77.潜入
今日も宙賊アジトの制圧。ただ、今回、私だけは違う。レーザー光線が乱れ飛び、団長が敵戦闘機を片付ける宇宙を尻目にコソコソ降下した。
直径数十キロメートルの小惑星に立ち、静かに駐機体勢に移行。四脚を沈めて尻を着地。私は愛機、ハイド&シークのハッチを開けた。光学迷彩はかけたままだから、待機状態の機体が見つかることはまずない。
無重力では必須の機能、パワードスーツの背面からエアブースターをプシュっとひと噴き。ゴツゴツした岩の地表をジョギング程度の速度で滑るように進む。赤狼会は地表の多くを金属が覆っていたけど、元赤狼会の傘下のひとつのここ、緑燕会とかいうアジトは手が加わってないように見える。まぁ中はそうでもないか。大まかな内部構造はスキャン済み。最適なルートはフルフェイスヘルメットのシールドに映っている。
小型戦闘機の滑走路というか発着口につくと、顔だけ穴を覗いて中をうかがう。人の気配はなし。こういう出入り口は無数に穿たれていて、主にナハシュ隊が破壊して塞いで回る。ここはわざと見逃している。私が動きやすいよう全員がサポートしてくれてるってなんだかくすぐったい。
『迎撃少ないわね。留守かしら?』
『日を改めますか?』
『そうそう後日挨拶にうかがい、ってなるかぁ』
『おぉー、姐さんのノリツッコミ、貴重っス』
『そうか? 結構ボケるよな』
『テメェらナメやがって。オラぁ、お前たち、全員出撃しろやぁ』
流石チンピラ。安い挑発に簡単にのる。私は無人の通路をブースターで飛んだ。酸素と重力発生区域は一部、もっと中心になる。もっとも、酸素はいつ抜けてもおかしくないからヘルメットは外せないけど。
ここに軍のような規律があるはずもなく。
巡回もこまめな定時連絡もするわけなく。
区画ごとに厳重なセキュリティとかまるでなく。
私はただの自動ドアを通りながら団長の指示を反芻した。
「潜入、ですか?」
「そう。私が一番されたくない攻撃は自爆だから今まで侵入しなかったけど、外から始末する私たちの手口を見せつけて、とりあえず今は心配しなくてもよさそうと判断したわ」
「まぁ入ってくるとは思わないでしょうね。それ以前に連中に自爆する度胸もないでしょ」
「ええ、それでもノーリスクではないし、潜入は普通に危ない。ルーブ、貴女ひとりのほうが動きやすいと思ってるけど、不安なら私とツーマンセルでもいいわよ」
「あ、ひとりでお願いします。バッタバッタ斬りまくりながら進むのはちょっと……」
「貴女私をなんだと思ってるの?」
むしろ何故団長は隠密行動をとれるつもりなんだろう? 芸能人オーラとかよく聞くけどそんなちゃちなモンじゃない、磁力のように目が吸い付く体質かなにかだから、いつも通り戦場の中心にいて下さい。
テキトーな部屋の扉を開けて入り、対面から向かってくる誰かをやりすごしながら、私は思い出し笑いをしてしまった。大丈夫、聞かれるヘマはしない。ほんの少し空気が流入はするけど基本は真空のアジト内は、音がしない。仲間が外で暴れる振動は伝わるし、ブースト音は体内に響くけど周りにはもれない。これ、忍び放題ね。
扉を開けて、通り過ぎたチンピラの背中を見送り、私は先に進む。いやあっちもアロハシャツとかではなく、宇宙を移動するためのパワードスーツを着ているからチンピラではない可能性もあるけど、ここにいるのは全員チンピラと思うことにする。敵地で情けは禁物。
「どうやらこっちの反社はアテナと同じことをしているみたい」
「同じ、ですか?」
「資源をそのへんから採って、自前の生産工場で兵器を作るってやつ」
「そんなこと……、可能なんですか?」
「優秀な技術者がいれば可能。借金漬けにでもして手に入れたんでしょうね」
「それもう国のコントロールを離れているのでは?」
「ええ、だから際限なくふくらんでいる。まぁそれはどうでもいいんだけど」
「どうでもいいんだ」
「問題は、資源を摂るための人員は実質奴隷を使っていて、そこは世間がまるで気付いていないってこと」
「あー、もしかして、行方不明者を使っていると」
「そうそう。その辺りの情報を抜き出して公開したら、大騒ぎになるんじゃない?」
「なるでしょ。革命の連鎖もありえるでしょ。潜入して抜けばいいのですね」
コボロッド星系に寝る暇もなくなる人がどれだけ増えるか。フフフ、ブラックの片鱗を味わえ。
『チャリオット、アルファクリア』
『撃ちたりねーっス。フーイエ、カバー行っくぜー』
『来んな。あと俺のコールサインはバーサーカー……、て誰だよこんなふざけたネーミングしたヤツっ』
『団長』『ボス』『姐さん』
『帰ったらぶっとばす』
『出来ないこと言うのはそこのチンピラたちと同類だからやめときなさい』
『っせぇ、トレーニングルーム、付き合え』
『三分』
『いや五秒だろ』
『疲れさせるために三十分くらいは』
『賭けんな、てか俺が負ける前提かよ全員覚えてろゴラぁ』
『フーイエってコボロッド星系生まれ?』
『だったら強いわけないじゃん』
『それもそっか』
『『『ハハハハ』』』
通信を聞きながら笑ってしまう。団体芸で煽るとか本気で星系まるごと相手にするつもりなのね。
グリンカンビから送られるスキャン情報は随時更新されて、私は脳内マップの光点をさけながら空中を飛ぶ。戦闘とは無縁の区画だからほとんど人気はない。
「反社って後ろ暗いことだらけだから証拠は残さないように気を遣うけど、同時に弱味を握って身を守る手段でもあるから証拠はどこかに隠す。ま、バレバレよねー」
ホントにね。流石にオンラインで見つけられるほどザルではないにしても、潜入してしまえば簡単に探せる。宇宙に漂う小惑星に潜入する敵が普通はいないから警戒すらしていなさそう。
隠すなら一番セキュリティが硬い場所。中央のコントロールルームに到着。ここまで重力制御の区画はなし。反社はふくらみすぎらしいし、実態はビンボーかもね。
扉を開けると同時にブーストダッシュで宙を前進して、私に背を向けコンソールの前に座るパワードスーツの延髄に右手をピトリとつけて、手の甲側からパイルバンカー発射。爆薬ではなくギアを何枚も重ねたギア比で高周波の杭を押し出す無音の暗器になる。ここ無音だから関係ないけど。地球に有名な実験装置があったらしい。百枚のギアを繋げて、あくまで思考実験の理論上、百枚目のギアを一回転させたら一枚目のギアは光を超える速度で回る。ただし百枚目のギアを一回転させるためには、宇宙全体より大きいエネルギーが必要になる。その仕組みをスケールダウンさせた兵器。こんなの次から次へとよく思いついて実装させてくるよね、あの変な兄さん。
足下にあるコンソール下のカバーを外し、保守点検用のソケットにプラグを差して通信を入れる。
[アシェムートン、準備完了]
『了解、送信どうぞ』
必要な情報がどれか探す手間が大変だから全部奪う。解析は帰ってからすればいい。あの兄さんが簡単に片付けちゃうんだろうな。ちょっと残念。
かつては全部独りでやっていた。
独りで潜入し、独りで目標を見つけ、独りで始末して、独りで情報を整理して、上司に報告して終わり、次の指令を受ける。
組織に所属しているはずなのに、話す相手もなく、ロクに寝る暇もなく、疲れた身体で知らない人を始末して、仕事だから当然と労いの言葉ひとつなく、なにより、自分のやっていることに意義を見出せない。
アテナに恭順してからは無所属なのに、話し相手だらけ、なんらかの危機感を覚えるほどの睡眠時間、元気な身体で良心の傷まない連中を始末して、どこの星系でもトップニュースの常連に関与して、団長はハラスメントレベルでボーナスを押し付けてくる。実は私、過労死して別の世界線に飛んだとか言われても納得しそう。貞操逆転ならぬ境遇逆転ってか? あと団長の豪傑っぷりが毎日怖い。まずこの人の金銭感覚はおかしい。一応本人も自覚はしているらしい。
「庶民には分かりにくいかも知れないけれど、貴族はね、商売をしないし出来ないの」
あれはなんだったか。そうそう、好きなネット小説をお薦めし合ってた時の話題か。私たち実戦部隊は結構暇を持て余しているから、気がつくとテキトーに集まっておしゃべりしている。身体が資本のアスリートなんかも大体そうよね。厳しい訓練は一日二、三時間くらいがベスト。それ以上頑張っても自己満足であって逆効果。てか強さを求めるなら身体以上に頭を鍛えるのが正解。そして目まぐるしくテーマの変わる女子トークは相当頭が鍛えられる。たまに全員ヤバいを連呼するバカラリーに突入もするけど、アレ、頭を使いすぎてクールダウン中のサインよ周りは察しろ。
「中世ヨーロッパ風の舞台でどうこうってお話に、貴族が商売で身を立てるパターンが散見するけど、んなわきゃないのよ。今までにひとつでも、貴族が自分の家名において起ち上げた会社が存在する? ねーわ。成功者が叙爵される逆のケースはあるけどね。貴族が市場に顔を出したら商人は萎縮して逃げるから有害でしょ。ミドルティーンの部活動に大人が参加するのと同じ。お前の戦場ここじゃねぇ、てダッセェ判定を受ける。そんな貴族がいたら死ぬより恥ずかしいから死ぬしかない。パトロンという形の支援とか、領地経営というマクロな経済は手出し口出し出来ても、自分が稼ぐという発想にはならない」
「ボスの配信は?」
「もっと閲覧数を稼ぐためになにをすべきか、私が四苦八苦していると思う?」
「あー、そういう」
「ここに百の価値を持つ品物があるとして、商人は九十でも五十でも、少しでも安く手に入れて高く売ることか正義じゃない。でもセコいと評判になったら死ぬしかない貴族は、三百で譲れと言わなきゃダメな立場なの。ましてやタダで寄越せとか盗賊以下だから存在しなかったことにされる」
「水と油なのか」
「越前屋、お主もワルよのぉ、て悪徳商人から賄賂を受け取る悪代官はいても、悪代官が商売を始める可能性はゼロ。まず客に頭を下げないし」
「えっと……、姐さんに傭兵稼業は危ない?」
「そもそもここに来るまでは客は王だったり、クラウドファンディングで規定額に達したら仕事する、てないい加減な方針だったじゃない。ここでは反社とはいえ民間組織ひとつひとつから依頼を受けて、そして全部反故にされて、報復と称してしらみ潰しにしているわけだけど、これが素人の手口であり、貴族が商売するとこうなるって見本なのね」
「まぁ、普通は通用しないよな」
「江戸時代、幕府は藩に負担を強いるために参勤交代をさせておいて、大名行列は金使いが荒いから控えろと注意したけど無駄だった。ケチ臭いと言われないために派手にするしかない。飲食店に入ったら、出る時は客全員の会計を済ませて去れ。それが貴族なの」
「じゃあ団長のそのどんぶり勘定は……」
「諦めなさい。コボロッド星系に行く前に、有り金全部分配するわよ」
「ヤベェ」「ヤバいな」「ヤバいって」「ヤんバ」「ヤベェっス」
回想している間に転送終了。団長たちが外からボッコボコにしているおかげで非戦闘区域はなんの危険もなく、私は一直線に出口まで飛び、ハイド&シークに乗り込んだ。
[アシェムートン、ミッションクリア、帰投します]
『お疲れ様』
『オレもくノ一やってみてぇっス』
『バスティンにひざカックン出来たら合格。ルーブと組ませてあげる』
『諦めるっス』
『あ、やっぱあのおっさんヤベェヤツ?』
『絶対なんかあるけど教えてくれないね』
『バーサーカーじゃ勝てないかなぁ』
『ァ゙あ? やってみなけりゃ分かんねーだろ』
『五秒』
『三秒』
『開始の合図と同時』
『とりあえずテメェら全員トレーニングルームに来い』
『ホラホラ遊んでないで作戦……、あら、なんか静かね』
『ラッテ様、もうノーチラス出してもいいころあいです』
『そうなの、じゃあやっちゃって』
お金も休みもいらない。これからも仲間と肩を並べる戦場と、エナドリショップを下さい。




