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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第五章 コボロッド星系
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76.言質



 予定時刻より早めだが暖機運転も兼ねて、私はノーチラス艦内に格納されている愛機、ヴリトラに搭乗して待機する。

 グリンカンビからこっちに移るのは少し寂しい。出撃前の更衣室で、メンバーとわちゃわちゃ話すあの雰囲気が好きだ。思い出し笑いをして、誰も見ていないのに咳払いで誤魔化す。

 貴族社会は、いやどこの社会にも潜在的な敵というものはいて、味方しかいないここがおかしいのだろうな。今まで味わったことのないこれは青春……、といっていいのだろうか。


 随分血生臭い青春だが私らしい。そして、まだ味方の誰も死んでいないから毎日笑える。

 あの日、故国で仇討ちに暴れた日、自分も仲間も死ぬ覚悟だった。ラティシス殿が現れて、全て好転したあの日から、私は夢の中を生きている気がする。これが現実とは完全には信じられない。


『お嬢、46ers、準備完了です』


[ああ、こっちも問題ない]


『お嬢はあっちにいていいんですよ?』


[余計な気をまわすな。作戦成功率が上がるのはどちらか、考えるまでもない]


『ははは、99.8%が99.9%に上がる程度でしょうに』


[それでもだ]


 本当はあの日に私たちは死んで、今は意識が消えるまでの最期の一瞬、長い長い夢を見ているのではないか。ひたすら自分に都合の良い夢を見ているのではないか。あまりにも今が幸せすぎて、半分は冗談だけど半分は真剣に思ってしまう。

 だからこそ、手を抜きたくない。どうせ夢だからどうなってもいい、ではない。どうせ夢なら醒めるまで出来ることもしたいことも全部しろ。これからも、誰も死なせない。


『作戦宙域に到着。今日だけは、まずはお話から始めるからちょっと待っててね』


 殿の通信が入り、一気に身が引き締まる。


『(ザァー、ザザァー)シゲ? こんな時間にどしたァ?』


『アラ夜分遅く……、でもなく昼かよ紛らわしいわね。こちらは傭兵団アタナシア・レミングス、責任者に代わってちょうだい』


『あぁん? 俺が責任者だ。なんの用だ言ってみろ』

 

『ホロメス・ファミリーさん。架空団体のブイシネ商会、架空団体のトウエイ・アクタープロダクション経由でウチに依頼した仕事の件についてです。完了報告して十日経ってまだ報酬が振り込まれていないのですが、手違いでもありましたか?』


『なんだそれ? まず連絡係の俺が責任者なわけねぇだろバカかよ』


『そういうのはどうでもいいです』


『あん?』


『責任者と言った以上は回答は今ここでお願いします。報酬はどうなっているのですか?』


『知るかボケぇ!』


『では死ね。総員、作戦開始』


 ちょっと笑いそうになりながら出撃。

 ノーチラスはほぼ私たちのためだけに作られたから、後付けのグリンカンビと違って設備と動線が計算されつくしている。

 弾以外はレールガンとなにも変わらない電磁カタパルトが十二本。数秒間隔の四連射で私と通称ナハシュ隊の四十七両は空気抵抗のない宇宙を貫き、アジト付近で速度を落とし、といっても軽く音速は超えたまま地表スレスレを滑空して迎撃兵器に迎撃させる暇も与えず潰していく。


『待て待て待て待てやぁーーー!』


 いつものことながら宙賊は全てが遅い。戦争に待てが通じると思っているなら愚かすぎるし。当然待つはずもなく、私は各隊に通信を入れる。


『チャリオット1、アルファ、制圧(クリア)。報告』

『スペードロメオ、ブラボーあと三秒』

『スペードタンゴ、ブラボークリア』

『ハートロメオ、射線切れた、チャーリーに仕掛けます』

『クラブロメオ、デルタ到着、警戒中』

『ダイヤロメオ、エコー到着まで五秒』

『チャリオット1、了解だ。スペードはエコーへ。チャリオット2から7、方位225からチャーリーに入る。ついてこい』

『スペードロメオ、了解。タワーにマーク、先に潰して向かう』

『スペードタンゴ、了解。方位190から入る。クリアしてない丘陵にスモーク撃っとく』

『チャリオット2、了解。小さいシェルターもいくつか見えるな。速度を落として潰しておこう』


 空中司令部(A W A C S)のノーチラス経由で情報をまとめて脳内マップに進捗をマーキングして、私は次のターゲットに向かう。グリンカンビとも連携して他の仲間の展開も見ている。敵は戦闘機もロクに出せていない。ああ、出す前に滑走路をシーバたちに潰されたか。


『おい待てっつってんだろっ! さっきのバカは始末した。俺がここの責任者だ。こりゃ一体なんの真似だ?』


『皆殺し。見て分かれ』


『っざっけんな! ウチがなにしたってんだ。筋の通らないことしてんじゃねぇぞクソアマぁ』


『そちらが仕事を依頼して、報酬は払わない。じゃあ命で落とし前つけろ。筋通ってるでしょ』


『ウチが依頼した証拠がどこにあんだよアぁん? テメぇ間違えましたじゃ済まねぇぞ』


 クックック。ああ、通信の殿も同じく忍び笑いをもらした。傑作だな、コイツら。


『なるほどね。あなたたちはそういう判断基準なわけね。そっかぁ、レーザーをテキトーに撃ちまくるしかすることなくて暇だし『撃つなっつって━━』撃ちながら説明してあげようかな』


 通信で無駄話をする時は、味方の鼓舞か敵をハメる時。なにか企んでいるのだろうな。


『宅配されると受け取りにサインする。普通は端末で片付くけどやってることは同じ。あるいは、役所や会社で書類……、アナログもデジタルも関係なく、書類にサインする。このサインってなんのために必要か分かる?』


 少し溜めたけど時間の無駄だろ。コイツらに知性を求めるほうが不毛だ。


『答えは、記録を残して責任の所在を明らかにするため。大昔から一般社会の一般人は、全員がこのルールに従って生きてきた。ところが地球の民主主義とかいう無能しかいない時代の政治家と、今も昔もあなたたち反社だけは、記録を残さず、人前で堂々と記憶にございませんと宣言して恥ずかしいとも思わない下等生物なの』


『そっ、それとこれがなんの関係があるんだコラぁ』


『関係あるから話してるのよ。反社はおいといて、他の時代、具体的には貴族はどうなのか? 中世以前は紙が貴重だから書類で片付ける仕組みは無理があった、という事情からスタートしてるんでしょうけど、記録を重視しないの。言質を取る、というやり取りに貴族が神経をつかうのはこのせい。この星系だったら忠臣蔵を知ってる人は多そうね。浅野内匠頭は、吉良上野介になにをされたのか、結局しゃべらなかった。だからいやみかイジメか、具体的になにがあったのかは憶測で終わる話なんだけど、浅野内匠頭からすれば、どうでもいいのよ』


『なんだそりゃ?』


『浅野内匠頭は世間に対し、吉良上野介が悪者であり、自分は可哀想な被害者である、などと主張する気もない。自分をナメた敵を殺す。証拠? 世論? どうでもいい』


 父上の笑顔を思い浮かべた。そうだな。王宮で斬り掛かった父上の頭には、弟ウルトの無念でいっぱいだっただろうな。


『その後ルールに従い切腹した主君の無念に身を焦がした大石内蔵助は、堂々と討ち入りした。主君が討ちもらした敵を始末しただけのこと。吉良上野介の悪事の証拠を揃えたわけではない。分かる? 法の抜け道がどうとか言い訳だらけのあなたたちハンパな犯罪者どもと違い、私たち貴族に記録なんて不用。言った言わないの水掛け論もしない。裁判所に行って知ってた知らなかったを争点とする無能の裁判官に判じてもらう気もない。あなたたちは私をナメたから殺す。私をナメたムサシの王家がひとつ潰れたように、どこの何様だろうと始末する』


 だから黙って死ね、と冷たく突き放すラティシス殿。クックック。これはシュケイン王家に見せるつもりか。


『わーった、負けだ、降参だっ! 依頼料を払う。払えばいいんだろ』


『いえ、今さら遅いですよ。どうしても払うのなら違約金ですね。規約はホームページに載っています』


『うぉいっ! 違約金三千倍ってなんだよーーっ!』


 ブッ。子供の口喧嘩に出そうな数字、三千倍て。


『裏切り者には絶対の死。金で片付ける気はないって意味よ察しろ』


『ラッテ様、全機作戦目標クリア、ノーチラス、スタンバイ完了です』


『ありがと、総員撤収、ノーチラス、やっちゃって』


 いつもの如く大口径のレールガン、いやレールキャノンで直径数十キロメートルの小惑星にヒビを入れて、いつもと違い、反応弾を積んだロケットを大穴から内部深くに撃ち込み木っ端微塵にした。


『アタナシア・レミングスを虚仮にした全員に告ぐ。震えて待ってろ』


 この映像公開するのか。恐ろしい人だ。というか、おや? もしかして……。


 帰投していつものルーティン。汗を流してデブリーフィングからの賑やかなご飯の間に聞いた。

 やはり、生配信(ライブ)だったか。


「早速依頼料の振り込みが殺到してるわよ」

「それは遠慮なくもらうとして、片っ端から潰していくことに変わりはないから、みんな、もうしばらく忙しいのは我慢してね」

「許さないんスか?」

「ええ、もう遅いって伝えたし」

「引かなくて大丈夫?」

「むしろ全ての反社を追い詰めて、軍を出させるつもり」

「本気で星系ごと戦争すんのかヤベェなお前ロックがすぎる」

「軍にも反社が大量に混じっているなら潰したほうがいいでしょ。やるなら徹底的に、そしてそうねぇ……、あと一月ほど暴れて次の星系に行きましょ。そのころには」


 殿は人の悪そうな笑みでみんなを見回した。この捕食者の顔は一度魅入っちゃうと後戻りできないんだよな。戦士に生まれて最高に楽しい戦場を用意してくれる王に出会って、離れられるわけがない。


「この星系から反社は一人残らず消えるルートに突入しているでしょう」




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