78.未来
「……FCS、火器管制システムとはターゲットの未来を予測し、その時その場所にいるであろう空間に命中するよう照準を合わせるハードウェアとソフトウェアを指す」
うん? なんだここは。薄暗いすり鉢状の広間。アカデミーの講堂のような、ではなく講堂か。大勢の聴衆に囲まれ中心で講義しているのは俺。どういう状況……、って、ああ、これは明晰夢というやつか。
「だが、予測は所詮予測。確率論のギャンブルでしかない。二秒費しA点からB点まで移動した時、二秒後はC点を通過するであろう、という単純な計算だ。ターゲットが旋回や加速減速している時はもう少し複雑に計算するが、そんな時の命中率はさらに下がるから高度なことをしているとか自慢することでもない」
懐かしいな。十年以上前、下手すりゃ学生のころだったか? 覚えてないな。兄貴と違って俺は記憶力はイジってない。自分の過去なんて興味がない。
「それでも、そもそも予知が不可能である以上、人の限界は予測になる」
「重力子と量子による四次元の干渉によって予知は可能なのでは?」
席のひとつから異議がとび、夢の中の俺は鼻で笑う。どうでもいいが変わらないな、俺。
「可能だが、その予知は予知じゃない。お前は五秒後、右足を前に出す、と言われて本当に五秒後に右足を前に出すのか? 千分の一秒の狂いもなく、一ミクロンの誤差もなく? 言われたことによって左足を前に出そうと思わないのか? これが予知のパラドックスだ。もっと科学が進めばいずれ未来は観測できるが、その未来は観測した事実をもって虚構に変わる。つまり予測の究極は未来の確定とするラプラスの魔は間違いだ」
「おぉ、分かりやすい」
「お前ら学者気取りのモブにハッキリ教えてやる。難しい話を難しく話すヤツを自分を賢いと勘違いしているバカという。理解していないくせに知ったかぶりで語ってる証左だからな。自分の専門分野を子供にも分かる簡単な言葉で説明できるようになってから識者を自認しろ」
夢の中の俺はメガネを外して布で拭き始めた。これなんのクセだったか。ああ確か、飽きてどうおもちゃにするか考えている時か。
「宇宙はロマン兵器の実験場なのに、宇宙戦争なんて夢のまた夢。現実は宙賊が民間船を襲い、軍にたまに潰される程度。何故か? FCSがしょぼくて数撃っても当たらないからだ。奥の手とか当たらないけど当たったら強いという期待感がロマン兵器の条件のひとつではあるが、スイカが避けるスイカ割りにロマンはない。なにもかもが常軌を逸して速い宇宙空間では、二秒の観測なんて遅すぎる。分かるか? 停滞する文明の起爆剤は宇宙を舞台に命を散らすほどの想いであり、自重を捨てた最新兵器の使用が現代のロマンであり、ロマンの実現に必要なものはまずFCSなんだよ」
アインシュタインの重力場方程式をホログラムで回転させながら語る。意味はまったくない。
「簡単な話を難しく話すヤツはなんというのですか?」
「カッコいいバカと呼べ。人類の進歩は頭打ちだ。地球を出てからは細分化して、脳を適度に改造して、なるべくリソースを効率良く使って知識を積み重ねてきたが、これ以上専門家が育つ見込みがない。育つ前に寿命がくる。では寿命を伸ばせば解決するかというとしない。人格が壊れる」
「もっと細分化してリソース管理すれぱ?」
「かつて外科医は専門範囲が広すぎて心臓外科を作った。それでも広くて心臓左心房大動脈外科を育てたとして、そいつが事故死でもしたら患者の心臓まるごとパーだろ。細分化しすぎるとリスクマネージメント不可だ」
「プフェート・フォン・ウッドストック博士研究員、兵器開発の喫緊の課題がFCSであることは理解した。そろそろ完成までの見通しを示して欲しいのだが?」
軍属の兵器開発部主任のいけ好かない物言いを鼻で笑って指パッチン。中央の壇上もっと上に浮かぶ手作りホストコンピュータのホログラム。ああ思い出した、こうやっておちょくったな。
「お前らいつまでプログラムを二次元で片付けているんだ? 光子スパコン五基で並列処理して実質三次元のコードを作って量子もつれの四次元に片脚突っ込んでみた。見てから演算ではなく常時戦場の二秒後を演算して、ほぼノータイムでロックオンするシステム、これが宇宙でも通用する次世代のFCSだ」
「「「「「もう作ってたんかーい!」」」」」
暗転
『プフェート・フォン・ウッドストック、やはりあなたは本物の天才です』
「分かりきったことを言われても嬉しくねぇよ。お世辞は止めろキモい」
研究室のモニターに文字が映り、同時に合成音声で話しかけられて一蹴する。
『これで文明は加速します。間違いなく。祝福を。あなたたち人類の未来に栄光あらんことを』
「どうでもいいな。主語のデカいことばかりほざくお前にも飽きた。失せろ」
暗転
「プフェート、あの発明が宇宙戦争の幕開けになるのは分かっているんだな?」
親父か。あのころ家の中で俺に話しかけてきたっけ? 覚えてない。
「もちろんだ。さっさと始まってくれないと困る」
「お前、まさか、AIと組んでる?」
「だとしたらなんだ?」
「人類の敵になるつもりか?」
「クックック、なんだその台詞? 人類の敵が人類でなかった時が一度でもあったのか?」
「あー、お前はそういう考えか。いやスマン。AIごときにお前がどうこうされるはずもなかったな」
「当たり前だ。AIは賢くて合理的で、だから千手先まで読めるただのカモだ。将棋でもチェスでも、テが決まっているボードゲームなら無双できるだろうが、ルール無用の現実で悪辣な人間には勝てねーよ」
例えるならAIはFCSで百発百中撃墜されるモブ。人間は馬鹿だから先が読めない。ひとりひとりバラバラだから未来が見えない。そのバカの頂点がウチの妹だ。
「全星系の全人類が滅ぶかも知れない大戦争が起こればいい。誰が敵で誰が味方かも分からない混沌の世の中になればいい。我が家のお姫様が活躍する戦場は、それくらいスケールがデカくなきゃ釣り合わねーだろ」
「ウッドストック家の、貴族の役割は平和の維持だぞ」
「違うね。俺たちの役割は庶民の平和の実現と維持だ。貴族自身は保身とかしょもねぇことを優先したら腐るんだよ。大体、ラッテの未来に平和が見えてんなら耄碌してんな。兄貴に家督を譲れ。いやそれも迷惑か」
「はぁー、お前もだがあの娘も、そして一番上の兄ですらも、エクス王国は狭いか」
「どの国だろうとそろそろ限界がきてんだよ。平和のために全員なにかを我慢して幾星霜。結局のところ人間は欲望に従って馬鹿やって悲劇を振りまくのが自然なんだ。そいつらをぶっ飛ばす英雄の引き立て役としてな」
「英雄になれるのか?」
「十年もしないうちに、星団中で宇宙戦争が起こる。上手くいけば地上の戦争すら最新型にアップデートする。二秒同じ動きをするモブにとっては絶望の戦場。俺が仕掛けたその戦場を鼻歌混じりに飛ぶ化物がアイツだよ」
「未来は……、信じるしかないか」
「ただいまー、プー兄さん聞いてよ。あら父さんもいたの珍しい」
「どうした、熊でも殺ったか?」
「え、なんで知ってんの?」
「マジか」
「なわけないでしょ」
「女優目指せ」
「空でGに耐えてる時の顔見たことある? パンスト相撲してんのかってくらいすんごいブサイクなのププっ」
「な? 親父。こいつの二秒後が読めるか?」
「この世には科学では解明できない神秘がいくつもあってだな……」
暗転
うん? なんか変な夢を見たような。夢なんてどうでもいいか。




