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お華の髪飾り  作者: 本隠坊
14/37

⑬お華炎の舞(前編)

「先日は、ご苦労だったな」

 すみやの、小上がりで、浩太郎は、羽織を脱いだ同心姿。

 お華と差し向かいで座っている。

 お華は、今のところ開店休業。

 この日も、浩太郎に従い、深川の見廻りについていた。

 奥の横には、従者の佐助。

 すると、小上がり横に立っている、平吉が、

「何を仰います。あの程度の働きで、お千代に、(しち)()(さん)の着物買えるまでのご褒美を頂戴致しました。本当に、申し訳ない事にございます」

 すると、そのお千代が、その帯解きの着物で、階段を降りてきた。

「お姉ちゃん。どう? 似合う?」

 邪気も微塵も無い笑顔で、お華に聞く。

 お華は微笑んで頷き、

「うん。よく似合うよ」

 優しく、お千代に声を掛ける。

 浩太郎も頷いて、

「そうだ、立派な娘になったな」

 その言葉に、平吉と、おてい共々、頭を下げる。

「いいんだよ。な、お華。」

 酒を呷りながら、お華も上機嫌で、横にチョコンと座るお千代を眺めながら、

「ほんとよ。お千代ちゃんも無事に育って、良かったじゃない。たださ、ご時世だから、あんまり良い着物選べなかった。ごめんなさいね」

 おていは、即座に、

「何をおっしゃいます。深川のお華太夫様に、自ら選んで頂いた着物にございます。それだけで充分にございます」

 そして、

「誠にありがとうございました」

 嬉しげに、そして幸せそうに言う。

 すると浩太郎が、

「ほら、あんまりお華にお礼なんて言ってると、芸者にされちまうって言ってんだろ」

 すると、お華はこれも即座に、

「しないって言ってんでしょ!」

 怒った声で言う。

 それには、みんな大声で大笑いだ。

 すると、浩太郎は、お華に、

「お前が助けた、あの親子。本所のお屋敷で、仲良くやっているようじゃ。それに、あの母親の奉公も、意外によく気が付く働きようで、奥方様も満足のご様子だそうな」

 お華は、それには更に嬉しそうに、

「それはよかった……もう、問題はないわね」

 と、胸を押さえる。


 さて、ここまでは良かったが、浩太郎は、些か暗い顔に変わる。

「ところでな。どうもあの寺。取り壊しになるようじゃ」

 目白の感応寺の事だ。

 これには皆驚いた。

 特にお華は、中にも入っているから、

「取り壊し? あんな大きい寺を? だってあれって、ついこの間、出来たばかりじゃないの?」

 そう。感応寺が創建されたのは、天保七年。

 ほんの五年前の事だ。

「俺にもよく分からん。金が無いって、ご改革を始めたばかりなのに……なあ、平吉」

 平吉も、首を傾げ、

「壊すのだって、あれだけの大きさでございますから、相当の金額が、かかると存じますよ」

「そうなんだよ。どうも、やってる事が支離滅裂じゃ。金が無いからって、祭りが、中止されたばかりだってのに、一体どうしたいんだか……」

 と、浩太郎は、否定的な笑いを浮かべる。

 

 さて、一息ついた三人は、店を出る。

 今日は、置屋の女将、お吉も、八丁堀の屋敷に来ている筈なので、少々早めだ。

 しかし、店を出て、鳥越の橋を渡っていた時。

浩太郎は、ふと、厳しい目付きになった。

 そして、指をちょっと舐め、風向きを調べる。

 立ち止まって、妙な様子の浩太郎に、お華は、

「なに? 兄上」

 浩太郎は、顔を上げ、

「何か匂わないか?」

 二人は、あわてて、同じ様に、辺りを嗅ぐ。

 すると、二人とも顔色を変え、

「これは……」

 佐助が呟くと、お華も、

「か、火事よ!」

 目を大きく開ける。

 さすがに江戸の人間は、火事には敏感だ。

 頷いた浩太郎は、佐助に、

「すみやに、家事だと知らせろ!」

「へい」

 すぐに走らせた。

「俺たちは、現場に行く」

 大声で言い残し、匂うと思われる方向に、急いで立ち去った。

 すみやの平吉に知らせ、すぐ折り返し、追いついた佐助とお華に、

「おい、どの辺だと思う?」

 お華が、叫ぶ。

「これは、両国橋の辺りじゃない!」

 これには、佐助も頷く。

「よし! 急ごう」

 やがて、両国橋西詰を越えた頃に、騒ぎが大きくなってきた。

「まだ先だ!」

 浩太郎の声。

 もう、夕刻になりかけているからか、その先に、三人にも、炎と煙が確認出来た。

 あたりでは、半鐘の乱打。いわゆる擦半鐘が、鳴っている。

 そして、人形町周辺に到着すると、三人は、立ち止まった。

 既に、火消しも出ていて、建物を破壊しに向かっている。

 この時代、火消と言えば、破壊消防だ。

 他の火消しも、風下に向かい、列を組んで走っていく。

「旦那様! 煙が上がっているのは、葺屋町、堺町あたり……こ、こりゃ芝居小屋?」

この頃、葺屋町には市村座。堺町は中村座があった。

 浩太郎は、驚愕し、

「芝居小屋だと?」

 そして、間髪入れず、

「よし、お華と佐助は、あっちの小屋! 俺は、むこうの小屋を調べる!」

 二手に、分かれ走り出した。

 お華達が向かったのは、中村座だった。

 その日、芝居はやっていなかったので、正面は閉まっている。

「佐助さん、裏口は?」

「確か、あの壁を沿っていけば……」

 そう言って、指差す。

「わかった! 急ぐわよ」

 二人は、また走り、二つ目の角を曲がったところで、お華と佐助は、急に立ち止まる。

 侍らしき二人組が、小屋の裏側から、現れたところに、ちょうど出くわしたのだ。

 お華は、とっさに大きい声で、

「待ちなさい! あんた達は何!」

 突き刺すように、声を飛ばす。

 その、侍達はその声に、一瞬止まり、振り返った。

 両方とも、頭巾を被っていた。

 その二人組は、慌てた様子で、再び、逃げに入った。

 一連のその様子で、火付の下手人と確信したお華は、

「待ちなさいって、言ってんでしょ!」

 素早く、簪を二本、投げ打った。

 さすが、お華。

 しかし、それは見事に、双方背中へ当たったものの、そいつらは、それにもめげず、走って逃げている。

 さすがにお華の簪も、逃げる相手に打ったのでは、威力が半減してしまう。

「この~」

 更に怒り、走りながら再び投げ打とうと思った、その瞬間。

 横の、奥の方と思われる所から、佐助の声が飛んだ。

「お嬢様!」

 同時に、小さな女の子の声で、

「お兄ちゃん!」

 泣き声の様な、大きな叫び声が、あたりに響き渡った。

 お華は、下手人を諦め。すぐに、そちらへ向かう。

 どうやら、そこは芝居小屋の、いわゆる楽屋口の前である。

 走って、女の子に近づき、

「ど、どうしたの?」

 女の子の前に膝を折り、目を正面に見ながら、話を聞く。

 すると、その子は、燃えさかる建物の中を指差し、

「お兄ちゃん、私を逃がしてくれたんだけど、お兄ちゃん、足が挟まって~」

 と、泣いて訴える。

 佐助が、横から、

「兄さんが、一人でか?」

 泣きながら頷く、その子供。

 佐助は、頷き、

「旦那様~!」

 と、空に向かって、大声で叫んだ。

 すると、お華が、左右に首を振り、

「よし!」

 道端にある、消火の為に備えている、積み上げられた水桶。

 火消し桶に走って行った。

 すぐに、桶で二杯、頭から一気に被る。

 そしてお華は再び、楽屋口に向かっていった。

 しかし、それを見た佐助が、サッと、お華の袖を掴み、

「お嬢様、それなら私が」

 慌てて、引き留めて言ったのだが、お華は水滴を垂らしながら、

「この子を見ていて、そして兄上を!」

 袖を振り切り、小屋の中に入っていった。

 佐助は、妙な悔しさに包まれながら、子供の手を握り、俯いた。

 しかし、すぐに顔を上げ、両手を口にあて、もう一度、今度は自分の精一杯の力を込め、浩太郎を呼んだ。

「旦那様! 旦那様!」

 浩太郎はその時、反対側の小屋を、走って確認していたが、

 突然、佐助、渾身の声が、耳に突き刺さった。

「佐助?」

 立ち止まった浩太郎は、即座に、お華達の方に駆け出した。


 一方、中に入ったお華には、倒れている子供が、先の方で目に入ったが、

焼けた柱や板が、次々に、行き手を阻む。

 中村座とは言っても、その頃は、丸太と藁で作られた、所詮は荒ら屋。

 焼け落ちるのに、それ程の時は要らぬ。

 お華は、自分の集中力を最大限に高め、まるで舞う様に、それらを避け続けた。

 しかし、確実に少しずつ、子供に近づいていく。

 そんな時、ようやく浩太郎が、裏口に辿り着いた。

 佐助が涙顔で喜び、「すみませんお嬢様が……」と、

 怒濤の様な早口で、状況を説明する。

 浩太郎が頷いた時、佐助と一緒にいる小さな娘が、

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

 大きく、泣き叫ぶ。

 浩太郎は、一瞬で状況、いや、お華の気持ちが理解出来た様だ。

「馬鹿野郎、無茶しやがって! 佐助、気にすんな。あいつじゃ、俺が止めても一緒だよ」

 少し笑いながら、楽屋口入り口から、腕を額の上に置き、中の様子を見る。

 楽屋口といっても、大道具などの出入り口なども兼ねている為、中も外も広い。

 お華が、立ち上る煙と炎の中、踊る様に、子供の方に向かっているのが見えた。

 その時だった、お華の目前。子供の上に、焼けた柱が、炎の尾を引きながら、落ちてきた。

 それに気が付いたお華は、素早く一本、簪を打つ。

 その焼けた柱は、少し、落下がずれ、子供の横に落ちていった。

 そしてお華は、ようやく子供のところに、辿り着く事ができた。

 その子の様子を見て、お華は目を大きく広げた。

 なんと、その子は、顔だけは手で包むように火を防ぎ、俯きに寝ていた。

 お華は、僅かな笑みを浮かべ、

「さすが、芝居小屋の子ね!」

 と言いながら、すぐに、その子の足に落ちていた柱を、燃えていない他の柱を使い、いわゆる、テコの原理で、何とか外した。

 そして直ぐさま、

「逃げるわよ!」

 と、叫んだお華は、素早く抱き上げた。

 その子は、手の中で、嬉しそうに、

「あ、ありがとう」

 しかし、お華は、

「行きは良い良いよ」

 などと、言いながら、真剣な顔になる。

 それを見ていた浩太郎は、

「よし! 後は帰りだけだ」

 燃えている、上の状況を気にしながら、叫ぶ。

 佐助と、その小さい娘も、声を上げ、嬉しそうに手を叩く。

 だが、お華の言う通り、帰りはもっと、大変な事態だ。

 火柱は、彼方此方に散乱し、まだ上から、火の粉が、まるで雨の様に落ちてくる。

 お華は、更なる大きな動きで、それらを避けていく。

 まさに、炎の舞だ。

 抱かれている子供は、目を大きく見開き、

 その動きの、あまりの美しさに見惚れ、指で顔を隠すのも忘れている。

 浩太郎も、それを見て一瞬笑い、

「あいつめ……」

 と、言いながら、上を見ると、顔色が変わった。

「あれが落ちてくる!」

 大きく叫んだ。

 とっさに、浩太郎は頷いた。

「二人とも、離れてろ!」

 側の佐助達に、叫んだ時、その火柱は落ちる寸前だ。

 あのままでは、お華の頭に当たるかも知れない。

 それぐらい大きな柱だ。

 浩太郎は、小柄ではなく、脇差を鞘から抜き打ちの様に、渾身の気合いの声と共に、落ちてきた柱に向け、下から上へ投げ打った。

 それは、亡き父親から譲り受けた、脇差であった。

 炎を断ち斬る早さで、脇差は突き進む。

 すると、

「がーん」

 と、大きな音を立て、その火柱にぶち当たった。

 まるで、父の形見が、お華の命を守るように、一瞬の制止の後、

 その柱は、お華の両側に落ちていった……様に見えた。

 その音と振動で、若干身体を崩したが、お華の舞は続く。

 やっと、出口近くになると、お華は子供を抱きながら、最後の疾走だ。

 浩太郎も同時に、それを迎えに、懸命に走る。

「よくやった!」

 と、叫びながら、二人と子供を引っ張り、ようやく外へ逃げた。

 妹の小さな女の子は、半狂乱とも言える声で、寝かされている兄に抱きつく。

「触っちゃだめよ。お兄ちゃんは怪我をしてるから」

 しかし、言ったお華は、地面に蹲る。

 その様子を見て、浩太郎は、

「おい、あの柱に当たったんじゃないか?」

 大声で聞くと、お華は、情け無さそうな声で、

「ちょっと、背中が……」

 言いながら、完全に横になってしまった。

 浩太郎は佐助に、早口で、

「この辺の、大八車。一台借りてきてくれ、優斎先生の所へ運ぶ」

 言われた、佐助は直ぐさま駆けだした。

「しっかりしろ!」

 と、言ってる間に、火消し達も、遠目に集まってきて、助かった二人に歓声を上げる。

 そんな中、しばらくすると佐助が、どこかから調達した大八車を、走りながら、懸命に引いてきた。

「旦那様~!」

 そばに来た大八車に、

「お華と子供を乗せろ!」

 二人はまず、子供を俯せのまま、最初に載せる。

 そして、お華には両方から肩を貸し、同じ様に大八車に乗せる。

 その時だった。

 小屋の全てが、燃えながら、大きな音を立てて、ガラガラと潰れていった。

 とっさに佐助は、小さい娘を庇い。

 浩太郎は、大八車に素早く載って、二人に覆い被さった。

 幸運な事に、そこには何も落ちてこなかった。

「大丈夫か! 佐助!」

「大丈夫にございます!」

 無事を確認すると、

「それじゃ、いくぞ!」

 浩太郎が前。佐助が後ろから、大八車を押していく。

 辺りで作業していた、火消し連中に大声で、

「俺は北町の桜田だ! あとは頼む!」

 と、叫びながら、そこから離れていった。

 すると、浩太郎が大声で、

「佐助! 俺がこのまま押していくから、お前は、八丁堀の優斎先生に、この事を大至急、お伝えしろ」

 佐助は、大きく頷き、

「委細承知しました!」

 大八車を離れ、まるで稲妻の速度で、駆け出して行った。

 殆ど、手伝う事が出来なかった佐助は、ここが出番と一気に突っ走る。

 浩太郎は、小さな娘に、

「お前さんは一緒に、兄ちゃんを医者に運ぶんだ」

 娘も可愛く頷き、大八車を押す。

 だが、幼い娘だから、触っているだけに過ぎなかったが、彼女にしたら、身体全体の力で、押している積もりであった。

 お華は、隣で寝ている子供に、

「あんた! 大丈夫?」

 自分の事より、そちらを気にしながら、運ばれていく。


~後編につづく~


申し訳ありません。

書き直しました。

すみませんでした。

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