第5話 アーサーの回想
アーサー•グレートブリテインは、グレートブリテイン国王の弟である公爵夫妻の一人息子として生を受けた。
王位継承権はあるものの、王家には優秀な王子が3人おり、アーサーが王位を継ぐ可能性はほとんどなかった。
身体の弱かった父は自然豊かな公爵領で過ごすことが多く、アーサーは乳兄弟のエドワードと共に野原を駆け回り、剣術の稽古に励む幼少期を過ごした。
公爵領の民はいつも笑顔で、両親や自分を慕ってくれていた。
(僕もいつか、父上のような立派な公爵になる!)
幼心にアーサーは誓った。
貴族学院に入学してからは学問にも力をいれ、文武両道の次期公爵として周囲から一目置かれるようになった。
優秀な学院を成績で卒業したアーサーは、20歳の時に公爵位を継ぎ、エドワードは彼の唯一無二の側近になっていた。
アーサーの人生が変わったのは、それからすぐのことだった。
「…今、何と言った?」
目の前にいる王宮からの伝令兵に、アーサーはもう一度尋ねた。
「先代公爵ご夫妻が、プロイセン帝国にて暴漢に襲われ、お亡くなりになりました」
その意味を理解した瞬間、アーサーは視界がぐにゃりと歪むような錯覚に襲われた。
数日前、隠居した両親は夫婦水入らずの旅行だといって、友好国のプロイセン帝国に出発したばかりだった。
それからのことは、断片的にしか覚えていない。
雨が降りしきる中行われた葬儀で、国王である伯父が暴漢を野放しにしていたのは帝国の著しい過失だ、宣戦布告だと叫んでいた。
伯父と父は、権力争いが常の王家において珍しく、とても仲の良い兄弟だった。
本来ならアーサーは、国王をいさめるべきだった。
戦争て多くの命が失われることなど両親は望んでいない、暴漢を逮捕し、王国法に則って裁くべきだと。
しかし、平穏な隠居生活を絶たれた両親の無念を思うと、アーサーの中に黒いものがどろどろと渦巻き、抑えられなかった。
「撃てー!撃てー!」
ついに始まった戦争で、アーサーはエドワードと共に帝国軍との戦いに明け暮れた。
戦争が始まってから5年の歳月が過ぎた。
初めは両軍は一進一退の攻防だったが、最近では王国軍に有利な戦況になっていた。
王国内では次の戦いに勝利すれば、アーサーが帝国の皇女を娶ることを条件に、講和条約を申し入れることが決まっていた。
娶るといっても、実質的には人質に等しい。
「陛下!敵国の皇女を妻にするなど、私には無理です!」
「だが、王子たちは皆、既に結婚しているか、婚約者がいる。適齢期で婚約者がおらず、皇女と身分が釣り合う男子はそなたしかおらんのだ。形だけでも構わない。皇女を妻にしろ。これは王命だ」
「…っ。承知しました」
王命とまで言われればアーサーに拒否権はなく、受け入れるしかなかった。
アーサーたちの読み通り、王国軍が最後の戦いに勝利した日の夜。
アーサーとエドワードは、砦の見回りをしていた。
王国軍では、身分に関わらず見回りは持ち回りで行うことになっており、この夜は2人の担当だった。
「帝国の皇女様は、どんな女性なんでしょうね?」
エドワードのからかいを含んだ言葉に、アーサーはぶっきらぼうに答えた。
「知らん。密偵に妻となる皇女のことを探らせているところだ。どうせ甘やかされた我儘な姫だろう」
そんなことを話していると、頭上からパラパラと小さな石が降ってきた。
「何だ?」
「さぁ…」
2人は上を見上げるが、暗闇でよく分からない。
その瞬間、ガラガラと大きな音を立ててあっという間に砦の一部が崩れ、2人は瓦礫の下敷きになった。
しばらくして、アーサーは人の声で意識を取り戻した。
「早く瓦礫をどけろ!」
「誰かいるぞ!」
「もっと明かりを持ってこい!」
崩落の音を聞いた兵たちか助けに来たのだろう。左頬が焼けるように痛かった。
「…っ…エド…大丈夫か…」
アーサーはエドワードのに呼び掛けたが、返事がない。瓦礫が邪魔で思うように身動きが取れず、左腕には圧迫されてしびれていた。
どれくらい時間が経ったのだろう。2人が救出されたときは、朝日が昇り始めていた。
結果的に、夜の暗がりで救出に時間がかかったことで、エドワードは亡くなった。
アーサーは命は助かったものの、左腕を長時間圧迫されたことで毒が生じ、切断しなければならなかった。




