74.散歩
アイドリングしてある愛機のフォルケに乗り込み、カタパルトに足をはめると逆関節の膝が沈み、地上とは違う柔らかな加速を感じてグリンカンビから発進する。
みんなはもう宙賊のアジト、小惑星の地表に迫っているし、ボスとコンティノはもっと先に出撃して迎撃兵器を潰している。スナイパーの私はひとり離れ、みんなとは違う角度からサポートに徹する。
いつものように、私は戦場全体と拡大をHUD、ヘッドアップディスプレイに目まぐるしく切り替えさせては標的を撃ち抜く。
合間合間に味方機のポジションも俯瞰して、危険はないか、意識外から射線が通ってないか目測で探し、不安要素は早めに撃ってしまう。宇宙空間は非常識にすべてが速い。比較するものがなくて逆にゆっくり動いているように見えるから余計に感覚が狂う。そんな環境で戦闘機を撃ち落とせる私の超精密機体からすると、コロニー地表の標的は審判にデッドボールしてもストライクといってくれる野球みたいなものだ。外すほうが難しい。
「フフっ」
ただ、不安に感じる場面が随分減ったな。私はトリガーを引きながら思わず笑う。戦闘中に、珍しい。
宙賊退治は訓練とボスは嘯いたけど、回を重ねるごとに洗練されていくのが見て分かる。
特にシーバの成長は著しい。最初から超能力者かよってツッコミたくなるほど射線管理は上手かったけど、最近は隠れるだけじゃなく、わざと自分が目立って仲間を隠す戦術まで使いこなしている。
実際コイツ、いやコイツら、凄いよな。
ボス、私、ナハシュ、ルーブ、カウリーン、フーイエ、コンティノ、ついでにナハシュ隊の面々。実戦部隊の私たちは等しく元軍属だ。カウリーンは少し特殊な事情がありそうだけど、広い意味では同じ。国家による正規の訓練を受けて今がある。
庶民が入るファームも貴族が入る士官学校も、決して甘くない。『たかが地球のショートスリーパーにできて諸君にできないわけはない』と教官に言われて三日間不眠の行軍とか、精神論がまかり通るトップクラスにキツい日々だった。『いや地球のショートスリーパーもショートはスリープしてるし行軍はしてねーよ』なんて反論は許されない。私の場合は対人関係が一番のストレスではあったけど、優秀な兵士になるべく必死に頑張った十代だった。あ、先日十九歳になったらしいからまだ十代か。カレンダーがゴミ箱でそのへんの感覚は終わってる。
私たちは強くて当たり前。何年も厳しい訓練を積んできたのだから。一般人を殴って脅して大声出して強者ぶる反社なんてスポーツ観戦で野次を飛ばす客くらいにしか見えない。じゃあお前がやってみろっていちいち怒る選手はあまりいないのでは。むしろそんな客をリングに上げて戦うもっとひどい選手が私たちなわけで、ただの弱い者イジメといえる。
その私たちに混じって連携すらとれるシーバたちは異常だ。もちろん生身の射撃も格闘も、普通の勉強も一年生レベル、一般常識すらおぼつかないけど、ロボットの戦闘はもう古参兵の安心感すらある。
もともと兵士は初陣がもっとも死にやすく、一戦生き残る度に確実に強くなる。ドラゴンスレイヤーの異名はちょっとノリが青臭いけど、コンティノをタイマンで倒したのは事実だから強さは誇っていい。私もイーグルアイとか呼ばれていたから人のことは言えない。
先行するルーブから注意マーカーがマップに点滅。制圧ラインのずっと奥、遠距離支援兵器群が地下からせり上がって顔を出したか。反社のくせに変な備えをしている。
『フォルケ1、レーダーにマーク』
[ヒット]
司令部のグリンカンビから指示が出るより先に私は照準を合わせてトリガーを引く。車のハンドルのような巨大な輪っかを光線が貫き爆発すると、少し遅れて兵器群の手前に別の爆発。カウリーンのグレネードランチャーか。直接ひとつ潰すより、土煙でターゲット目視不可にさせる判断、すげぇな。レーダーが潰れた合わせ技で無力化しちまった。
『フーイエ遅い、ポンポン痛いんスか?』
『は? テメェらに合わせてやってんだよ』
シーバたちガンナー三両が軽く宙に飛んでガトリングガンの斉射。あちらからは土煙で見えないけど、こちらからはレーダーにマーカーをつけて煙越しにロックオンされている。外周の撃ちもらしはマークスマン三両が丁寧に片付け、サポーター三両がスモークの広域散布で敵の心を折る。
接近して大剣を振り回すフーイエは最近の作戦では見せ場なしだな。アジトは戦闘機以外の兵器は固定されていて、遠くから撃ったほうが早く潰せる。
にしてもシーバ……、フーイエにも平気で絡むのか。このコミュニケーション能力の高さは私にはまったく真似できないな。
アテナのリーダー、求心力はボス、ラティシス・ウッドストックに間違いないけれど、私たちのかすがいはシーバに思える。誰にでも気安く近寄り、誰からも気安く返される。きっとシーバのおかげで、ここには軍属の堅苦しさが一切ない。
今回もいつも通りの流れ、ナハシュたちフローターの機体が散開して出入り口の封鎖に動き、ノーチラスの艦砲射撃で内部に壊滅的ダメージを与えて状況終了。内部構造も丸裸にされていて、弱点をついているからアジトを立て直せる可能性はない。
全員帰投して、シャワーを浴びてからデブリーフィング、反省や改善点などマイナスだけではなく、ファインプレーなども混ぜて盛り上げて、祝勝会というテイでご飯を食べて解散。このやってることは殺し合いなのに部活動のノリにもすっかり慣れた。面白いよな。殺し合いのノリでままごとやってる反社の反対。
反社がスポンサーのメディアは、連日どころか日にいくつもの宙賊を潰していくアタナシア・レミングスを血に飢えた首狩族みたいな扱いにして悪に仕立てようとしているけどもっと面白い。なんせボスは自分で悪を認めているからな。依頼を受けて仕事しているだけって態度でひとつ、赤狼会とかいったか、最初に潰した時の映像を公開した。
もとよりこっちの人たちの間ではボスは有名になっていて、おそらくはメディアの影響で、二つ名とか噂に弱い。つまり星系ごとビビり散らしている上にボスがノリノリで潰していくからちょっとしたホラー展開に感じる。ソレを見たら終わり、とかキャッチフレーズでもつけられそうなヤツ。
私たちは……、呑気なもんね。語彙が伏せ字だらけの反社の通信はもう無視しているし、メディアも世間の声もどうでもいい。
仕事が部活動のノリならプライベートはさしずめ女学生。シーバの存在はただのきっかけかも知れない。少なくとも私には青春と呼べる思い出なんてない。灰色の過去を塗り潰すように今、楽しい日々で埋めようとしている。
「す、スカート、まだ、へん」
「似合ってる」
最近お気に入りの楽しいこと、カウリーンを連れてショッピング。この娘は見た目だけ成長しすぎたローティーンみたいな雰囲気だから、お姉さん系より少女らしさでしょ。でもフリルの多用はミスマッチ。ゴスロリなんかはアビャーナが絶対似合うけど着てくれないかな。
肩をつまんでみたりするカウリーンの後ろ、試着室の姿見にご機嫌な自分の顔が写っていてギョッとした。私、こんなにニヤけていたのか。
自分はダークブルーのジャケットにパンツの上下。迷彩柄のネクタイとシルバーバックルの組み紐ベルトで精一杯のお洒落を楽しんでいるけど、どうしたって男性寄りのファッションになる。
長身色黒、筋肉はしっかりついていて肩幅は広く、顔つきは柔らかいほうだと思うけど、迫力が滲み出ている。
そんな自分じゃできないコーディネートをカウリーンで試すのが楽しい。彼女も長身色黒でパッと見姉妹なのに、印象がまるで違う。兄妹、だな。
「オレンジワンピにはミュールで合わせたいな。靴屋、行こうか」
「み、みーる?」
「サンダルみたいなやつ」
着せたまま会計して店を出る。カウリーンと連れ立って街路樹の並んだ歩道を歩き、人の多さに時々変な気分になる。ここ、宇宙要塞だよな。
居住区だけとはいえ、アテナも一見普通の街に変わった。半径ニキロメートルくらいかな。重力がかかり、空は全面ディスプレイだけど時間に合わせて変化して、広域アナウンスのあとで雨も降る。
来たばかりのころはゴーストタウンというかタウンでもなかった。貴族用の住宅が並び、兵士用の団地が何棟も並ぶ、寝るためだけの場所だった。今は人口が四万人を超えたらしいし、モノ作りのスピードがおかしい気がする。
どこにも所属しない、フリーランスを極めたような宇宙要塞に移住を決める人種がまともなわけはなく、かといって粋がりたい無法者が近寄れるほど甘い組織でもなく、趣味に生きる変人が異常に多い。
取り繕わずに言うと服屋というよりコスプレショップが並ぶ。多分来店数のカウントかなにか、ボスの顔ステッカーが貼られた飲食店も並ぶ。宅配の輸送車くらいしか走らない車道には、アクセスが不便とかなんとか言い訳して、路面電車の建設が始まっている。
ボスが住民にやりたいことやれと言ったらヲタク街になった。コンビニがないのはなんとかして欲しい。
税金はなくて成り上がりもない。無茶振りでなければサポートする方針というかどんぶり勘定のもと、いくつもの店が被った。初見の街経営ゲームみたい。需要がないからそのうち淘汰されるとは思う。親衛隊とかいう連中が修正すると聞いたな。確かボスは元伯爵令嬢で、親衛隊隊長は元侯爵令嬢って肩書きだけでなんか怖い。貴族ってそのへんの上下関係は絶対じゃなかったっけ?
「た、たんぽぽ」
カウリーンが小さな公園に駆け込みしゃがみ、芝生を覗く。この娘は草花を見かける時が一番楽しそうだな。砂漠の星に生まれるとそんな……、でもないか。ルーブやウサニーは全然だな。
私は端末をつついて近場をチェック。路地の先、角を曲がって数メートルにあるソフトクリーム屋に歩く。
戦闘時以外はなにも急ぐことはない。道草だらけの日々に、一年生の自分が育っていくから。




