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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第五章 コボロッド星系
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82.富豪



 エドゥー星系惑星カダナ、コリアンテ王国宇宙軍制式戦闘機、S117-Aスティングレイ、ロイヤルガード仕様。マモちゃん、ではない。断じて。


 コルベット、宇宙用戦闘機のコクピットはロボットとほぼ同じ。Gスーツの上に強化装甲を貼り付け、その上から全身を低反発素材でサンドイッチされる。椅子に座っているけど浮いているような、全身と周囲がピンと張られた糸で繋がっているような。


 高速移動と呼ぶのも生温い宇宙では、重力制御に磁気も利用してパイロットを守らなければ戦うことなどできない。こんな普通に生きることすら困難な場所でも戦おうとする人間の業に苦笑を浮かべ、私は左手親指を押し込み加圧、電磁スラスターを噴かせて加速した。右の操縦桿はトリガー兼、向きに合わせて電磁スラスターが自動調整してくれる、空と同じ感覚で使えるけれど、左のスロットルキューブは重力ブースターの加減速と手動で電磁スラスターを噴かせる、全方向に対する並行移動。空力ではなく重力で落ちながら反発で進路を変える宇宙用は操縦に慣れるまでが結構大変だ。


 団長が訓練と称して宙賊狩りを連発するのは正直ありがたい。宇宙の飛び方に少しは慣れてきた。この一面の底無し穴に星々が棚引く超高速の景色、最高だ。


[ランサーより、先にロメオを攻撃する]


『了解、ノリノリね』


[止まっている地表の目標には団長のドリフト撃ちを真似できるようになってきたからな。さっさとものにしておきたい]


『ドリフトて。それと貴女、段々口数が増えてる気がするけどアレ? ハンドル握ると変わるタイプ?』


[知らんな。行ってくる]


 そんなはずはない。私はいつだって冷静だ。

 大体、フォーメーションとして僚機の私はウイングマン、リーダーの死角のカバーが教科書的な役割になるが、この女、ひとりで全方位を瞬殺するからこっちはついて行くだけで戦闘が終わってしまう。前進しながらコマ回りできるからってするこの女がおかしいけど、私だってできないなんて言うものか。


 酔っ払いのようにトロい操縦で対面にきた敵戦闘機に12mmバルカンを数秒連射で撃破。全然ダメだな。彼女はコンマ一秒の十発程度で仕留める。モニターのターゲットを見てからトリガーは遅い。脳内マップの光点から常に予測しろ。


 加速しながら単騎、地表スレスレをかすめて対空砲の射角を潜り、目標エリアに到達する前に急減速、スラスターで反時計回りを加えながらエクステで武器セレクト、ロックオンと同時に240mmレーザーキャノン発射。砲塔の覗くトーチカ爆散。よし、このタイミングは外さなくなった。


『ヒュー、グッドキル』


[タイムラグのないレーザーは当たって当然。次は実弾系でキめてみせる]


『あら、もう少し続けられたら良かったのだけど。残念ね。そろそろタイムアップよ』


 まったくな。宙賊のアジトは未だ五千以上はあると思われる。が、潰しても潰してもキリがない、という流れは変わった。

 WESTと呼ばれる中小国家連合が今、明らかに世界中から注目を集めている。反社のいない宙域、コロニーから惑星エンコ間を安全に航行できるラインがあまりにもおいしい。莫大な保険に入り、襲われる前提で上乗せしていた輸送コストが消える。これはもうWESTの一人勝ち状態になった。


 そしてトドメは団長の配信。


『コボロッド星系のみなさん、ご機嫌よう。悪銭っていうの? 信義には信義で返す、不義は命で償え、て言ったらどちらでもない連中からも金を押し付けられて、欲しくもない悪銭が貯まっちゃったの。こんな金を溜め込んでも気分悪いからパーっと使っちゃうわよ。どう使うか考えた三つの中からどれにするか、運を天に任せましょ』


 アステロイドベルト、コロニー側からの発信だから惑星エンコにはタイムラグがあるけど関係なく盛り上がった。ギャンブル依存症だらけの連中にはたまらないだろうな。


『一つめは、エンコとコロニー合わせて総人口はざっと八億らしいから、ひとり十個、全員にタワシをプレゼント』


 は? という疑問符爆弾がコメント欄を埋め尽くす。スケールの大きさと頭の悪さが常軌を逸している。


『二つめは、フドー、グンダリ、コンゴーなど、大手乗り物(ビークル)メーカーのSUV、通称パシローを二十万人にプレゼント』


 謎の記号がコメント欄を埋め尽くす。言語能力が破壊されたらしい。タワシにせよ車にせよ、ざっとでもいいから計算したらコイツが国家予算レベルの大金をアブク銭扱いしていることが分かるけど、スケールが大きすぎて誰もついてこれないらしい。


『三つめは、今寄港しているここ、WESTコロニーの総督府に全額寄付します』


 同接億を超える配信のコメントが止まった。多分この日この瞬間、コボロッド星人の思考が停止した。

 そして画面に映る、手作り感に溢れた手書きの円グラフ。


『寄付が1%、車が2%、タワシが97%でダーツしまーす。欲しいもの願いながら見てて』


 回転するルーレットに、十メートルほど離れた位置からダーツを握る右腕をユラユラ揺らす団長。使い古されたベタなバラエティ番組を楽しむ女と、悪酔い洗脳された視聴者の一体感がはたから見ていて気持ち悪い。生配信(ライブ)って信じられるか?


“パ・シ・ロー”

“パ・シ・ロー”

“パ・シ・ロー”


 スタンっ、と刺さるダーツに、ゆっくり回転の止まる円盤。当たったのは、寄付。阿鼻叫喚のコメントは無視してアイツは笑ってカメラに手を振った。


『じゃ、そういうことで。バイバーイ』


 いや生身で銃弾斬り落とす動体視力に運動神経最高なんだから狙って当てたでしょ。宇宙で敵戦闘機を撃墜する百倍は簡単だわ。当然私にも真似できるし。こんな茶番を本番で一発成功する舞台度胸は素直に感心するけどね。


「WESTを世界の中心にするのか?」

「なわけないでしょ」


 配信を終えて即座に寄付の手続きをする団長に訊ねたら、予想外の答えが返ってきた。


「WESTが勝ち組と浮かれるのは今だけ。治安が良くなって資金も豊富。だけど、先陣を切って活躍するはずの技術者はウチにゴッソリ移住してきちゃったから先がない。チンピラだらけで身動き取れなくなって、チンピラが消えても人材が足りなくて、コボロッド星人はいい加減、人を育てることが一番難しくて価値がある、て教訓を得ればいい」


 しかもWESTの三日天下を他国が傍観するかどうかは別だから、これでいい。そう言って彼女は笑った。どこまで先を読んでいる?


「本当のアブク銭はWESTのほう。世界情勢のバランスは落ち着くところに落ち着く。この程度でトップになれるなら最初から中小国家ではない」

「反社を消すことに意義はあるとしても、かき回してる感が凄いな。ムサシのように工場建設の投資とか……、てそうか、技術者がいないか。でもダーツはないだろ」

「使い途に悩むのが下らない。私はどんぶり勘定でバランスとれてるのよ」

「貴族は商売が下手、だったか」

「地球の歴史において、油田が中東に集中していたのはある意味奇跡なのよ。オイルマネーがどうこういっても、太っ腹な王族が所有していたから争いは最小限で済んだ。無能フルハウスの民主主義に加えて金がすべての資本主義圏に油田が集中していたら、第十次大戦まで余裕で起きてたわ」

「民主主義ってそんなにダメか?」

「ダメじゃないけど成立前提を誰も理解していなかった。義務教育の段階で政治とメディアに関する高度な知識を与え、投票率が九割は超えて当たり前。それくらいの、国民の大多数が賢くて意識高い系だと極めて優れた政治になる。そんな国どこにもなかったけど。むしろ教育に政治色はどうこうほざいた結果国民は無関心とかもうわざと失敗するようボケてるじゃん。その点アラブ系の王族は高度な教育を受けて見栄っ張りだからケチ臭い真似はしない」


 いやその王族でもこんな使い方はしないでしょ。悪銭身につかずってこういう意味ではないだろうし。


 終わりが見えてきた宙賊退治に思いを馳せながらバルカン掃射の訓練をしていたら、AWACS、司令部からの緊急通信が入った。


『ラティシス、ここのアジトは囮だ。まだ遠いが囲まれている。ついに軍が介入してきたぞ。しかも連合軍が賊に扮して。いつかも見た展開だな』


『考えることはどこも同じだもんね。でもちょっと遅いかな』


『それでも、WESTの独走を阻止するにはまずは俺たちを潰すしかない、と考えたらしい』


『下らない。てかこれ、多分だけど、シュケインが裏で企んでない?』


『ああ、連合にシュケインは加わってないから確定だな』


 意味が分からなくて口を出してしまった。他のメンバーもだろうからなにも言われないが。


[加わってないなら無関係ではないのか?]


『クックック、ランサー、貴女、私たちが負けるとでも思ってるの?』


[いいや]


『そうよ。私たちが勝つに決まってるから負け戦に参加するわけないじゃん』


[だから無関係では?]


『だから負け戦をするよう他国を誘導したんでしょ。自国だけ貧乏くじで終わらないよう』


『『『あっ』』』『貴族こえェっス』


 ホントにな。どこの王と言葉を交わしたわけでもないのにこの駆け引き。ウチの王は頼れる。



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