70.依頼
惑星ムサシから離れて数日、巨星にくっつくISSに到着した。アテナから見える巨星は今は陽を浴びて雲かなにか、マーブルな赤と茶の模様が艦橋のモニターに迫る。巨大物恐怖症とか言うんだっけ。乗組員にちらほらいるみたいだけど、鈍い私でもちょっと怖い。あまり近付くと吸い込まれそうってブラックホール的な意味で。
『クックック、ラッテ、コボロッド星系とキスティエーノ星系、両方から大量の依頼がきたぞ』
艦橋にプー兄さんの笑い声が響いて、何人かは首を傾げた。艦長ポジションでISSと利用許可のやり取りをしていたボア兄さんも顔を天井に向けた。
「気がはやいな。なんだ?」
「多分セキガハラを観戦した人がたくさんいて、早めにツバつけとこう、ってことじゃない?」
私の予想に艦橋がおぉと唸り、プー兄さんも同意した。
『ああ、キスティエーノは企業か貴族からの宙域護衛か宙賊退治の相談がほとんど。いわゆるまともな依頼だ。お前が行こうと言ったコボロッドは、宙賊退治のみだな』
「なんか含みのある言い方ね。コボロッドはまともじゃない?」
『依頼主が全部架空団体。辿ると王家と反社だった』
「そりゃどっちもまともじゃないわね」
特に王家。きな臭すぎて逆に興味がわく。
『まだ情報収集は上っ面だけだが、キスティエーノはスキャナー星系に近い印象だな。問題らしい問題もなく治安が悪くて適度に荒れている、総じて普通。国境のない騎馬民族コスプレ国家群、あとは馬型ロボットとライフルを使う流鏑馬モータースポーツが盛んなのが観光ポイントってくらいだ』
くっ、選ばない星系も気になるじゃない。
『コボロッドは、判断が難しい。完成形とも言えるし終わってるとも言える。王侯貴族、企業、反社、民衆。四つの勢力が絡まって身動きが取れないように見える』
手足を床に置いて絡まるパーティーゲームなんつったっけ。エクステも知らないか。
「分かんない。とりあえず気になるのはー、反社が多いの?」
『コイツらの自称は人材派遣会社だな。経営コンサルタントとかスーパーバイザーとかゼネラルマネージャーとかその他大勢のムキムキ警備員とか、基本全員顔に刃物傷のついている胡散臭い人材を派遣するらしい胡散臭い団体。ヤクザ、任侠、極道、ヤンキー、スケバン、峠バトル、ゼロヨン、デコトラ、入れ墨、盃を交わす。そのへんの文化に憧れたヲタクに寛容な時代を経て、セキガハラのままごとバージョンみたいな縄張り争いを惑星中で繰り広げた結果、反社が増えすぎて王家も庶民もお悩み中、らしい。世界情勢なんて誰がなにしてどうなってるのか俺も分からないけどな』
「まぁ世界情勢ってそんなもんでしょ」
稚拙な箱庭じゃあるまいし、分かるほうがおかしい。でもまぁ。
「反社が増えると困るのは想像つくわね。基本警察も反社と大差ないように、減らす線引きが難しい。てか実際警察官に反社が混じってるとか?」
『ああそんな感じだ。軍にも企業にも反社が混じっていて、確定も難しくて処分したくてもできない』
「貴族の統治は機能しているのでしょうか。そうなるまでどこの国も放置したと?」
ISSとやり取りするオペレーターの娘の後ろでチェックしていたアビャーナが割り込んだ。無能しかいないの? て困惑顔で言外に言っている。これもAIの暗躍とやらかな、と私は感じたけど顔には出さない。
「プー兄さんが完成形って言ったのそういうこと? わざと放置、というか増やしたのか」
「えーと、統治側からするとメリットあります?」
近いうちに星間戦争が始まるかもしれない。というノクちゃんの話は誰にも伝えていない。まず私たちだけで解決する話とは思わないし。スケールがデカすぎるっつーの。世界平和のためにボランティアする気もゼロだし。ウチは戦争屋だっつーの。
「メリットは、革命が起きないわね」
「え? どういう」
ただ、傍観もしない。大前提というか大戦略として、星間戦争を起こすためには惑星単位の帝国化が必要になる。別に帝国の名を冠さなくても、SFアニメにありがちな地球連邦の類いの名称でも構わない。要は遠い他星系に攻めるためには、近くに敵がいないことが条件になる。背後の国と同盟や不戦協定を結んでから前を攻めるとか、この地政学の考え方は昔からあるわね。
「庶民からすると、革命を起こしたら次のリーダーは反社の可能性大。世紀末アタタタタじゃん」
「うわぁ、悪賢いというか、トップにやる気がないような」
でもさ、常識的に考えてソレ無理じゃね? 地球が一度でも統一できたのかっつー話よ。現代は言葉や文化の壁がなく、似た価値観の者が集まって同じ星系に暮らすからワンチャン統一はありえるけど、イマドキ帝国を名乗れる低能は滅多にいないだろうし、全員説得は思想の統一って意味に等しいから、新興宗教の布教を成功させるくらい難しい。
「やる気は……、なくしたんでしょうね」
「まぁ、大衆をきっちりコントロールって面倒なのは分かりますが」
例えばアビャーナの兄、ニドミスタンの王太子がやろうとしたことって、ノクちゃんに誘導された失敗ルートとはいえ、仮に成功したら惑星カダナの統一も可能な方向性ではあった。
ドグ・カルマ星系の大企業は、隣りの星系を実質支配して、帝国化して、間接的に戦乱を拡大させそうな展開に見えた。惑星エスキモアも惑星ムサシも、裏で企業に操られながら呼び名はどうであれ統一されて、星間戦争を起こす可能性はあったかも知れない。
でも、そうはならなかった。私たちのせいと言えばそうだけど、たかが私たちに壊される程度の脆弱な戦略とも言える。
つまり……、今後も私たちが好きに暴れるだけで大丈夫だと思う。ノクちゃんも具体的になにをしろとは言わないし。
『コボロッド星系は比較的若い星になる。歴史はざっと千年弱。支配者層は大衆のコントロールを反社にさせる方針を最初から持っていたっぽい。公言するわけないから憶測だがな』
「可能なのですか?」
「あー、はいはい。日本史ヲタクでピンときた。反社の原形、平安時代の僧兵ね」
「えーと、それ失敗したのでは」
「そう、今失敗してるんでしょ」
アビャーナはコテンと首を傾げた。少し前からISS到着を知って艦橋に集まったメンバーは、難しい話についてこれなくて黙っている。戦闘組はしゃーないけど清々しいほどに全員おバカ。でもフーイエはともかくコンティノは入ってこいや。知的ダークエルフは見た目だけかよ。
「江戸時代の親分みたいな役割を作りたかった。暴力団ではあるけど、弱きを助け強きを挫くって庶民から頼られる一面もあるコミュニティの汚い自警団みたいな役割」
「ああ、そう聞くと役に立つ人材に見えますね」
任侠って庶民が理想とする貴族像だしね。義理人情に篤くてカッコつけてなんぼって意味で。
「でもコボロッドは逆行して僧兵になっちゃった。現代は宗教が消えてイメージしにくいけど、宗教をバックに盗みも殺しもやりたい放題の破落戸。誰だったか、当時の天皇の台詞。ダイスの目と川の水量と僧兵は勅命が通じない、こいつらウゼぇってね」
嘘かホントか、まぁ嘘だろうけどその天皇、川の水をくんだ壺を牢に入れたってよ。これがホントの氾濫罪、とかドヤってスベってそう。
「僧兵ってそんな感じなんですね。習ってないです」
「だから先史のほうはいよいよ調子に乗ってる時代、ノブノブは楽市楽座、ギルド解体のフリーマーケットで既得権益にたかる宗教団体を遠ざけて、ヒエー山の焼き討ちで僧兵を皆殺しにした。宗教関係者を潰すって天罰が怖くて誰もできなかったことをした」
「へぇ、そっから反社に繋がるのか」
「宗教ってロクでもない歴史しかねーの?」
感想が近くから聞こえた。フーイエに振り返って答える。
「不良が仔犬を助けたら割増良いヤツに見える逆バージョン。宗教ってボランティアとかお悩み相談とか良いことをするのが当たり前だから、良いことをしても目立たなくて、悪いことをしたら歴史に残るの。だから印象最悪なのよ」
「おー、それはなんかかわいそー」
『始まりはブックメーカー、賭博と闇金に緩い法の下に反社が増えた。現代社会は借金持ちに厳しい。返せないヤツは鉱山送りで死のうと知ったことではない、てな無関心を隠れ蓑に、借金という弱みを握られた手駒が軍や企業に派遣されて……、という流れに見える』
「とはいえ庶民限定でしょ。まさか貴族も手駒なわけないよね」
『それはない。流石にな。見たほうが早いか』
モニターの一枚に都市を俯瞰する航空写真が映った。普通の都会、コンクリートジャングルの中心だけ数百メートル盛り上がっている、錯視しそうな変な見た目。ウエディングケーキの最下段に柱をたくさんつけて最上段を載せたような。
『主要都市はどこもこんな風に、物理的にも上層下層に分けて、完璧に管理された貴族と富裕層、下層は度を越さない範囲で放任、という方針らしい』
「それ、やっていけるの?」
持続可能な統治じゃないよね。
『暴力しか取り柄のないチンピラが群れる反社ってのはな、涙ぐましいマネーロンダリングと貯蓄に励む体育会系ピラミッドなんだよ。情弱相手に詐欺とか、はした金しか持ってない底辺相手にオラついてせっせとせっせと毎日勤勉に悪事を働くアリなんだよ。国からすると、適度に間引いているだけでヘソクリ貰える裏の税務署なのさ』
「あれ? 観光三昧のオレらのほうがダメ人間に見えるっス」
ヴァイオリン奏でるキリギリスなのは否定しない。一芸で食ってんだから飢え死にしないし蔑まれるいわれもないけどね。
『そういう形態のひとつがブラックマーケット。軍のお下がりを横流しする売上げが、形を変えた徴税になっている』
「おぉー、賢い、ずる賢いな」
『で、宇宙船と兵器を揃えた宙賊が増えすぎて、軍も将校以外が信用できなくて、手が出せなくなったのさ』
「おぉー? 賢くない?」
『統治の観点では特に問題はないとも言える』
「それである意味完成、か。でもそれって」
『ああ、貴族としてはどうなんだ? て話だな』
ね。ダッサ。民衆を導く努力ゼロは貴族を名乗る資格なしじゃん。
『そういう状況を踏まえての依頼だ。反社の依頼はライバル潰し。王家のほうは、俺たちというより公的な身バレが不味いからコソコソしているっぽい。ただ、一件だけ接触してきたこのシェケインの王家、おそらく第一王子と思われる人物はなかなかの切れ者、かも知れない。まだ情報の確度が低いからアレだが』
ホントにぃ? 私もう王子運が最悪って信じてんだけど。まぁ行動力は評価してもいいか。
「今のところは反社も王家もトラップにしか思えないんだけど。プー兄さん的には面白そうなわけ?」
『どこの王も惰性で王をやってるようなつまらねー環境の中、生き馬の目を抜く反社に混じって身元を隠しながらもスタートダッシュしてきた王子。身内や他国を出し抜く野心はありあり。切れ者でもトラップでも手応えはあるんじゃねーの?』
野心、ねぇ。やっぱプー兄さんもAIの話は知ってるか。てか私よりずっと早く深く察してノクちゃんに協力してたんだろうな。
“AI研究とこの要塞に足りないメガ粒子砲の開発は俺が引き継ぐから安心して散れ”
思い返すとニドミスタンの王太子にこんなこと言ってたし、ソフトウェアに長けたプー兄さんがAIに疎いわけがない。星間戦争なんて例えば植民地化とか、始めはどうあれ戦後処理で一般人を巻き込む無能の所業だから、阻止できる方向に舵をとるとはいえ、プー兄さんも私も闘争自体は望むところだし。
問題はその王子がAIの影響下にあるかどうか、いや、別にどっちでもいいか。
星間戦争が起こるための大前提その二。自分たちが一番強くて勝てると思うから戦争を始める。私の戦闘を見てまだ勝てるつもりの勇者おる? だからきっと今まで通りの行動で大丈夫。星を渡って配信なんかも取り入れて、お山の大将に知らない世界を見せるだけで立ち止まる。知らない世界が対岸の火事ではなく、背後に立っていることもあるって身体に教えて勇者(笑)を消せばいい。
だから、うん、プー兄さんの言う通り、その王子がどんなつもりだろうと乗ってやろうじゃない。
「決めた。その王家の依頼、受けます。あと反社どもの依頼も、殲滅対象が被らないやつは全部受けましょ」
潰す相手からの依頼も受けたら筋が通らないからそこは気をつけて。艦橋がどよめきアビャーナも口をОの字にあけた。
「ぜ、全部ですか?」
「そう。どうせ最終的には全部の宙賊を潰すんだし、報酬を貰えるかも知れない依頼は受けとけばいいじゃん」
『宙賊の数は今までとは桁が違うぞ。高価なロボットはほぼないが、量産型中古の戦闘機なんて地上の高級車程度の金で買えるから、コボロッド星系の宙賊は一国につき公立学校くらいの割合でひしめいている』
モニターに宙域図とおびただしい赤点。今分かってるだけで拠点がこんなにってか。
「釘バットで殴り合う甲子園でもやってんのか。え、コボロッドの運輸業や庶民はなにやってんの?」
『モブの泣き寝入り』
「狐の嫁入りみたいに言うな。でもそっかぁ。ブラックに無自覚なファウトゥースの反社バージョンかぁ」
ムサシのセキガハラや合戦の動画でも観て、あれよりはマシとか教育されてそう。
「これ全部私たちで潰すんですか? やっと寝る暇もなくなりそうですね」
「なんで嬉しそうなのよルーブ」
『コボロッドの現状は整った無法地帯だ。どことどこが友好か敵対か、バックに誰がついているのか、複雑怪奇な相関関係で一応の平和を維持している。戦争がほとんどない、というだけの行方不明者だらけだがな。それでも平和ではある。お前の行動次第では、まぁほぼ確実だが、大看板の反社を潰すと積木くずしで戦乱が始まるぞ。それが王子の狙いの一手目だろうさ。乗るのか?』
オーストリア皇太子の暗殺を銃爪とする第一次大戦のようになるって言われてビビると思ってんの? 面白そうじゃない。
「ハッ、ムサシの殺し合いは軍人による、軍人だけの戦い。ムサシのカタギは守られていた」
「まぁな。軍人と反社は全然違ぇよ」
「ああ、こっちの殺し合いはただの犯罪。セコくてみっともないな」
私が嘲るとフーイエもコンティノも同意する。なんだかんだ愛国というか愛星心があるのか。フーイエがコンソールにもたれかかり、腕を組んで不敵に笑った。ガラが悪いなツバ吐いたら斬るわよ。
「反社にカチコミ。ロックじゃねーか、やってやろーぜ」
『数が多すぎて俺たちだけで処理するのはまず不可能だぞ。あと王家はともかく反社のほうは、架空団体だから報酬なしの可能性大。損得でいえば大損確定だが、ふっ、俺たちにはあまり関係ないか』
「ええ。ぶっちゃけ金ってもうたいしていらないし、王家と反社、持ってる両方潰して手に入れる方法なんて簡単だし」
「それでこそ姐さん、痺れるっス」
「小悪党逃げてぇー」
「えぇ……、今度はアテナVSコボロッド星系?」
みんな口はともかく顔がニヤけてるわよ。傭兵団はこうでなくちゃね。
「殺し合いにもならない、ただの大掃除。じゃ、行きますか」
「「「おぉー」」」
ワープゲートを潜っていざコボロッド星系へ。
恒例のアレは、コンティノはノーリアクション、フーイエは目が泳いで耐えた。ノリ悪。




