第7話 ルイーゼ•プロイセンという女性
アーサーが思い出したのは、ルイーゼとの結婚が決まった時に密偵に頼んだ、彼女についての調査報告書だ。
報告書は届いていたが、戦後の領地復興に追われて読んでいなかった。
(確か、引出しにしまったはず…)
「…旦那様?」
しばらくガサゴソと引出しの中を探しているアーサーにセバスが声をかけたが、アーサーの耳には届いていない。
しかも、片腕でなかなか捗らない。
それでも、しばらく探していると、書類の下から封筒に入った報告書が出てきた。
ルイーゼ•プロイセン。18歳。プロイセン帝国皇帝の父と、皇宮で行儀見習いをしていた子爵令嬢の母の間に生まれる。母は出産時に死亡。皇宮に引き取られるが、最低限の衣食住のみ与えられ、別棟に放置される。
1国の皇女の報告にしては、余りにも簡潔だった。
アーサーは読み終えると、深いため息をついた。
報告書によると、ルイーゼは身体的な虐待はされないまでも、育児放棄されていたと言っても過言ではない。これならば、セバスの証言とも矛盾がない。
(…俺は、彼女に何ということをしたのだろう)
家族には愛されず、それでも母国のために身一つで敵だった国に嫁いできた彼女は、どれほど心細かっただろう。
自分は、知らなかったこととはいえ、そんな彼女を労るどころか冷たく突き放したのだ。
「旦那様、その書類は?」
「彼女に関する報告書だ。今まで忘れていたのだが」
そう言って、アーサーはセバスにも報告書を渡した。
最後まで読み終えたセバスは、顔をしかめた。
「…奥様は母国で良い扱いを受けておられなかったようですね」
「その様だな…」
「どうしますか、旦那様?」
アーサーは右手で残った左腕をぎゅっと掴んだ。
(正直、彼女に会うとまた幻肢痛が起こるかもしれない…。だが、俺が彼女に負わせた心の傷はそれ以上のはず…)
覚悟を決めたアーサーは、顔を上げてセバスに言った。
「女性を傷つけたままにしておくのは、グレードブリテインの騎士道に反する。彼女に謝罪しに行く」
それを聞いたセバスは、濡れてもいない目元をわざとらしくハンカチで拭った。
「よく仰いました。坊っちゃまが立派になられて、セバスは嬉しゅうございます」
「おい、その呼び方は止めろ」
セバスの演技にアーサーは苦笑するが、そのお陰で緊張が和らいだのだった。
ルイーゼが部屋で過ごしていると、ドアをノックする音がした。
「はい」
さっとマリーがドアを開け、ルイーゼに告げた。
「奥様、旦那様がいらっしゃいました」
「え!?」
ルイーゼは驚いて椅子から立ち上がった。
ドアに目を向けると、マリーの言う通りアーサーがいた。
部屋に入ってきたアーサーは、開口一番謝罪を口にし、頭を下げた。
「本当に申し訳なかった!」
「だ、旦那様!頭をお上げください!」
ルイーゼは慌てて制止し、アーサーはゆっくりと頭を上げた。
「貴女の過去のことを調べさせた。帝国では、良い扱いを受けていなかったようだが、間違いないか?」
アーサーに自分の顔を知られたと分かり、ルイーゼはビクッと身体を震わせた。
「…確かに、他の異母兄弟とは扱いが違ったことは認めます。でも、母の身分が低く仕方のないことで…」
ルイーゼが慌てて取り繕うと、アーサーは少し手を上げて遮った。
「だが、それは貴女にはどうしようもないことだ。それを理由に冷遇されるのは、辛かっただろう。それでも、国のために敵国に嫁いできた貴女は、貴女自身が思っているより強い人だ」
「…っ…ありがとう…ございます」
誰かに優しい言葉をかけてもらったのは、生まれて初めてだった。
ルイーゼの目から、大粒の涙がとめどなく溢れた。
「…すみません…っ!!」
ルイーゼが必死で涙を止めようとしたとき、不意にアーサーに抱き締められた。
数秒後にはパッと離されたが、驚きで彼女の涙は引っ込んだ。
「す、すまない!いきなり令嬢を抱き締めるなど、私は何をしているんだ…」
何故か抱き締めたアーサーのほうが動揺している。
その様子がおかしくて、ルイーゼはくすりと笑った。
「私たちは夫婦ですし、大丈夫です。お陰で、涙も止まりました」
「そ、そうだな!それと、夫婦なのだから、ルイーゼと名前で呼んでもいいか?私のことはアーサーと呼んで欲しい」
頬を赤くしながらも、真剣な眼差しのアーサーにルイーゼは微笑んで言った。
「もちろんです、アーサー様」
そのとき、マリーが口を開いた。
「では、旦那様。夫婦として親睦を深めるためにも、奥様に屋敷を案内して差し上げてはいかがですか?」
「ああ、そうだな。ルイーゼさえ問題なければ、私は構わない」
ちらっとこちらを見たアーサーに、ルイーゼは頷いた。
「ぜひ、お願いします」
「良かった。早速、我が屋敷を案内しよう」
そう言って、アーサーはルイーゼにすっと手を差し出したのだった。




