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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第五章 コボロッド星系
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73.沼友



 ラッテ様の家に入り浸るせいで、アテナにあてがわれた自宅は閑散としたものです。そこに届いた箱を開けて、軽くため息をつく。そういえば運送の仕組みも整ったのね。流石はあの方々。


 持ってないと言ったら贈られたドレスに袖を通し、姿見で正面も背後もチェックする。

 青味の強い髪と瞳に合わせた若草色のAライン。マーメイドの類いが似合わないのは分かっていますがAラインて。

 胸だけ発育良くて表情に乏しいからお人形扱いですか。くっ、身長さえあれば私だってモデル体型(カウリーン)になれるのに。


 一応元公主だから着付けもアクセサリー選びも慣れたものです。独りでできますとも。手早くこなし、同じ居住区に建つソレイユ様の邸宅へ向かいます。徒歩で。これはなんというか、さまにならなくて恥ずかしいです。馬車じゃなく普通の車でいいので運転手、欲しいですね。ほらぁ、道行く人がドレス姿の私を見て察して顔を背けるの、心にキます。ちょっとジェルマ、初等科から一緒だった貴女まで、おのれ。


 邸宅の呼び鈴を鳴らすと三つ数える間をおいて、老執事が玄関を開けて招き入れます。使用人を連れて出奔するの、ちゃっかりしてますね。

 執事の案内で地下に降りると、重厚な木製の大きな扉がしずしずと開かれ、私は眼鏡を外して化粧ポーチにしまい、代わりに取り出した仮面舞踏会に使うような口元以外を隠すマスクを装着してから入りました。


「アビャーナ様、ご機嫌よう」

「ご機嫌よう、お姉様方」

「ドレス、似合ってましてよ。あとで撮影会しましょうね」


 中は薄暗い広間になっています。ロウソクの林立するシャンデリアの下に大きな丸テーブルが置かれ、円卓に六人の女性が座り、私と違って皆扇情的なドレスで着飾り、一様の仮面がホラー。

 正直、このノリには困惑しています。

 なにも悪いことはしていないのに、しかもアテナの住人に認知されているのに、秘密結社感を演出する意味はなんなのか。

 いやまぁ意味があるわけないですが。二十代半ば、ラッテ様とご学友のこの方々は、女帝世代と言われています。人の上に立つ才能はあるけど振り回すワンマン社長、くらいの褒め言葉と悪口半々の意味で。ちなみに影響を受けた下は揚げ足取り世代と言われています。


 親衛隊NO.1、親衛隊長。コッペリア・フォン・ガーフィールズ元侯爵令嬢。


 表沙汰にはならなかったけど、おそらくは不正の証拠かなにかをもって、父の侯爵を実質隠居に追い込み十代で軍閥を牛耳った才媛。本人に戦闘力はまったくないけど、宇宙軍を管理する侯爵家の発言力を使って実力主義の改革を進めました。ラッテ様の元婚約者、第三王子を筆頭とする保守派というか、血統主義派との暗闘があったようななかったような。なにが恐ろしいって、本人はラッテ様の推し活で片付けていることです。


『……推しているのではない。推さずにはいられない、だ。この境地に立った者の推させて頂ける感謝の示し方を推し活という。前者はともすれば推してやってるなどと押しつけがましい態度すらとり、対象の言動が希望に沿わないと幻滅などとのたまい手のひらを返す。そういう輩は推し活ではなく荒らしという。諸君、自分は後者だと、自分の欲望よりラティシス様を第一に考えていると誓えるならば私の手をとれ。親衛隊へようこそ』


 今も語り継がれる第一回総会の演説です。ちなみにラッテ様からはヤンデレと呼ばれて喜んでいます。


 現在は隊長名のソレイユを本名とし、アテナの一般人をまとめる行政長の役割を任せられています。

 他の面々も、表の役職はともかく、マスメディアに顔が利いたりシンクタンクと繋がっていたり、エクス王国の次の国政を期待された若手代表みたいな有名人です。


 私のような者にはシングルナンバーという呼び名で畏怖されていますが。

 ラティシス親衛隊の中核。ガチ勢の中のガチ勢。真剣すぎて笑えない組織。

 実際王政の世の中で、女帝呼びはまぁまぁ危険ではあります。クイーンはアウトです。大食い王とかレースクイーンのような常套句はセーフですが。王や女王はそこら中に実在するので不敬になります。日本にキングやクイーンの異名はあってもナントカの天皇、なんて異名はなかったのと同じ感覚ですね。

 だからこの方々は地下に潜ったという事情がありそうです。推し活と呼ぶには各人の影響力が強すぎて、王から見ても脅威に映りかねませんから。というか絶対脅威ですね。ラッテ様の敵は裏で首が飛んでそうな推し活ってなによ。


「みなさんご機嫌よう、お待たせしました。アテナ会議を始めます」


 そのソレイユ様が最後に現れ、私たちが起立して迎えると円卓が埋まります。


「まずは進捗の報告をお願いします。ルナ様」

「はい。サンプリングによる聞き取り調査では、衣食住の不満は見られません。要望の多くはインフラ関係。居住区外は重力が軽いせいで余計、ワーレイが敷かれていないルートが不便すぎるとのこと。あとは、女帝関連のコンテンツを増やせと。喫緊の課題はなしと判断します」

「しょうがないですわね。全員それ目当てで乗ってるようなものですし。次はマーズ様」

「はい。コボロッド星系のメディアも他星系と同じ、露骨な情報操作が随所に確認できました。カッセンやセキガハラの残酷映像を利用して、他星系に比べれば自分たちは平和。反社だらけの下層が嫌なら上層で暮らすために成り上がれ。任侠、カッコいい。などの刷り込みが目立ちます」

「最後のは……、メディアにも反社が混じって影響力が大きいと判断しても?」

「はい。なんなら反社がニュースキャスターと思ってもいいくらいです。血縁関係のコネ入社が普通でした」


 健全なマスメディアなんて絵空事と知っているけれどパワーワードですね、反社がニュースキャスター。『明日は王都に血の雨が降るけんのぉ』なんてお天気反社のコーナーでもあるのかしら?


「では次はマーキュリー様」

「はい。治安の問題は私がすることはなさそうです。AIノクチャーによる完全監視体勢が敷かれているので、悪事を働きようがないといいますか。ノクチャーの報告によると今までに三名、窃盗や恫喝の前兆を示した人物がいますが警告でひいたと。ブラックリストに登録済みです。監視に不快を訴える者は一定数いますが、では監視のない無法地帯の区画を作るからそこに行けと命じたら撤回しました」

「要塞に乗って自由と安全の両方寄越せって図々しい人はブラックリストで。マーキュリー様には防犯より裁定をお任せしたほうがよさそうですね。調整を━━」


 重要な議題がポンポン片付いていく。有能な人材のみの会議が心地良いとは、初めて知りました。公主として政治の基礎は学びましたが、私は軍部の専攻だったわけで、ラッテ様に丸投げされた方面を分担してもらって本当に助かりました。


「━━では次はアビャーナ様」

「はい。現在アステロイドベルトに展開し、二六ものアジトを壊滅させてなお作戦進行中ですが、このペースで弾薬を消費するとタングステンを筆頭に資源切れが発生する恐れがあります」

「ラティシス様はなんと?」

「中小連合のWEST(ウェスト)・コロニーから買い付けるそうです。まだ動画収益もない段階で散財はいかがなものかと懸念があるのですが……」

「あらまぁ」

「ふふ、そうきますか」

「星系ごと愚者の詰み(フールズメイト)、最高ですわ」


 お姉様方から一斉に忍び笑いがもれて、私は戸惑います。


「あの、ラッテ様の狙いが分かるのですか?」

「ずっと見てきたから、似た流れに覚えがあるのですよ」

「真夏のパラダイス事件ですね。誘惑につられて手首ポロリもあるよの」


 なっ、私の知らない見出しがっ。


「詳しくお聞きしても?」

「あれは……、士官学校四年生の夏季休暇前のこと」


 円卓中央に、私も通った覚えのあるエクス王国士官学校の俯瞰写真がホログラムで映る。芸が細かい。


「教官のひとりが……、まぁアレなタイプでね。軍という組織内にも敵味方いろいろあって、ラティシス様を敵視するタイプね」


 本当にあそこは相関図が意味不明にこじれていましたね。組織はそういうものだと理解はしていますが、アテナのこの味方しかいない環境に慣れると二度と関わりたくないストレスです。あとその教官と思しきオジサンのホログラムが映りましたがそれ遺影ですよね、もうオチが分かるのですが。


「あの学校は海軍演習の施設も兼ねて巨大なプールが設置されていますが、本来業者に依頼する仕事の、プール掃除をラティシス様ひとりでしろと命令したの。どうしてそうなったのかは省くわね。感情に基く嫌がらせにまともな理由なんてないし」


 はいはいそれは殺処分で意義なしですわ。


「ラティシス様は……、なんと二つ返事で引き受けました」

「まぁ!」

「何故ラティシス様がしなくてはいけないのかと、憤慨する周囲をなだめて言いました。プール掃除は必要なこと。貴族だからやりたくないは道理が通らない。教官がどの貴族にも命令できる偉い立場なのかは置いといて、やれというならやりましょう。いっそ楽しんで。そうねぇ……、びしょ濡れになりそうだから水着でしましょ」

「! そ、それは」

「ええ、聞いていたクラスメートがざわつき、校内がどよめき、校外に号外が出回りました」


 語り慣れていますね。


「翌日、女生徒全員が水着で参加。生徒のがわにもラティシス様の敵はいますが関係なく、この流れに乗れない女はダッセーの同調圧力に屈し、あらゆる派閥の上級貴族にいち教官風情が雑事をさせるとはどういう了見だ? と事態が重くなる手前で教官が自決して夏期休暇に入りうやむやになりました」


 手首ポロリがどこにあるの? とかこの話のなにが現状と重なるの? とか疑問はありますが、ホログラムで回転する当時十六歳くらいのラッテ様の水着姿で全部どうでもよくなります。


「ああ……、いい、すごくいい……」


 仮面、重要ですね。



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