第6話 アーサーの後悔
エドワードを失ってから、傷が癒えてもしばらくアーサーは脱け殻のように過ごした。
しかし、戦争の影響で公爵領は荒れ果て、このままでは餓死者が出るとの報告が相次いだ。
(これ以上、大切な人を失ってなるものか…!)
目を覚ましたアーサーは、仕事に打ち込むことで喪失感を忘れようとした。
皇女に関する、密偵からの報告書にも目を通さなかった。
報告書には、ルイーゼが別棟で冷遇されていたことが書かれていたが、アーサーは知る由もなかった。
無事に講和条約が結ばれ、アーサーに皇女が嫁ぐことが正式に決定した。
(こんな傷モノの男に嫁ぐなんて、皇女も可哀想にな)
公爵家の人間として跡継ぎを残さなければならないが、左腕をなくし、顔に大きな傷が残る今となってはアーサーに嫁ぎたいと思う令嬢も居まい。
そう思うと皇女に同情心さえ生まれ、彼は自嘲気味に笑った。
ルイーゼが嫁いでくる前日、アーサーはセバスとマリーを呼び出した。
「旦那様、お呼びでしょうか」
「ああ。明日嫁いでくる皇女のことでな。まずは、ここでの暮らしを不自由なくしてやってくれ。常識の範囲内で、好きに過ごしてもらって構わない。特にマリーは彼女と過ごす時間が多いようだから、気を配ってくれ」
「承知しました」
マリーは恭しく頭を下げる。
「それから…彼女には会わない」
そう言いながら、アーサーは婚姻契約書を机の上に置いた。既に彼の署名が入っている。
アーサーの本気を感じた2人は、息を飲んだ。
「…それは…本気で仰ってますか?」
やや非難するような声色でセバスが尋ねると、アーサーは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「皇女に対して失礼だということは十分承知している。これは私自身の問題だ。正直なところ、まだ心の整理がついていない。彼女に会えば、私はきっと酷い言葉を吐いてしまう…」
残った右手で金髪をグシャグシャとかき乱しながら言ったアーサーに、2人はかける言葉がなかった。
部屋に沈黙が落ちたが、それを破ったのはセバスだった。
「かしこまりました。皇女様はこちらで上手く対応いたしますが、もって1週間です。それ以上は引き延ばせません。1週間以内に覚悟を決めてください」
セバスが有無を言わせない口調で告げると、アーサーは頷いた。
「分かった、1週間だな。それまで彼女をよろしく頼む」
そして、現在。
(やってしまった…)
アーサーは執務室で頭を抱えていた。
事前に伝えていたにも関わらず、挨拶だけだといってセバスが皇女を連れてきた。
案の定、アーサーは彼女に高圧的な態度を取り、あまつさえ契約結婚だから愛するつもりはないと酷い言葉を吐いた。
(紳士の風上にも置けないな…)
彼が1人反省していると、彼女と共に退室したセバスが戻ってきた。
「旦那様、セバスでございます」
「…入れ」
セバスは部屋に入ると、わざとらしくため息をついた。
「お気持ちはお察ししますが、せめて挨拶くらいはまともにしていただきたかったですね」
セバスの正論に、アーサーはぐうの音も出ない。
「言うな。私が一番分かっている。…彼女はショックを受けただろうな…」
「はい。ですが、まだ傷が痛むのかと旦那様のことを案じておられました。優しい方でいらっしゃいますね」
「そうか…」
それを聞いて、アーサーは良心が痛むと同時に、少し違和感を覚えた。
普通の令嬢であれば、結婚相手が身体が不自由であると分かれば、泣くが怒るかしてもおかしくない。
蝶よ花よと育てられたはずの皇女ならば、なおさらだ。
ここで、セバスがゴホンと咳払いし、口調を変えた。
「ですが、奥様についていくつか気になった点がございます」
「何だ?」
セバスの改まった態度に、アーサーは気持ちを切り替えた。
「まず、マリーからの報告ですが、奥様はこちらで用意した部屋をご覧になり、大層お喜びになっていたとのことです」
セバスの報告に、アーサーは首を傾げた。
「それは良かったが…そんなに豪華な部屋を用意したのか?」
セバスは首を横に振って答えた。
「いいえ、一般的な高位貴族の夫人に相応しいものです。次に、奥様が持参した荷物です。到着時には、使い古されたバッグのみお持ちでしたので、後日届くのかと伺ったところ、これだけとのことでした。」
「…冗談だろ?少ないにも程がある」
「仰る通りです。さらに、ご要望をお伺いしたところ、勉強をしたいとのことでした。教師には、マリーは名乗り出ました。こちらは、旦那様に相談するとお伝えしております」
「それは構わないが…具体的な勉強内容は?」
「我が国の歴史や礼儀作法を学びたいとのことです」
「…確かに、それはおかしいな。高位貴族や皇族ならば、周辺国のそれらは既に学んでいるはず。…改めて学び直したいということか?」
アーサーの意見に、セバスも頷いて同意を示す。
「…まあいい。彼女について気になることがあれば、今後も報告してくれ」
「承知しました」
そのとき、アーサーはあることを思い出した。




