第8話 公爵邸の図書室
厨房や大浴場など、アーサーに屋敷を案内してもらった中で、ルイーゼが特に目を引かれたのは図書室だった。
ずらりと本が並べられ、室内でも読めるように日当たりの良い窓辺には机と椅子が置かれている。
「…凄い」
「公爵家自慢の図書室だ。ここにある本は、申請すれば屋敷の使用人なら誰でも読めるようになっている」
ルイーゼは驚いて聞き返した。
「使用人なら誰でも読めるのですか!?」
「そうだ。良いものは皆で共有すべきだ。それに、使用人1人1人の知識を高めることは、公爵家全体、ひいては国全体が豊かになることに繋がるからな」
「なるほど…」
プロイセン帝国の皇宮にも図書室はあったが、皇族専用だったはずだ。
もっとも、皇族であってもルイーゼは利用できなかったが。
その時、1人の老人が話しかけてきた。
「おや、旦那様。美しいご令嬢をお連れですね」
「ジェイクか。彼女は妻のルイーゼだ。ルイーゼ、彼がこの図書室の管理人のジェイクだ。部屋で本を読みたいときは、彼に言うといい」
「ルイーゼ•グレードブリテインです。よろしくね、ジェイク」
「これはこれは。奥様にお目にかかれるとは光栄ですな。どんな本に興味がおありですか?」
「この国の歴史や礼儀作法について書かれたものはあるかしら?」
「ふむ、それならこの辺ですな」
ジェイクは迷うことなく室内を歩き始め、2人は後をついていく。
目的の本棚に着くと、ジェイクは振り向いて言った。
「お求めの本はこちらの本棚にございます。奥様が既に学ばれている水準によって、適切な本は異なるでしょう。ゆっくりとお選びください」
「分かったわ。ありがとう、ジェイク」
ジェイクが一礼して去った後、2人は改めて本棚に向き直った。
「ルイーゼは、帝国でどれくらい学んだのだ?」
本を見ながらアーサーが尋ねると、ルイーゼは俯いて答えた。
「お恥ずかしながら、アーサー様に嫁ぐと決まってからほんの1ヵ月程度です。なので、本当に付け焼い刃なのです」
「それなら、礼儀作法だとこの本が、歴史だとこの本が分かりやすいだろう」
ざっと内容を見ながら、アーサーはそれぞれ1冊ずつ選び、近くのテーブルに置いた。
「あ、ありがとうございます」
「これで一通り案内も終わったが、どうする?」
ルイーゼは少し考えて言った。
「せっかく本を借りたので、部屋で読もうと思います」
「分かった。カウンターに借りる手続きをしに行こう」
片手で器用に本を抱えると、アーサーは入口に向かって歩き始めた。
2人が入口に戻ると、カウンターに座っていたジェイクが顔を上げた。
「彼女にこの2冊の本の貸し出しを頼む」
「承知しました」
ジェイクは引出しから一枚の紙を取り出すと、ルイーゼの名前、日付、本の題名を書いた後、ルイーゼに渡した。
「こちらが奥様の図書貸出表になります。1度に貸し出せる本は5冊まで。借りた日付と本の題名を記入し、カウンターまでお持ちください。返却する場合は貸出表と本をお持ちいただき、私が確認のサインをいたします」
「分かったわ」
「何か分からないことがございましたら、いつでもお尋ねください」
「ありがとう。また来るわね」
ジェイクに礼を言って、2人は図書室を後にした。
部屋に戻る途中、アーサーの後ろを歩いていたルイーゼはあることに気づいた。
(やっぱり、歩きずらそう…)
前を行くアーサーが、身体を左右に大きく揺らしながら歩いているのだ。
元々左腕がないことで左右のバランスが取りにくい上に、今はルイーゼが借りた本を抱えているのだから無理もない。
(できれば、本を持ってあげたいけど…)
公爵邸は広い。
その中でも、図書室は屋敷の一番奥にあるので、ルイーゼの部屋からかなり遠かった。
普通ならたいした距離ではないのだが、ずっと別棟に軟禁状態だったルイーゼは体力がなく、息が上がってきていた。
やっとのことで部屋に着いたとき、ルイーゼは膝から崩れるようにしゃがみこんでしまった。




