72.好物
アテナのネカフェから出てドリンクサーバーへ。ブルーベリーフラペチーノはちみつマシマシカスタムを持って休憩室に入り、ドカッとソファに座ってジュルジュルすする。あー、疲れた目にブルーベリー、疲れた脳には糖分補給が染みるー。元気な時も甘いものばっかり? 別腹っス。
「シーバお疲れー」
「おう、お疲れー」
「あんたそろそろメディカルチェック受けとけ」
遅れてシェファーとコリーもドリンクを持って入ってきた。シェファー、余計なお世話だっての。
三人一組でチームになって他プレイヤーと撃ち合うゲームは、通信回線が繋がる環境では一日一回、今でも続けている。大半のゲームってもう基本が固まっちまってオプションが変わるくらいで、星系が変わっても違和感なく遊べる。実際判断力を養うには最適だし。頭に一発喰らっても動き回るとかゲームならではの仕様は現実と混同しないよう気をつけなきゃだけど。
「んじゃ、デブリーフィングやっとくか」
訓練を始めたころ、姐さんに口酸っぱく言われたデブリーフィングは今も守っている。起源は命の軽い江戸時代初期まで遡り、将棋のプロ棋士は、一局終わるごとに必ず感想戦を行う。負けた悔しさとか感情はわきに置いて、今戦ったばかりの敵と一緒に、互いの良い点悪い点を振り返り、IFルートの検討もする。
『それができて初めてプロの入口ね。頑張り方には上手と下手がある。ビッグマウスではなく命を懸けて成長したければこれくらいはしなさい』
って姐さんの言葉はその通りっス。一日中ゲームすることは一日中遊ぶことであって努力でも訓練でもない。
「こっち、コボロッド星系は突撃タイプが多いね」
「マークスマンとショットガンばかりでアサルトライフルなし」
「そうそう、中距離の撃ち合いがなくて今来るの?て」
「詰め方が強引だしね」
「あー、なんか違うと思ったらそういうことか」
「これが星人性? 星系によって性格が違うって今まであった?」
タブレットにリプレイを映して話し合い、コリーの疑問にふいに胸が熱くなる。今までなかったのではなく、オレらが小さな違いに気付くくらい上手くなったんだよ。
「三分目の川越え、都市部に入ってたら混戦に巻き込まれてたね」
「トンネル向かったのは正解だった。シーバ、どうしてこっちを?」
「カンっス」
「あんたそういうのダメだよホント」
「い、いやいや、スタートで各チームの降下地点から右回りはキツいって……」
「先にそれ言ってよ」
オレら九人はもちろんのこと、スラム出身の下の世代もスケジュールは訓練で埋まっている。といっても各自やりたいことだから苦でもなんでもない。勉強、生身の射撃、格闘、ロボットの射撃、料理や車の運転なんかも練習できる。オレも戦闘機のシミュレーターを使ってみたけど、酔って無理だった。スピードの耐性は慣れと才能らしい。
「団長ってさ、テレジアやチェリたちの名は呼ばないの、なんだろ?」
「仲間の数が多すぎて、人名はエクステ頼みだから、自力で覚えるのは時間がかかるとか言ってたような」
デブリーフィングを終えてだらけた時間、コリーが他愛のない疑問を口にした。姐さんがチビどもの名を呼ばないこと、みんなも気付いていたか。ただ、答えは結構重いと、オレは思っている。
「姐さんはチビちゃんと呼んでみんなを平等に猫可愛がりするけど、平等に距離を置いている」
「なんで?」
「自分が死んだ時にアイツらが深く傷付かないように、だろうな」
「そんなの無理よ。私もあの子たちも団長には感謝しかしていないんだから」
「それでもだよ。あんな無敵感パない人でも死は覚悟してんだな」
「絶対死なせない。私が盾になってでも」
「そういうんじゃダーメ。団長はハッピーエンドしか認めないって」
「ああ、オレらがもっと強くなるしかねぇんだよ。安心するくらい」
[ターゲット到着まで一時間、総員、配置について待機して下さい]
艦内放送が聞こえて、オレらは立ち上がる。
機動力が大事と、グリンカンビにも増設されたワーレイに掴まり無重力の通路を高速移動して、格納庫、そのそばの更衣室でいつものガヤガヤ。オレらってキャピキャピはしてないと思うけど、いくらでもしゃべれるのなんだろな。
「今日も流れは同じかな?」
「だろうな。ボスとコンティノが戦闘機の相手、私たちがアジトの入口制圧、迎撃兵器をあらかた潰したらノーチラスの艦砲射撃でフルボッコ」
「反応弾で完全破壊まではしてないから生き残りがいるんじゃね?」
グスタフとかいうノーチラスの主砲で小惑星に巨大なクレーターを作るけど、木っ端微塵にはらなくて、放置して去るのは少しゾワゾワする。敵は皆殺しにしないと安心しないって、オレ、根本的に臆病なんだろうな。
「いても終わりだろ。宇宙空間で足潰されて。通信で助けは呼べるかもだけど誰が助けんだよってなるし」
「資源を頂くのも今回はなしなのな」
「突入もね。反社ってロマン系バカだから自爆がありえるって謎理論らしい」
「すげー。理由も結論も謎だけど確かにサラシにダイナマイト詰めてそう」
「ダイナマイトって、また古いものを。映画かなにかで見たの?」
任侠映画ってやつ、こっちではご長寿番組くらいの人気らしいから観てみた。
「アジトの自爆で仲間を失うとかバカバカしいし、今回は流れ作業で大量に潰したいから時短で片付けるってさ」
「主婦のアイデアみたいなノリで始末される反社て」
「まぁ実際サクサク潰せるよな」
「どうもこっち、惑星エンコってさ、ムサシのセキガハラが大人気らしい」
動画は漁ったのに気付かなかった。ひょっとしてオレ、大河ドラマと勘違いして無視してたかも。
「ああ、ギャンブルにするには最高のショーだしな」
「で、殿の活躍を全星人が観たといっていいレベルらしい」
「うおぅ、超有名人っスか、カッケー」
「他人事じゃなく私たちも、お前もだぞ、ドラゴンスレイヤー」
マジか。コンティノに勝ったあれはマグレなのに大層な二つ名もらっちまって、ドラゴンスレイヤー(笑)にしか聞こえねーよ。せめて、せめて竜殺しのほうがカッケーって。あ、シールドに書いてもらうか。
「つまり現時点で俺ら、反社どもに恐れられてるってわけ」
「殲滅する様子はまだ世間に流してないのに注目されてるのか」
「相手の通信聞かずに潰してるから気付かなかったけど、逃げ腰らしいな」
まぁアジトがSSから見える位置とかもあったし、裏社会とやらに情報は出回ってるか。全然裏じゃねぇけど。
「弱くて当然か。でも油断して死ぬのはまっぴらだから全力でいくっスよ」
「ふふっ、私たちが舐めプしたらボスにお仕置きされるだろうさ」
「でもいいのかな。今のところ動画収益しか見込みなさそうだが」
「結局王家の依頼とやらも報酬なしって? せこ」
「金の問題じゃなく、向こうは依頼したことが他所にバレたくないって感じらしい」
「クックック、殿をナメるな」
一足先にパイロットスーツと外骨格、みんなはアーマーとだけ呼ぶパワードスーツを装着したナハシュが出口に歩きながら笑い、チラリと振り返って言った。
「あの人は、始める時には終わり方まで決めている。私たちはついていけばいい。行くぞ」
ああ、その言い方カッケーな。いつか使おうと思いながらオレもヘルメットを脇に抱えて続く。
格納庫に直立して、両肩を天井から伸びるアームで固定されているオレの愛機、甘くねーぜにいつもの挨拶を。
「シュガーレス、今日もヨロシクな相棒」
隣りの区画から噴き出す声。はっ、このセンスが分からないとかキョーヨーが足りねぇんだよ。漫画読め漫画。
全高約十メートルのドレスアームズ。全機お揃いの鏡面反射装甲だから、色は見る角度によって虹色に変わる紫がかったメタリックだけど、細部のパーツは担当整備士のヤミールたちと話し合ってこだわり抜いている。トリックアートを見て閃いた、好きな菓子を隠した標準二足の造形、毎日観ても飽きねぇ。
左手に菱形のカイトシールド。上半身だけ守れたらいいってコンセプトらしい。難しいこと考えてんのな。エメラルドグリーンの配色に血文字で天上天下唯我独尊と大きく描いた。ウチの姐さん世界一ぃ、の旗持ちアピールだけど姐さん気付いてっかな。
右手は八連装重機関銃。地上は弾薬、宇宙はレールガンって使い分けるから性能は違うけど、運用は同じ。個人的には弱い弾薬のほうが撃ってて楽しい。振動がコクピットに響いて生身で撃ってる気になる。名称とか口径とかは全然頭に入んねぇ。いつだったか、それ言ったら姐さんにも同意された。
『イニシエのワルサーナントカの怪盗とか、マグナムフォーティナントカの不良警官とか、エムイチナントカの殺し屋とか、フィクションとはいえ愛銃が設定されている意味が分かる? 反動がどうとか集弾率がどうとか、名称や性能なんて気にするのは、モニターの中で何度でも死ねるゲーマーかデータでご飯が食べられるヲタクだけよ。私たち使うがわは、コンマ1%ナントカが向上とか知ったことではないの。自分の命はたったひとつなのだから。生きるか死ぬか、0%と100%しかないのだから。命を預ける相棒は気に入ったものを選べばいい』
オレ、ガトリングガンが好きなんス。立ち塞がるものを消し飛ばす、圧倒的暴力。自分が欲しくて欲しくてたまらなかったチカラ。
姐さん曰く、視線は射線。
そっスね。オレ……、オレたち、仲間と認めたヤツ以外の視線にずっと怯えていた。スラムは見られただけで死ぬ未来がありえちまう。遮蔽のない通りを横切るだけで緊張した。
だから見られないよう頭を使う。耳をすまし、気配を探り、観察し、洞察し、地形を読む。
そんな情けない習性が今活きているとか、嘘みたいな話だな。あのころのオレに言ってもキレるだろ。
仲間に向かう視線はオレが遮る。注意を集め、ウザく立ち回り、それでもオレから視線をそらすヤツは覚悟しな。相棒で粉砕してやる。
「っしゃ、いくぜ」




