をお継ぎになって、官位も頂いたばかりなのに、もう道筋が出来て、皆、感激しておりますよ」

「へえ~大変なんだな。でもさ、姉様が推薦してくれると早くなるのかい?」

「いえ、恐らく十年の間となるでしょう」

「十年? 全く早くならないじゃねえか」

「ところが、これを最初からやったら、二、三百両は余計にかかります」

 二、三百両。多く見て、二、三千万円と言うところか。

「ほ~」

「それに、なんだかんだ、ご機嫌を結ばなければいけませんから、倍はかかるかも知れません」

「ほう~そんなにかかるもんかぁ」

 などと、談笑していると、優斎の耳に外からの声が微かに飛び込んだ。

 優斎には浩太郎に、

「浩太郎さん。誰かお見えの様ですよ」

と言われ、

「え? うち? そうかい?」

 言いながら立ち上がり、戸を開け、

「桜田はこっちにおるよ! どなたじゃ?」

 すると、

「あ。そちらでございましたか」

 と、笑顔で男が近づいてきた。

 浩太郎は、その顔を見て驚いた。

 なんと、平川門の警護をしている知り合いの若侍だった。

 それで、何か尋常では無い事が想像出来る。

「おう! そなたではないか、わざわざこの様な所へ。いかがしたのじゃ?」

 浩太郎は少々緊張の顔で、その男の前に出る。

 すると、その男は、懐から書状と包みを浩太郎に渡しながら、

「おみよ様から、至急との事で、頼まれました」

「何、至急じゃと?」

 浩太郎は、包みを脇に、早速書状の中身を見て、驚愕した。

「誠かこれ?」

 と、その男に聞くが、しかし、男は何も知らないから、多少慌て、

「私は何も聞いておりませんので、何の事やら……」

 浩太郎は、

「大奥で、賊が二人押し入ったそうじゃ」

 男は途端に、驚愕の顔になる。

「ま、誠にございますか?」

「うん。そうらしい。そなたが知らんという事は、まだ内密のことらしい。そなたも早く戻りなさい。あるいは留守居あたりからお頭に指示があるかも知れん。もし知らなかったら、北町の桜田から聞いたと報告しなさい。それはそれで大事な事じゃ」

 目を大きくして驚いている若侍。門番の彼に取っては一大事。多少震えながら、

「し、承知致しました。あ、あの桜田様。おみよさんから、駄賃ということで一分頂いたのですが、これは……」

 それには、浩太郎も大笑いだ。

「大丈夫だよ。貰っときなさい。ちゃんと仕事しているんだから。どうせ、大奥の金だしな。それより、今後の事よろしく頼む」

 と、頭を下げる。

 男も深く頭を下げ、慌てて、平川方面に走り去った。

 苦笑いで、浩太郎はその場で、改めて書状を読み、包みを開いた。

 これには、更なる衝撃が浩太郎に降りかかった。

「これは……まさか……」

 とりあえず、浩太郎は優斎の前に戻り、書状を優斎に渡す。

「見ても良いので?」

 の言葉に、浩太郎は深く頷く。

 読んだ優斎も、当然、驚愕だ。

「とうとう……恐れていた事が……」

 続いて、優斎に包みも渡す。

「わかるかい?」

「こ、これは~」

「さすがに、あんたにも分かるか」

 優斎は頷き、

「分かりますよ。しかも記憶に間違いが無ければ、これは伊賀……」

浩太郎は俯いて頭を掻き、

「そうなんだよ。恐らくな。しかし、どうしたもんだか……」

 先の絵が浮かばないようだ。浩太郎は優斎に、

「さすがに伊賀なんぞ、どこに当たれば良いか分からんし、どうすれば良いと思う? 先生」

「そりゃ、浩太郎さん。まず遠山様に直接ご相談するしかございますまい。今日は医者も休んで、私も付き合います」

「本当かい? そうだよな。それしかないわな。しかし良いのかい? 休んじまって」

「大丈夫でしょう。替わりの医者もいますし。いや、それよりも何よりも、我が主君の官位昇進の推薦をして頂く以上、動かねばなりますまい」

 浩太郎は笑って、

「今や家臣でも無いのに大変じゃな。でも助かるよ。さすがに伊賀は油断ならんからな」

 すると、優斎も顔をほころばせ、

「実のところ、有名な伊賀ってのも一度見てみたいってのもありまして……」

 二人は大笑いし、優斎は刀一本刺し、浩太郎は佐助を呼んで、三人で早速、遠山の屋敷に出掛けて行った。


 さて、遠山の屋敷に通された二人。本人の前で深く頭を下げる。

「おや? そなたは」

 と遠山は、浩太郎はともかく、優斎に少々驚いた。

 優斎は、浩太郎より先に、

「お初にお目にかかります。遠山様。私は医師、優斎にございます」

 遠山は、思い出したらしい。

「おお、剣術使いの」

 それには優斎も笑い、

「遠山様、とりあえず医者ということで……」

 と少し笑い、

「此度は、遠山様のおかげにて、我が主君の官位昇進のお声を掛けて頂いたそうで、伊達家を代表し、御礼申し上げます」

 優斎は、深く平伏した。

 しかしそれには、遠山も声を上げ笑い、

「あれは、わしじゃないぞ。姉小路様の気が向いたからじゃ。わしに気を遣わんでも良い。しかし浩太郎。先日の報告書は良かったな~。けいと一緒に大笑いしたわ」

 浩太郎も情けない笑顔で、

「誠に失礼な事で。遠山様にもご迷惑をお掛けし、誠に申し訳なく」

 遠山は手を振り、

「よいよい。しかし、あの留守居がの~。人は見かけによらぬとはこの事じゃ」

 と、暫く笑っていたが、その内、真面目な顔に変わり、

「とは言え、今日は少々、違う様じゃな」

 浩太郎は、深く頭を下げたあと、立ち上がり、側に座り、おみよの急使の書状を直接、遠山に渡した。

 頷いた遠山は、一読し、途端に頭を抱え、

「まったく、お華は次々、色んな事送ってくるな」

 と、苦笑いだ。

 浩太郎も同じく苦笑いで、

「誠にもって。そして、さらに襲ってきた者が撃ち放ったものが、これにございます」

 渡された、手裏剣を見て、

「なんと!」

 さすがに遠山も驚愕した。

 浩太郎は、頭を下げながら、

「いかがしたらよろしいでしょう。この様な事は全く経験がございませんし、どこから手を付ければ良いのか……」

 それらを下に置き、遠山は腕を組んで、目を閉じて考えている。

 浩太郎と優斎は、静かにそれを見詰めている。

 やがて、遠山は目を開く。

「浩太郎。これはあまり時間はかけられぬ。遅くなればなる程、手に負えないような事態になりかねん」

 浩太郎と優斎は、深く頷く。

「これは、一挙に、伊賀の親分の所で談判するしかあるまい」

 浩太郎は少々驚き、

「伊賀の親分にございますか」

「そうじゃ。当代、服部半蔵じゃ」


 この名前には、浩太郎も優斎も驚いた。

「そのお名前。まだ続いているので……」

 という浩太郎の言葉に頷き、遠山は、

「あれは一度、奉行の折に一度会うた事がある。挨拶に来ての。面白い爺さんだったが、さすが隙の無い奴じゃったわ。これに聞くしかあるまい。もしや、ご謀反のお積もりか? とな」

「む、謀反にございますか?」

「まあ、わしも、まさかそんな積もりは無いと思うが、しかし考えておらんとも断言出来ぬ。まずこれを確かめねばならん。浩太郎。危険は伴うが、そなたの才覚で、何とか、事を丸く納めよ」

 浩太郎は、困った様な顔で、

「丸く納めるのでございますか」

 遠山は頷き、横の優斎に、

「そうじゃ。これを間違えると、どうなると思う?」

優斎は頷き、

「まず、血を血で洗う結果になるでしょう。いや、そうせざるを得なくなる。ここが肝心です」

 浩太郎も、おいおいと言いながらも、他に選択肢が無いのは分かっていた。

「……はい。承知致しました」

 続いて手配など、少々相談し、

「わしからも、留守居の隠居殿に手紙を出しておこう。頼んだぞ」

「はい、万事承知致しました」

 すると遠山は笑って、

「しかしな、何とは言っても、忍者屋敷じゃ。油断するなよ」

 それには浩太郎も笑い。

「脅かさないで下さい。殿」

 そして二人とも挨拶し、遠山家を後にした二人であった。

 

四谷の先。

 その名も伊賀町。

 伊賀同心など、多数が棲む地域である。

 遠山が教えてくれた通り、大通りにある、油屋。

 名前もそのまま「伊賀屋」 の暖簾が見えてきた。

 変わった店構えらしい。と遠山が言う通り、早速中に入ると、屋敷の大きさに比べ、油屋自体は、かなり小さな作りであった。

 佐助は、近くの茶屋で待つよう頼み、二人は店の前まで進んだ。

 要するに、店より、住居部分がかなり広い屋敷だった。

 店の若い男が、

「何かお入り用で?」

 と、作り笑いで、声を掛ける。

 浩太郎は手を振り、

「すまぬ。買い物ではないのだ」

そして、

「この様な格好だが、私は北町奉行、町廻同心、桜田浩太郎。そして優斎と申す医者にござる。大目付、遠山様のご紹介により、まかり越した。お手数であるが、こちらの服部半蔵殿にお目にかかりたい。急ぎ、お取り次ぎ貰えないか」

 途端にその者は、打って変わって、警戒感が露わになった。

「北町のお役人様?」

 浩太郎は、首を振り、

「本来はそうなのじゃが、本日は奉行所というよりも、大目付様の御用という事じゃ。大至急、ご相談したいことがあっての。どうか、お取り次ぎ願えないか。見ても分かるとおり、我らの他は、従者が外に一人のみじゃ」

 店の男も伊賀の者。その辺は既に察しが付いていた。

「分かりました。只今、主にお聞きして参りますので、暫くお待ちを」

 と、早歩きで店の奥、住居部分に消えて行った。


 後ろで立って居た優斎は、

「こんな屋敷の作り、初めて見ましたよ」

 と少し、興味が湧いた様だった。

 浩太郎は小声で、

「わしもじゃ。それに、あちこちから気配を感じるよ」

 と笑う。

やがて、先程の男が戻ってきた。

 さすがに、商売人とは違う、殺気に近いものを漂わせていた。

「頭が、お会いなさると仰っております。ご案内致しますこちらへ」

「済まんが、お頭はともかく。そなたらはまだ、信用している訳ではないので、帯刀で伺います」

 と頭を下げた。

「承知しました」

 と、二人は、男に続いて入って行った。

 やがて、居間とも言えぬ、少々小さめな庭に面する部屋に通された。

 二人が入ると、後ろの障子がピシャと閉じる。

 頭というよりは、これこそご隠居という風体の老爺が、姿勢正しく座っていた。 とりあえず礼をした二人は、刀を右に置き、並んで座った。

 右に刀を置くのは、敵意が無い。と言う意味なのだが……

 浩太郎が、少々大きい声で言い放った。

 優斎は、(気づいたか……)と僅かに笑う。

「後ろの方! まだ何も話しておらぬ。お頭大事は分かるが、刀を抜いて、後ろに立つのはお止め下さい」

 そう、閉められた障子の向こう側に、今にも攻め込もうといった男が、慌てた。 

 そうなると仕方が無い、障子をパシンと開け、飛び込もうとしたところ、浩太郎の右腕が動いた。

 鮮やかな早さで、刀から小柄を抜き、そのまま後ろに放った。

(さすが、お華さんの兄さんだ)

 優斎は思わず笑ってしまった。

 そしてその小柄は、一歩、中に入った男の鼻先を抜け、障子横の柱に突き刺さった。

 男は思わず、立ち止まる。

 お頭の老爺は、それを見て、「ほう~」と笑った。そして、

「これ! まだ何も話しておらぬのに……。そなたでは相手にならぬお方の様じゃ。下がりなされ」

 しかし、浩太郎は、

「お頭様。皆様のお気持ちはよく分かります。どうせなら、あの辺の……」

 と、天井を指さしながら、

「方達、ご一緒に私の話をお聞き下さいましょう。いずれにしてもお願いしたい事もございます」

 といって、深く頭を下げた。


 許可を貰ったそれらの者は、些かバツが悪そうな顔で、部屋に、静かに飛び降り、

 頭の横に並んで座った。

 先程の男が、頭を下げながら、浩太郎の小柄を丁寧に返す。

 浩太郎は和やかに、

「ここまで皆様揃って下さるなら、取り立てて危険も無いでしょう。私も遠山様から、忍者屋敷だから覚悟せよ。などと脅されましたから。これで少々、安心致しました」

 それには、お頭は大笑いし、他の連中も軽く笑う。


「さて、ご挨拶もまだでした。私は、北町同心、桜田。そして」

 横に手をやり、

「こちらは、八丁堀の医者、優斎。元伊達家の者にございます」

 と、二人とも頭を下げる。

 すると、老爺も、

「私は、この伊賀町の長、当代、服部半蔵と申します。ご無礼の数々、どうかお許し下さいますよう」

 と、こちらも頭を下げると、下の者達も頭を下げる。

「して、此度は、どの様な御用件で」


 浩太郎は、フーと一つ息を吐き、

「それでは、お頭、皆様、単刀直入にお伺い致します。まずは理由を聞かず、お答え頂くと有り難いです。今、皆様は、お上に対し、ご謀反をお考えにございますか?」

「え?」

 単刀直入どころの話ではない。しかし浩太郎は、こうした場合、本心を問うのはこれが得策と考えたのかも知れない。

 当然、この質問には、二人の他全ての人間が驚いた様子だった。

 思っても見なかった質問だっただろう。

 お頭は、若干慌てた様子で、

「何を仰る、桜田殿。私共は、お城の警備も行っている者達ですぞ!」

 浩太郎は穏やかな顔で、

「それは私とて、存じております。ですから、余計に、何も聞かず、お答え頂きたいのです。私ども二人は、お答えによっては、討たれる覚悟もしております」

 深く、頭を下げた。

 頭の老爺も何か気付いたのだろう。

「なるほど、それをハッキリさせないと先に進めぬ訳ですな」

「ご推察通りにございます」

「では、お答えしよう。伊賀町、いや少なくとも私、服部半蔵にその様な気は全くござらぬ。お信じ頂きたい」

 その言葉を聞いて、浩太郎は、横の優斎の顔を見る。

 優斎は、大きく頷く。

 嘘は無い。と言う事の様だ。

 浩太郎は、これで本当に安心した気持ちになれた。


「お頭。私もまさかと思っておりました。しかし、この事まず、ハッキリしておかなければ、後が大変になりまする。例え、その気があったとしても、ここは田舎では無く、江戸の中、混乱が起これば、多勢に無勢にございます」

 回りの男達を、眺め、

「あなた方は、戦う男だから宜しいが、女子供は悲惨な事になる。本当に助かった」

 お頭はその言葉に、信用のおける男と思ったのかも知れない。

 穏やかな様子で、

「で、桜田殿。一体どういうことじゃ」

「はい。全て申し上げます。皆様方、本日昼、江戸城大奥に胡乱な者が二人、上﨟年寄、姉小路様の命を狙い入り込みました。この事、ご存じか?」

「なんと! 大奥に?」

 お頭は勿論、回りの者達も、驚きの声が広がる。

 そして、お頭は周りの者に、

「そなたらは知らんのか」

 と聞くが、首を振り誰も知らない。

「やはり。まあ、それは知らずとも良いのです。事が大きくなってしまう。しかし、問題は、その暗殺者二人にございます」

 お頭は、

「お、おう」

 と、些か動揺の様子だ。

 浩太郎はお頭の前に若干進み、周りの者に、目を配りながら、ゆっくりと懐から包みをお頭の前に置いた。

「これにて、命を狙った様です」

 お頭が、その包みを開いた途端、何とも言えぬ衝撃の顔が浮かんだ。

「こ、これで?」

 そう、礼の手裏剣である。

「私の記憶では、伊賀様方の手裏剣ではと存じますがいかが?」

 お頭はそれを隣に廻し、畳に両手を付いてガックリとした。

「これで、お分かりだと思います。何故、まず謀反の事聞いたのか……」

 すると優斎が、

「もう洗い落としておりますが、それには毒が塗ってあったようです」

 そして浩太郎が、

「実は、少し前から、菓子に毒や、着物に毒など、姉小路様の命を狙った様子が続いたので、私の妻。そして妹が、姉小路様の護衛に付いていたのです。すると、今度は、女中に紛れてのこの行い。幸い、その二人で、大事には至りませんでした。しかし、手裏剣の様な物が出てしまうと、伊賀の仕業かと言い出す者もあるでしょう。手裏剣を使ったからと言って、伊賀の者とは限りませんが、少なくとも、皆様は知らぬ事というのをハッキリさせたかったのです。どうかご無礼お許し下さい」 優斎は、全ての者の心臓の高鳴りが手に取るようだった。

 誰も、言葉が無い。

 それはそうだ、素直に捕まっても、伊賀の者が江戸城に命を狙って侵入では、全てが連座で打ち首、若しくは磔になることは必定。それには老若男女も関わりない。

 お頭は、ようやく落ち着いたようだ。そして、

「いや、この様な事、事前にお話頂き、誠にお礼の申し様が無い」

 と平伏した。

 浩太郎は、笑顔で、

「これで、まずお心を伺い、最悪の事態は防げました。本当に良かった。それでは次にございます。その二人の面体を改めて貰えませぬか。二人は捕らえ、お留守居に預け、見張りを付けております」

 それには、お頭が驚き、

「なんと。生きて捕らえておられるのか?」

 浩太郎と優斎は苦笑いで、浩太郎が頭を掻きながら、

「はは、妻と妹は、若干強うございます。若い女子を殺すまでの度胸はございません」

 それには、優斎が庭の方を向いて笑う。

「今すぐに、お確かめ下さい。留守居様と姉小路様には許可を既に頂いております。大目付様のご命令と、仰ってくだされ。そして、もしそうであれば、その者達を引き取って下さいませ。同時に江戸城にいる伊賀の者達にも動揺が起きないようご説明をお願いしたいのです」

 これには、総勢驚き、お頭は、

「なんと、引き取っても良いと。構いませぬのか?」

 浩太郎は頷き、

「本来ならば、直ちに叩き斬られてもおかしくはありませんが、今回はともかく、大事にはしたくないようです。こちら様にしても、サッサと引き取った方が得策にございます」

半蔵は頷き、横の三蔵を代表に、大八車で、急ぎ城に向かうよう命じた。

 三蔵は、この伊賀の二番目といった役目の男なのだろう。

 送り出した半蔵は、浩太郎達に向かい、

「此度の事。誠にかたじけなく存ずる」

再び言って、改めて、平伏した。

 浩太郎は笑い。

「恐らく、誰かに誑かされ、今回の事が起こったと我々は考えております。どうか、こちらも慌てず、やり返したいと思います。その為にはどうか、ご協力をお願いしたいのです」

 こちら二人も、頭を下げた。

 そして、浩太郎は席を離れ、佐助の所まで行き、遠山に報告の使いを命じた。


「しかし……」

 と、お頭もこの様な事は、何と言って良いか分からなかった。

 一人になった、優斎はお頭に、

「どうか、あの桜田殿、そして、大奥に居る者達にお任せ下さい。決して悪いようには致しませんでしょう」

 お頭は、優斎に、

「その、二人という女子はそれほどお強いのか」

 と、聞いた。

 事件は別として、少々興味を持ったようだ。

 優斎は笑い。

「そりゃ、強いの何のって。姉は小太刀。妹は手裏剣の名手と言って良いでしょう」

 それには、お頭も驚いた。

「何? 手裏剣? どこの忍びなのじゃ?」

 優斎は再び笑う。

「お頭様なら、そう仰ると思いました。しかし、どこという手裏剣ではありません。あの子の亡くなった父親が、教えてくれたそうです。その父親は、何でも甲州から伝わると申していたそうにございますが、本人達、そして桜田様も、首を傾げている有様で、実感が沸かないと言っております。さすがに昔の話、致し方ありません」

 しかし、お頭は若干驚愕の顔だ。

「甲州と言えば、信玄公の草の者、もしくはラッパしかいない。それが本当だったら、驚くべき事じゃ」

 と、首を捻る。



(3)


 さて、大奥に向かった連中だが、言葉の通り、伊賀というと直ぐ通してくれた。 そして、半蔵の名代で行った中頭の三蔵は、早速顔見知りの広敷頭取に会い、此度の事を説明すると、直ぐに通してくれた。

 広敷のやや奥、小部屋に、二人の侍と女が、廊下に座って警備している部屋に連れて行かれた。

 女は、おさよである。

 目の前にその者達三人が来ると、

「伊賀の方々で?」

 三人は、三蔵を先頭に三人膝を付き、

「左様にございます」

 と三蔵が答えた。

「では、奉行所同心、桜田の話はお聞きになったと言うことですね?」

「はい。その通りにございます」

「分かりました。私は桜田の妻にございます」

 おさよが、頭を下げる。

 三蔵達は驚き、

「あ、あなた様が……」

 と言ったが、おさよは、

「まあ、今はとにかく、皆様にご確認頂きましょう」

 おさよは、障子を開け、三人を中に入れた。

 すると、途端に、三人の中の一人、五平と言う男が、声を上げる。

「お、おかよ! お前は何と言う事を!」

 その、おかよと言う名の女なのだろう。

 娘は、顔を隠すように、前に泣き崩れる。しかし、口は閉じられ、腕は後ろ手なので、転がったようなものだが。

 三蔵は殴りかかろうとする五平を止め、

「今、その様な事しても仕方あるまい」

 とは言ったが、三蔵も動揺は隠せない。

 そして、五平も大泣きに泣き崩れる。


 その様子を見て、おさよは、

「申し訳ありませんが、彼女らは怪我をしています。お仕置きは既に受けておりますので、どうか我慢下さい」

 と微笑む。

 三蔵が、

「本当に連れて帰って、宜しいのでございますか?」

 と聞くと、おさよは頷き、

「既に、お許しは頂いております。どうかゆっくり連れて行ってくださいまし」

 優しく言ったが、その後、

「姉小路様のお沙汰を、私が変わって申し上げます。お聞き下さいませ」

 三人は、勢いよく平伏し、

「は、承ります」

「では、まずこの子達の処分について申し上げます。お上に対し大変なご無礼、極刑の所ではございますが、姉小路様のお情けにより、罪一等を免じ、今後、伊賀の忍びの仕事は一切罷りならんと言う事じゃ。つまり、今後は町娘として生きなさいということですね」

 三蔵は、目を丸くし、

「なんと! これは誠にありがたい御処分。三蔵。この者らの父母に代わり、有り難くお受け致します」

 父親の五平は、畳に頭を付け泣いている。

 そしておさよは、三蔵に対し、

「三蔵殿。城内の伊賀の者達も、さすがもう耳にしているのでしょう。動揺が見られます。どうか、そちらの者達に御説明をお願いします」

「承知致しました」

「それと、その者達に、この本城の警備を厳重にお願いしたい。同類の者を見張るなど気分の良いものでは無いでしょうが、こういった事は二度と起きてはなりません。お互いの為、どうか手配を。お留守居様からは既に、ご許可頂いております」

「なんの。当然の事にございます。至急その様に」

 そして、三人と侍一人が手伝い、娘達を部屋からゆっくり運び出した。

 その途中、おさよが二人の娘を止め、

「あなたたち。今後、あなた達の技は、両親兄弟、そして小さな子供達の命の為だけに使いなさい。分かりましたね」

 と、優しく諭した。

 口の帯を外された二人は、顔を手で覆い、涙で頷いた。


 そして、伊賀の町で待っている浩太郎達に、知らせの者、若い弥七が精一杯の駆け足で戻って来た。

 お茶飲んで、のんびりしている佐助の前を通り過ぎた。

「お頭! お頭!」

 と声を立て、彼は部屋に掛け入った。

「弥七! どうであった」

 お頭は、落ち着くように言いながら聞いた。

「へい。やはり、五平さんの娘がいました」

 早口で、半蔵に申し立てる。

 お頭は、両手を顔に当てて、

「やはりそうであったか……」

 と意気消沈と言った声を上げる。

 浩太郎も頷き、

「で、話通り、返して貰ったかい?」

 弥七は、浩太郎の方に向き、

「ありがとうございます。全て、仰る通りに。あの、奥様がお返し下さいました」

「そうかおさよが……それは良かった」

 浩太郎と優斎は顔を見合わせて、安堵の顔で頷く。

 お頭は改めて、

「桜田殿、今後の事だが……」

 それには、浩太郎は明るい顔で、

「なに、お頭。ここまで来たのなら、当面の御心配は要りません。どうか、その二人も優しく迎えてやって下さい。恐らく、今後、忍びの真似は出来ないと言われたでしょうが、その程度なら。それより、その仲間の者。何人居るのか分かりませんが、どうか、それらを見つけ出し説得下さいませ。誰に欺されていようと、こんな事で、全てを無くしてはいけません」

「承知した。本日より、探りを入れましょう」

 浩太郎は、弥七に、

「おさよは、何か言ってたかい?」

 弥七は頷き、

「はい。今後、お前達の技は、親兄弟、そして子供達の命の為に使いなさいと、娘達に言って下さいました」

 それには、浩太郎が笑い、

「それは、お華に言ってほしいよな」

 と、優斎に言うと、優斎は大笑いで頷いた。

「それでは、お頭。当面の危険は去りました。しかし、まだ安心は出来ません。どうか、今後ともよろしく」

 と、二人は頭を下げ、伊賀町を後にした。



(4)


 城方面に歩きながら、浩太郎は、

「先生、どうだった? あそこ」

 優斎は頷き、

「そうですね。色んな意味で驚きましたな。未だに服部半蔵を名乗って皆が慕っているなんて……」

 浩太郎もそれには頷き、

「誠じゃ。誠に面白いもんじゃ」

 と、なんだか憑き物が落ちたように、微笑む。

 そして、

「さて、まだこのくらいの時刻なら、平川に寄っていこう。先生も一言、言っといた方がいいだろ?」

「それはありがたい。会えはしませんが、お礼だけでも」

「そうだよな」

 と、二人は、まさしく平蔵門から左へ、平川門に向かった。

 すると、おみよが既に、平川門の小屋に座って待っていた。

 浩太郎は、手を上げ、

「おみよ、済まん。待たせたな」

「いいえ~」と言いながら、おみよが近づく。

 おみよは、浩太郎は当然ながら、優斎にも笑顔で、

「先生もやはりご一緒で。ご苦労様にございます」

 三人は、堀の上の橋で、門番に挨拶した後、

「おみよ。話は聞いている。色々済まなかったな」

「いえいえ、全て、奥様の御差配によるものでございます。私は話を聞いただけにございます」

「そうか、それでは伝えてくれ。外の警備は頼んだ様だが、中の警備も増やせと。あの別式女に、薙刀など持たせず、ただ歩いて監視せよ、とな」

 おみよは、頭を下げ、

「はい。承知しました。お伝え致します」

 すると、優斎が、

「おみよさん。それと我が、伊達の殿様の為に官位の件。誠に申し訳ない。関係無いのに妙な事させて」

 おみよは微笑み、

「よろしいのです。お華姉さんと相談して、お願いした事ですから。どうかお気になさらず」

「是非、姉小路様、もしくは綾瀬のお局様に私がよろしく言っていたとお伝え頂けますか」

 おみよは、頷きながらも、

「はい。それはよろしいのですが、お華姉さんが、もう、あっちこっちでお願いしてましたから、大丈夫なのでは……」

「え?」

 それには、二人とも驚いた、浩太郎が、

「お華が? おみよ、お華は誰にそんな事、言ってるのだ」

 おみよは、上を見上げて、口に指を当て、

「え~っと。お留守居の土屋様、小姓頭の高坂様、遠山の若様……」

「げ! 高坂様や若にまで?」

 おみよは頷き、そして、

「そして、大奥の一位様にも……」


 一位様とは、十一代将軍、家斉の御台所である。

 いわゆる天璋院篤姫より早く、将軍正室になった薩摩出身の姫である。

 この頃は、老後を静かに大奥で暮らしている。


 男二人は頭を抱え、

「あんの馬鹿!」

「一位様って、あのご先代将軍様の御台所様ですかぁ~」

 優斎は、顔に手を当て、膝を折って沈んでしまった。

 浩太郎は、額に筋を浮かべ、

「あいつは、信じられん! おみよ! そんなこと大ぴらにやったら、早くなるどころか、取り消されてしまうぞ」

 おみよは、笑い、

「姉小路様にも、そう言われて怒られてました」

「あったりまえじゃ!」

 そして浩太郎は、気の毒そうな顔で、優斎に、

「済まん。これで相当先になるようじゃ。先生からもお殿様にお詫び申し上げてくれないか」

 優斎は、ようやく立ち上がった。復活したようだ。

「おみよさん。さっきのお礼の言葉ですけど、いろいろご迷惑お掛けしているようで誠に済みません。と、付け加えて下さい」

「はいわかりました」

 と、おみよは、飛ぶように大奥へ戻って行った。

 残った二人も、帰宅へと進むが、

「浩太郎さん。お腹減りましたね」

「そうじゃな、今日は昼抜きだったからな」

 二人は、途中の居酒屋に入って、小上がりに席を取った。


「いや~、先生。本当に申し訳ない。あの馬鹿は、妙に張り切ってしまって……」

 優斎は手を振り、

「気にしないで下さい。多分、無しって事にはならないでしょうから」

 と笑う。

 酒が運ばれ、二人で呑み始めると、優斎は、

「でも、よく考えると凄いですよ、お華さん」

「え? そうかい?」

「だって、一位様から、江戸城お留守居、小姓頭まで、声が届くのですから。私から見たら驚異なことですよ。しかも残るのは、将軍様ですからね」

 浩太郎もそう言われると、さすがに頷き、

「本当だよ。俺でさえ、その誰にも、まともに話すことも出来ないからな」

「まあ、うちの留守居にも言っときますよ、お華さんにお願いすると、いきなり上に行ってしまうと」

 二人は大笑いで、酒を呑み、そして豆腐の煮物や、小魚を焼いたものに箸を向ける。

 すると、浩太郎は、その箸を止め、優斎に、

「先生。今後どうなると思う?」

 さすがにそれには優斎も難しい顔になる。

「そうですね~。もう出せる手は出してしまった様ですし。手の出しようが無いと思うのですがね」

「そうだよな。今さら、大勢で大奥に乗り込むってのも無理だよな」

 優斎は頷き、

「その警備を伊賀がやってますからね。戦国の頃なら何でも有りでしょうけど、今のこの世に、知ってる顔を蹴散らして入り込むって、やりにくいと思いますよ」

「う~ん。そうだよな~」

 優斎は、横目で、

「浩太郎さんには、黒幕が誰か、大方分かってますよね」

「そうなんだが、何故そうなのか見当がつかんから困っているのさ」

 優斎は、猪口の酒を、ゴクッと飲み、

「私はね、浩太郎さん。些か筋が見えてきましたよ」

 浩太郎も酒を飲み干し、

「え? それは一体?」

「浩太郎さんの言う黒幕だとしたら、まず、姉小路様を亡き者とする。そして伊賀の集団を欺して、騒ぎを起こさせ、自らがそいつらを捕まえ、問答無用で殺してしまう」

「ど、どういうことじゃ」

 浩太郎は、顔を前に出し、優斎の言葉に耳を傾ける。

「つまりですね。自分に不利な事を言う大奥の女を殺しといて、次にお城で騒ぎを起こさせ、自分で納めて、将軍様に認めさせる。そうすれば、これまでの事はどこかに行ってしまい、へたすると将軍様の危機を救った功労者として、自分の地位も安泰。という訳です」

 浩太郎は、聞けば聞くほど怒りが込み上げて来た。

「なるほど、それなら筋は通るな」

 しかし、優斎は大笑いで、

「ところが、そこに思いも寄らぬ邪魔者が入って来た」

 それには、さすがに浩太郎にも分かる。

「お華とおさよか……」

 優斎は嬉しそうに笑い、

「これには驚いたでしょう。全て、台無しにしましたからね」

 二人は、嬉しい訳ではないが、どうしても大笑いしてしまう。

「そうだよな~。とても予想してないだろう」

 優斎は頷き、

「では、どうするかです」

 ん~と唸りながら、浩太郎は、豆腐を食らう。

「そうだな……」

「まあ、一遍に城に攻め込むしかありませんけど、まさかね」

「それは俺も思う。まあ、何があっても良いように見張りを増やすようには言ったが……」

 優斎は心配そうな顔で、

「さすがに、あの二人でも、大勢の伊賀者は荷が重いでしょうし」

 しかし浩太郎は、ニヤリと笑う。

「普通はな。しかしおれも今日、伊賀の屋敷に行って、分かったんだ。あれが上の者なら、それに続く者では、あの二人には到底勝てん。何人居てもな」

 優斎はそれには驚いた。

「え? 本当ですか?」

 浩太郎は大きく頷き、

「先生も見たこと無い、本気の彼奴らなら、問題無いと思うよ。そんときは一緒に見に行こう。興味あるだろ」

「そりゃもう。へぇ~まだ何か隠して居たんですか」


 酒も食べ物もどんどんやって来る。

 浩太郎が、

「ようやく、落ち着いた。さて、先生。いや優斎さん」

 些か妙な言い方の浩太郎に、

「何です? 浩太郎さん」

 浩太郎は、手を口に当て、いきなり、

「優斎さん。お華を嫁に貰ってくれないかな?」

 と頭を下げた。

 突然の、全く違った話に優斎は驚き、そして落ち着かなくなってしまった。

「お、お華さんですか? そ、そりゃ私は次男だし、家も出てるから、問題は全くありませんけど……お華さんが、どう思うか……」

 と、優斎は逃げるように言ったが、浩太郎は笑顔で、

「だってさ、おさよに聞いたら、お華ちゃんは先生大好きよ。とか言ってるし、おみよに聞くと、姉さんは先生一筋ですよとか言うからさ。まあ、ああいう奴だから苦労掛けるとは思うけど、あんたさえ良ければ、考えてくれよ」

 珍しく、言葉を失う優斎。困った顔で下を向く。

 そして、やっと、

「お華さんが良いのなら……」

 と、やっと言えた。

「良し! 決まった」

「し、しかし浩太郎さん……」

「あはは、まあ今回の事が納まって落ち着いたらな。心決めといてくれよ、優斎さん」

「はぁ~」

 さて、この話どうなることやら。



 ~つづく~

 警備が厳重……と、お華も浩太郎共に言ってるが、実は大奥。

 長い歴史の中、妙な闖入者が、結構居たようです。

 確かに城の周りは、伊賀者は勿論。お庭番などの他、七の口には、立番も居たので、話だけなら確かに厳重です。

 ですが、酒に酔った侍や、痴呆症の老武士。何だか分からない町人など、監視の目を掻い潜り(もっとも、本人にそんな気は無い)御殿向にニコニコ座っていたなどの珍事もあり、大騒ぎになる事も結構あった様です。


 さて、今回はとうとう、「影の軍団・服部半蔵」の登場です。

 しかしながら、さすがにドラマの様な、天魔覆滅と言う訳にはいかず、ギリギリの位置での登場になりました。

 個人的には、あのテーマ曲が好きでしてね(笑)


 伊賀も甲賀も、江戸時代の終焉と共に消えて行くわけですが、甲賀は、戊辰戦争に参加し、官軍として、その能力の高さを見せつけます。

 しかし結局、それは何の効果も意味も無く、終わってしまった。

 一方、伊賀は、そう言った戦争には一切参加せず。武士の終焉と共に、素直に歴史の中に消えて行きました。

 まるで、時代に溶け込むように。

 少しですが、お華との関わり合いを色々想像して、楽しんで下さい。


 次回は、話も最高潮に達します。

 よろしければ、またお読み下さい。

 ありがとうございました。

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