最強すぎる彼女たち_Ⅰ
「今日のアイスはバニラの気分だ」
「ソーダ味のアイスを銜えながら言うんじゃねえよ」
ヴィオの中から取り出したノイズから、そんな会話が聞こえた。話をしているのは、僕の兄である蜜音と真桐である。
ノイズを出した時秋名は一瞬驚いたが、すぐに無表情へと戻る。
ノイズの中の二人は、アイスを食べながら樋代家へ向かっているところだ。きっと、蜜音の片手にかけているビニール袋にも、アイスが入っているのだろう。寒くないのだろうか。まだ、そんなに夏ではない。
「どうせだから、観戦しようじゃないか?」
「好きにすればいいわ」
力を使い、その場から動かずに秋名と僕と、あと二つの槍にイスを用意してやれば、全員が素直に座ってくれた。僕って気遣い屋だろう?
無表情で座る秋名は、余裕綽々のようだ。
ノイズに、目を向ける。
歩いている二人の後ろから、蠢く二つの影。ふむ、二人でいることは予想済みのようだ。まあ、毎回、会うときいつも二人でいれば、大体予測はしていたのだろう。
バッと出てきた二つは、勢いよく二人に襲い掛かる。見える黒髪と面を見る限り、東城大地と狐面のあの神だろう。
そして襲おうとしている一柱と一人に――――二人は振り返らなかった。
秋名が鼻で笑った。心配して損したわ、という少し弾んだ声。
ひなつが構え初め、白夜が眉を顰めた。
僕は――――相変わらず笑っていた。
ドン、とノイズから音がした。真桐が殴られ気絶し、蜜音の血塗れの姿が映る。
それでも僕は、笑っている。
「残念だったわね。がっかりした気分よ」
ああ、まったくだ。
「なんてつまらない茶番を見せるんだ――――蜜音?」
ノイズから悲鳴が響く。
秋名の表情が変わった。
「…………おや、まだ続いていたんだねえ、この茶番?」
ノイズが映したのは、死んだと思われた蜜音の姿。その傍らには、真桐の姿もしっかりと映っている。どうして、と小さい秋名の声が聞こえた。
ノイズの中で、蜜音が何かを呟いた。そうすると、真桐の表情が豹変し、その目が赤くなる。獣のような咆哮をあげると、東城大地に襲い掛かった。手にしているナイフはよく見なくても影でできた黒いもので、それは狐面から奪い取ったことを表している。
「な、」
「秋名は、知らなかっただろう? 君は転入してきたから」
僕ら樋代家が有名なのには、理由があるんだよ。だって、思わないかい? 富豪でも華族でも、樋代家の中に僕以外の国の重鎮がいるわけでもないのに。どうして、樋代家がこんなにも恵まれているか、考えたことがあるかい? 英雄の血筋があるわけでもないんだよ、秋名。僕ら樋代家が、政府から何て言われているか知っているかい?
――――【必ず何かに恵まれて生まれてくる家系】。
それは才能でも容姿でも、権力でも目でも、なんでもアリだ。でも、一番に、基本として、才能と言われるのは――力、だろう?
そこまで言うと、秋名の顔に緊張が走った。無意識だろうか。目はこちらを睨んでいるのに、足は一歩後退している。秋名の影が動く。その影には、神である狐面の力が入っていることだろう。足を鳴らせば、ノイズの中で悪戦苦闘している狐面を、すぐに呼べる。東城大地は、既にその場からいなくなっていた。
「ハハッ、よく言われるんだ。樋代家は最強すぎる、と」
ニヤリ、と笑う。
「聞いてくれないのかい、秋名? 気になるだろう、蜜音のサイナーが何か」
秋名は何も言わない。無言で、まだこちらを睨みつけるばかり。
暫く何も言わないで長い沈黙が空間を占めた。
そろそろ何かしようかな、と思っていると、秋名が足踏みをする。足踏みされた影は増幅し、人のような形を取り始め、最後には色が付き、気が付けばそこに狐面――ディエニーゴ・コンテンデレが佇んでいた。
「戦う気かい?」
何も言わない。じっとしている。まだ、戦う気はないようだ。
「やれやれ困ったねえ」
これじゃあ、まるで僕が苛めているようだ。あちらは、きっと時間稼ぎをしているのだろう。もうすぐ、仲間が来るよ。きっと秋名は、僕が殺さないのを分かっているのだろう。
仲間が来るまで、ずっとノイズを操っていた。秋名はそれを無言で見ている。
ノイズに移した蜜音の場所は、次に僕の母である弓佳の姿を映す。でも、それは勿論死体ではない。死ぬどころか、試験管を持って仁王立ちしている。人の形を模した襲撃者を足蹴にしながら。
お気付きだろうか。女神のように綺麗だと評判の弓佳は、実は大魔王だったりする。玉ねぎが嫌いで、祝福の子であることを誇りに思っていて、猫が好きで、犬が怖くて。そんな可愛らしいと思われる弓佳は、実はこの愛神市で、人体実験をしているのだ。
サイナーや性質が、どうやって発動されているか。僕はその餌食にされかけたことがある。なんて母親だ。またの名を拷問屋。酷い言われようである。事実だけど。
では、父である藤次郎はどうだろう。
ノイズをまた動かし、藤次郎のいるであろう仕事場を映す。藤次郎の仕事場は、警備会社である。その警備会社のドア付近に、藤次郎はいた。
おお、丁度ノイズに映した時に、藤次郎が一つの〝影〟を殺した。人型を模した影の、頭の部分を鷲掴みし、そのまま腕力で破裂。
その光景を見た秋名は、とうとう真っ青になってしまった。やれやれ。
「いやいや、聞いて驚いてよ?」
驚いてくれなければ、僕が説明する意味はない。
「蜜音のサイナーは【貫き通す】力。リリス・サイナー以外の全ての神を操る力だ」
どうだ、凄いだろう?
でも、まだ驚くさ。
「弓佳のサイナーは【消す】力。障害物全てを無かったことにする力だよ」
今度はひなつくんが真っ青になった。
「藤次郎のサイナーは、【壊す】力。そして、性質が肉体強化だ。二つが合わさって出来た技が、今の拳で全てを破壊する力だ」
白夜の無表情が、どんどん引きつった笑いを呼びよせる。
「ね、最強すぎるだろう?」
その場で声を出すものは、もういなかった。




