第2話 グレートブリテイン王国
あっという間に、ルイーゼがグレートブリテイン王国に嫁ぐ日がやって来た。
簡素なウエディングドレスに身を包んだルイーゼに、王国からの迎えの馬車が来た。
ふと見上げると、昨日まで暮らしていた別棟が目に入った。
(思い出は何もないけれど…)
それでも、18年間暮らした場所だ。
別棟を目に焼き付けると、ルイーゼは深々と頭を下げ、馬車に乗り込んだ。
数日後。
ルイーゼの乗った馬車は、グレートブリテイン王国の辺境にある公爵領に入った。
(…人影がまばらね)
プロイセン帝国との国境に近い公爵領は、戦争で前線になることが多かったと家庭教師が言っていた。
そのせいで壊れた建物が多く、街の規模のわりに人が少なかった。
しばらくすると、立派な屋敷に入って馬車が停まった。
ルイーゼが降りると、初老の男性と20代半ばくらいの女性が出迎えた。
「グレートブリテイン王国にようこそおいでくださいました、ルイーゼ皇女殿下。公爵家の家令をしております、セバスと申します。こちらは皇女様の専属侍女のマリーでございます」
「マリーです。よろしくお願いいたします」
2人に自己紹介をされたルイーゼも挨拶を返す。
「ルイーゼ•プロイセンです。こちらこそよろしくお願いします」
「…失礼ですが、お荷物は後日届く予定ですか?」
「あ、これだけです…」
ルイーゼは持っていたバッグを掲げた。
彼女が輿入れに持ってきたのは、母が使っていたという古いバッグに、何着かの服と数冊の本だけだ。
帝国の皇女が嫁ぐ荷物としては、あまりにも少なすぎた。
セバスは一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「それでは、お部屋にご案内致します。その後、応接室にいらしてください」
そう言うと、セバスはルイーゼからバッグを受け取り、歩き出した。
「こちらが皇女様のお部屋になります」
「うわぁ…」
通された部屋は、今までの倍ほどの広さがあり、日当たりも良く、ルイーゼは思わず感嘆の声を上げた。
ベッドはふかふかで、豪華な装飾が施された化粧台まであり、ルイーゼは別世界に来たような心地になった。
ここはグレートブリテイン王国なのだから、間違ってはいないが。
「こんな素敵なお部屋を用意していただき、ありがとうございます!」
屈託のない笑顔で礼を言われ、マリーは虚を突かれた。
「…喜んでいただき、幸いです。セバスさんが待っていますので、応接室に参りましょう」
「はい!」
応接室。
「早速ですが、こちらにサインをお願いします」
セバスがペンと共にルイーゼに差し出したのは、婚姻契約書だ。
既にアーサーのサインが書いてある。
そこで、ルイーゼはある違和感に気づいた。
未だアーサーに会っていない。
「公爵様はいらっしゃいますか?お話しさせていただきたいのです」
内容を確認し、サインをした契約書を渡しながらルイーゼが尋ねると、何故かセバスは押し黙った。
(何か変なことを言ったかしら?)
夫となる人と交流することは、おかしいことではないはずだ。
「…旦那様はお忙しく、お部屋で執務中でございます」
「そうですか。せめてご挨拶だけでもしたいのですが…」
「申し訳ございません。旦那様は執務でお忙しく、お会いになるのは難しいかと…」
「…っ」
妻となる人に挨拶する時間さえ取れないほど忙しいというのは言い訳であると、さすがのルイーゼにも分かっていた。
(やはり、歓迎されていないのね…)
しかし、セバスの申し訳なさそうな表情と、これまでの環境による気の弱さから言い返すことができなかった。
「そうですか…承知しました」
結局、ルイーゼは俯いてそう言うことしかできなかった。
次の日も、その次の日もルイーゼはアーサーとの面会を求めたが、セバスの答えは同じだった。
アーサーは食事を部屋に運ばせているらしく、ルイーゼは1人で食事をするしかなかった。
そして5日目、音を上げたのはセバスだった。
「…承知しました。ご案内いたしますが、くれぐれも取り乱さないようにお願いします」
セバスの予想外の発言に、ルイーゼは驚いた。
「…どういうことでしょうか?」
「お会いになれば分かります」
(一体どういうこと?)
セバスの忠告に、ルイーゼは不安を募らせた。




