75.裏方
アテナの整備主任室で、俺はコーヒーをすすりながらモニターとにらめっこしていた。居住区以外はゼロか低重力だからコーヒーはフタとストローがついていて、ちょっとカッコ悪い。熱いコーヒーは陶磁器のカップで香りも楽しまないと口が寂しいというか慣れないというか。
艦橋にいない時は大体こっちだ。というか作戦中以外はほぼこっちだ。
出撃機体は少ないから整備は楽ではある。軍と比べればの話だがな。ただ、少ない機体の大半がロボットだから勤務体制は過酷ではある。親衛隊とかいう恐ろしい集団が俺も知ってる父上の元部下、エクス王国の整備士たちを連れてきてくれたのは非常に助かった。今は俺の目が届かない部署に配置してもらっている。いや親衛隊ってなんだよ、て毎朝声を大にして叫びてぇが。軍人ってわりと洗脳レベルで愛国心を植え付けられるんだけど、祖国を捨てるほどたくさんの軍人が味方にいたって……、実はその気になればエクス王国にいたころ軍事クーデターも可能だったの? 思い返せば父上の葬式の時、城に突撃しても勝てそうな態度だったな。なんでみんなスルーしてんの。ウチの妹の生態が謎すぎる。
俺は整備士俺は整備士俺は整備士、整備だけさせてくれ。呪文を唱えて胃薬を飲む。
ロボットは整備士泣かせのおもちゃだ。機械ってのはつまるところ、電子部品の劣化と機構部品の摩耗が寿命になる。
劣化はぶっちゃけどうにもならない。無酸素の宇宙はまだ腐食は防ぎやすいけど、代わりに放射線がキツすぎる。対策はとっているけど部品の交換はしょうがない。
問題は摩耗。ロボットが動く、ただそれだけで全身の関節が擦れる。砲身の内側にも使われる、電子顕微鏡で覗いても平らな分子配列の操作という、研摩を超えた技術で摩擦係数を極度に落とし、磁気の反発を利用したサスペンションとショックアブソーバーを使ってなお擦れる。そこまでして乗るなよ、という思いとロマンの狭間を往復するのが整備士だ。原因の八割くらいはかつての日本人のせいになる。
論理的に考えればロボットで戦うって頭悪すぎるからな。地球人の大半は実利重視だからロボットは永くフィクションだった。でも日本だけは開発が消えることはなく、出来たら出来たで興奮する男も世界中に多く、戦争がエンターテイメントになると需要が増えて今に至る。貴族は金かけて目立ってなんぼの生き物だしな。
だからまぁ、目立ってなんぼのアイツらには合っているのか。
モニターに映るのはフーイエ専用機の設計図。プフェートの要望で色物になってるけど大丈夫だろうか。
イカサマ臭いギャンブルで荒稼ぎして、資源は宇宙から採り放題で、俺たちは自由にモノ作りに没頭している。こんなに次から次へと専用機を作るとか、しかも出し惜しみなしの超高級機を作るとか嘘みたいな環境ではある。この幸せがなければとっくに俺の胃はサイボーグ化されているだろう。
「主任、昼休憩ですよ」
「おう、もうそんな時間か」
副主任のティナワースが外から声をかけてきた。これは我が家の伝統になるが、父上も俺も仕事場の個室のドアは開けている。部下たちとの間に壁を作るな、とのカッコいい理由だが、多分先祖が始めた理由は閉所恐怖症気味とかもっと俗っぽいと思う。ウチってそういうとこある。本音よりも、今の自分はカッコいいか悪いかを基準にしがち。
主任室を出て目の前、アテナのガレージは巨大シャワールームのような仕切りがあり、改造と新造の機体がいくつか並ぶだけで閑散としている。本体はグリンカンビとノーチラスに格納されていて、部品の修理や交換のための作業場がこっちになる。塗装が剥げたり銃痕の凹みくらいはあっちで直せる。
「今日はサンドイッチに唐揚げか、美味そうだ。ありがとう」
油と鉄錆臭いいかにも工場な空間を整備士は好んでいるが、メシ時はいやがる人も多くて大半は食堂に行っているらしい。俺は気にしないから同じく気にしない十人前後の部下と一緒に、隅っこに置かれた安物テーブルとパイプ椅子について弁当を食べる。弁当屋から買ってきてくれるのはティナワース。彼女や他の連中の弁当代も渡してはいるけど、これは仕事ではなく彼女の好意だから感謝の言葉は必ずそえる。父上から厳しくしつけられた。
『夫婦も部下もコミュニケーションは挨拶と感謝だ。自分は無口で言葉足らずだからしょうがない、は通じない。できないじゃなくやれ。どうしてもできないなら末端か独りで生きろ』
おまゆう、とは思っていた。無口で言葉足らずな父上はプフェートはともかくラッテにはこじらせちゃってたからな。父上は妻と部下には感謝の言葉を欠かさなかったけど、家族とはコミュニケーション不足で孤立していた。
「遅れてるタスクはあるか?」
「アルミニウムがきれそうです。建設のほうで使われて。他クロムとニッケルもそろそろ」
「あー、ついに足りなくなったか」
ティナワースも含めて部下全員がアビャーナの同輩、つまり十代女子。だから華やかかといえばそんなこともなく、話の内容は仕事かせいぜい時事ネタ、ラッテ関係の軽口が喜ばれるくらいだな。
セクハラパワハラなど、ハラスメントという言葉は今も使われるけど死語に近い。男女平等の理念がいっとき変だった歴史は知っている。地球の歴史はやらかしによる教訓だらけだから誇張はありそうだが。
地球は男尊女卑が続いた上での平等って揺れ戻しでおかしかったんだろうな。
ハラスメントは、するほうとされるほうのどちらか、もしくは両方無能だから起こる。例えば「髪切った?」でキレる狂犬、どこの組織で通用すんだよ。脈絡もなく「髪切った?」と訊く上司か同僚も距離感バグっててそりゃキモいし、どっちもどっちだな。
職場にプライベートを持ち込むヤツが無能の証。仕事しろ。ってな感じで現代はハラスメントがどうこうはあまり聞かない。ゼロではないけど、社会には無条件の平等なんて存在せず、上下があると明言しているから普通の人はわきまえている。
「中小連合国の四つの頭文字をとってWEST、だったか。数日以内にそこのコロニーに寄って補給するらしいから少しだけ繋いでてくれ」
「流石にアステロイドベルト付近で勝手に資源漁りは体面悪いかぁ」
「コロニーとはいえコボロッド星系初上陸、ですね」
「ざっと調べた感じ、こっちは私たち裏方が不遇っぽくてムカつく」
「あーやっぱそうなの? なんかセキガハラとかマフィアとか、荒っぽい人がやけにフューチャーされてる気はした」
な? 有能な人材は休憩時間のおしゃべりすら有意義。
「そうなのか? 全然調べてなかった」
「出撃回数がすさまじくて忙しいから仕方がないですよ」
「来たばかりでなんだけど、ここって魅力なさそうだし」
「カジノだらけで独特の観光地とかまるでなくて、団長もこの星系は暴れて通り過ぎるだけみたいなノリだもんね」
「なんか、草食系? 消極的な人は搾取されて泣き寝入りしてろ、みたいな価値観みたいです」
「へえ、まぁ故国も似たような部分はあったな。整備の家系を見下すヤツはいた」
懐かしいな。ガキのころは涙をこらえてプルプル震えて、ラッテがキレて暴れて、そんな思い出ばっかだ。
「名門のウッドストック伯爵家でもですか?」
「平和が続くとしょうがねぇんだよ。百年に一度の有事のためだけだとしても軍を維持することが肝要、って至言ではあるけど、平和が続いて有事を想像できなくなった無能は大声で軍を否定する。表に立つ軍人ですらそれだ。裏で支える人はもっと、なんなら軍人からすら無用扱いされる」
「バっカみたい」
「ああ、実戦経験がなく、戦車に乗って戦場で戦うとはどういうことか分からない戦車兵とかバカすぎて使い物にならない。戦車も戦闘機も俺たちがいなけりゃただの棺桶なのにな。故国はそういう連中が大勢いたし、こっちはもっといる、てことだろうな」
「こっちのほうが多い?」
「クックック、見りゃ分かんだろ。毎日潰れていく宙賊というか反社ども、あんな整備不良のハリボテに乗ってラッテたちの誰かひとりでも倒せる気でいるんだぜ? 無双ゲームの雑魚以下」
「まぁ全員かはともかく、団長がやられる可能性はゼロですよねー」
ウンウン頷く部下たちに笑ってみせる。お前ら信者が喜ぶ話でもしてやるか。
「ラッテが軍で人気があるのもそのあたりかもな。アイツは裏方の重要性を理解している。自分は舞台に立つ主役、俺は大道具、いなきゃ劇は始まらない、だとさ」
おぉ、という歓声を受けてしめる。
「電車も航空機も、運転手だけでなく、毎日点検する人がいて初めて運用できる。その在り方は時代が違っても変わらない。世界を動かすのはラッテのようなスターだけど、世界を支えているのは俺たちだ。忘れるな」
数日後、WESTのコロニーにグリンカンビを輸送船代わりにつけて、資源購入の取り引きを役人と交渉した。誰が見ても軍事利用だし、量が量だから民間企業から買うとはならない。
量は充分にあって、問題は値段。足下見られているって見え透いていたけど、ラッテは笑って了承した。なんだろう? スゲー胃が痛い。
そして、資源の搬入に混じってコロニーからの移住希望者が殺到した。
妙にオッサンが多いと思ったら、技術職が大半だった。なんなんだ?
なにを企んでいるのかとラッテに訊くと、コイツ、笑いながら動画を観せた。
『━━世界を支えているのは俺たちだ。忘れるな(ドヤァ)』
「ボア兄さん、カッコいいわよ。今コボロッド星系で再生数一位かも」
なんで……? いつ、どうやって? 口に出さなくても顔に書いてあったのか、ラッテが答えた。
「マーサがカメラを持って撮影しているのは、今撮影中ですって周りに見せるポーズなのと、本人が楽しんでいるだけのこと。グリンカンビやノーチラスも含めてアテナの影響化にある艦内ではノクちゃんが全部記録している、ってボア兄さん知らなかったの?」
知ってたけど俺の言動なんか保存されるとか思ってなかったんだよ!
「ボア兄さんっていうほど裏方じゃないのよねぇ。何故か同性にモテるって私と同じじゃん」
ちゃんと観てた? 俺若い娘たちにカッコつけたんだよ。オッサンに響いても嬉しくねぇー。
大量の資源と家族も連れたオッサン一万人弱を乗せたグリンカンビをアテナに向かわせ、艦長席に座って呆ける俺をひとしきりイジって笑い、ラッテは艦橋の面々に宣言した。
「依頼はほぼ片付いて、どこも報酬の支払いはナシ。どいつもこいつも私たちをナメきっているけど、そろそろ地獄に落として回収を始めるわよ。お祭りを楽しみましょ」
ラッテ、俺、胃がぁ、胃がぁぁぁ。




