79.色物
アテナ居住区のいっかく、割り振られた我が家の縁側に座ってムサシ産の緑茶をすすり、私は天井に映る青空の景色をボケーっと眺めた。
いけない。モチベが枯れてる。砂漠の惑星ファウトゥースと違ってここは競争相手がいない。寝る暇なんてないあの危機感がない。鬼読めの爆売れも不味い。私は対面相手の気持ちを察する思いやりのガジェットを作ったのよ。なんで軍に売れるのよ。こんな不本意な稼ぎで天狗になってはいけない。
そう。我が新生イナバンバウ商会は心躍る家電を宇宙に発信しなければっ。
「というわけでなにかお困りはありませんか?」
「企業戦士のそういう無重力フットワークは感心するけどね。私に家電のアイデアを求められても、特に、なにも」
「いえいえ、ラティシスさんの柔軟な発想は頼りにしてますとも」
「いやアンタには負けるわ。先日のあの試作品はなによ? 私は究極のマッサージチェアはどうなるのか、て言っただけよね。なんで凌辱ゲーにいそうな触手を作るのよ」
「泣くほど不評でした。アイアンメイデンの触手バージョンだからイヤンメイデンとか恥ずかしい名までつけられて……」
「ファラオでも入ってんの? って秘宝館な箱にピッタリなネーミングよ」
「最高に気持ちいい揉み心地なんですよ? セロトニンとオキシトシン、幸せホルモンの分泌量を測って科学的な正解を導く技術を詰め込み、オッサンをダメにする棺桶、てキャッチコピーまで決めてコボロッド星系にカチコミをかけるつもりだったのに」
「最高に気持ち悪いわね。でもダメもとで販売するのは面白いかも。私が作りました、て生産者の顔写真は貴女で」
「それは勘弁して下さい」
「あの商品のビジュアル最悪の自覚あんのかよ」
私は咳払いで話を戻す。失敗作の指摘は分が悪い。
「そっちはいいんです。ボツネタなんて数撃ってナンボですから。それよりなにか、こんな家電があったらいいな、て感じることはありませんか?」
「うーん。私が思うのは、便利さってそんなにいらないかな、とか」
「えっと、家電全否定ですか?」
「そこまでじゃなくて。例えば乗り物の自動運転なんて昔あったらしいけど一瞬で消えたじゃん?」
「安全と引き換えにただの動くイスに成り下がりましたからね」
「そうそう。大声でギャーギャー言う人もいるけど結局安全や便利さより楽しさのほうが強いわけ。家電もさ、楽しさを優先してみれば?」
「えーと、トースターのチンの代わりに第九やハレルヤとか?」
「変化球エグいな。根本的に私とは考え方が違うのかしら」
「我が社の社訓は、目のつけどころが村正、です」
「斬れ味求めすぎて妖刀やんけ」
「ラティシスさんの思う楽しさとは?」
「私は……、ちょっとくらいポンコツのほうが愛着が湧くかも。シャワーの温度設定高めにしないとヌルいとか、ドライヤーの風量おかしいとか。文句を言いながら長く付き合う道具ってそんなモンじゃない」
「なっ……、それは……、日夜改善に取り組むメーカー側とは逆転の発想!」
素晴らしい。そういうのは本来クレームとして耳に入るのに、欠点を個性として受け入れる客もいるのか。まさに目からウロコ。
そして私は会社というかみんなで使えと割り振られた屋敷に帰った。
開発部の技術者たちにラティシスさんの言葉を伝えるとどよめきが起こる。そうよね。凄い考え方よね。ポンコツを愛すなんて。
今まで想像したこともなかった短所を長所に変える視点。いや、昔の洗濯機を再現した時と同じか。最新技術が必ずしも優れているわけではないという答え。すぐ見失うのね。
新しい知見を示されると止まらなくなるのが技術者。開発室の面々は意見を交わし、ここ最近絞り出そうとしても出なかったアイデアが浮かぶ浮かぶ。
「そして完成したのがこちら、ウザぴょんです」
『うぃーっス、ヨロピョーン』
「凄い。第一声からウザい」
ペットロボはメジャーな家電といえる。機械だから餌やりや散歩を気にしなくて済むし、故障したり寿命がきても直せる、ペットロスの苦しみがないメリットで持っている人は多い。末永く愛情をもって接する人がたくさんいるかは疑問だけど。
そんなペットロボ業界に新風を吹かせましょう。全長三十センチメートルもない灰色のウサギからやや甲高くてチャラい青年の声。リアルなペットロボはありきたりだけど、どれもリアルさを追求していた。もしくは孫を思わせる可愛い声や仕草、ホスピタリティのコンセプトが普通だった。
わざとウザくする。正気とは思えないコンセプト。ウザい台詞を集めて約三万パターンを合成音声に登録。会話がすれ違っても別にいっかの割り切りによってスピード開発に成功。時々不安に襲われたけど、作ってみたらイケそうな気がしてきた。
「いかがですか?」
『顧客満足度聞いちゃう? えー、恥ずいピョン』
「正気?」
ラティシスさんに正気を疑われた。貴女が言ったのよ。欲しいって。
「いやいや、これ私のせい? この場合だと、まっすぐ歩けないとか、よくこけるとか、舌っ足らずで聞き取りにくいとか、そういうポンコツが可愛いよね、って話だったのだけど」
『対応してるに決まってるピョン、うぇーい酔っれにぇーピョンもういっれーん』
「千鳥足の酔っ払い、ウザい、これはウザい。まぁこれもウケなくはない、のかな」
「売れるでしょうか?」
「媚びるだけじゃないペットロボに癒される人も少しはいるでしょ。でも作りすぎて在庫いっぱいにしないでね、アテナのひとりにコレ一匹は誰かが発狂しそうだから」
ラティシスさんはそう言うと、ウザぴょんを抱っこした。
この人には役立たずを受け入れる余裕がある。
鬼読めがヒットしたのはたまたま、あるいはラティシスさんの詐欺だ。私たちの功績ではない。
イナバンバウ商会は潰れないほうがおかしい三流企業。誰に言われなくても分かっている。
倒産すべくしてする間際、アテナに引き抜かれて、役に立とうと頑張って。
便利さより楽しさを優先する。戦場の最前線に立ってなおそんなことを言える余裕がカリスマなのかもね。
「まっすぐ歩けないとか、よくこけるとか、舌っ足らずで聞き取りにくいとか」
「おぉー、そういうポンコツもあるのか」
「むしろそっちが王道だよな」
「何故気付かなかった俺たち」
それはそれとして、グッドアイデアは社に持ち帰らせて頂きました。ヨチヨチ歩く赤ちゃん動物シリーズ。あざとい、これはあざといっ。調べてみたら過去にもあって今は廃れただけらしいけど、いいのよ。歴史も流行も繰り返す。これはカチコミするしかねぇ。タマぁとったるでぇ。
[ウサニー・デュボンヌ会長。ご相談が]
「えっとこの声は、ノクチャーさんですか?」
私ひとりしかいない執務室で、突然どこからともなく話しかけられて驚いた。AIに興味はあるけど軍事機密だし危険性は教育されてたし、私から訊ねるとかはしなかった。
[イエス。アテナ、グリンカンビ、ノーチラス内を飛べる小さなフクロウの製作をお願いします]
ふふ、そんなのお安い御用よ。




